第41話 指輪と首飾り

 しとしとと降り続ける雨の中、雨のせいで人の往来が少ないネフトリアの商店区画をリュウキとエレナは歩いている。撥水効果が少し施されたフード付きマントを纏った彼らは少し早足で歩いている。


「雨が降ると少し寒いけど、このマントはちょっと蒸し暑いくらいだな」リュウキは隣を歩くエレナに声をかける。

「でも、雨に濡れちゃうと身体は冷え切ってしまうし、着ない訳にはいかないもんね」エレナは答える。「そうだな」と言ってリュウキはエレナに顔を向けた。フードで隠れたエレナの顔を覗き込むように顔を近づけて、そしてすぐにリュウキは前へ向き直り「今日は雨でちょうど良かった。日本でも、そしてここネフトリアでもやっぱりエレナは綺麗だし、フードでその顔が隠れてなけりゃ、行きかう人全員の注目を集めてしまう」と歩きながら言った。エレナはリュウキの腕を握った拳で優しく無言で突く「……バカ……」と言いながら。


 程なくして二人が辿り着いたのは街の中の小さな古い教会だった。二人は教会の中に入り、マントを脱いだ。すると、すぐに近くにいた修道女が寄って来る。

「こんにちは。ようこそ、エレナさま。リュウキさま。マントをお預かりします」その年配の修道女はにこやかに言って、二人からマントを受け取った。

「こんにちは。ありがとう、マーリンさん」エレナも笑顔で応える。

「こんにちは、マーリンさん。お世話になります」リュウキはそのマーリンという修道女に軽く一礼をした。

「さあ、どうぞ、奥へ。メレリデ司教がお二人がいらっしゃるのを首を長くしてお待ちですよ」そう言い残して、マーリンは脇の扉の方へ歩いていった。リュウキとエレナはワックスがところどころ剥げている板の床の上を奥へと進む。


「お待ちしておりました。エレナさま、リュウキさま」シュマルカ神のシンボルである縦に並んだ長い二本線とその真ん中を横切り貫く短い一本線をかたどった大きな彫刻が掲げられた祭壇の、さらにその奥の部屋、司教執務室の机の向こうに座っていたメレリデはそう言いながら立ち上がり、リュウキとエレナに近づいてきた。

「こんにちは、メレリデ司教さま」エレナはうやうやしくお辞儀をした。その横でリュウキも深く頭を下げている。

「本日は大聖堂ではなく、こちらのマール聖堂にご足労頂きまして、誠にありがとうございます。そして、ニゼ地方への遠征、ネクロマンサーの討伐をお引き受け下さって、本当にありがとうございます」顔中に深く刻まれた皺の中に、一層深い皺を目尻にこしらえてメレリデは二人に言った。

「いえ、こちらこそ、お招き頂きましてありがとうございます、メレリデ司教様。なにしろ、今回は死者の骸を操るというネクロマンサーの討伐を仰せつかりましたので、シュマルカ神の加護がより大きく必要になると感じております。ですから、こうやってメレリデ司教様とお会いできるのは大変な励みにもなりますし、心強く思っております」エレナはリュウキの前に立ち、メレリデの目を真っすぐに見据えて言った。

「いえいえ、エレナさま。もったいないお言葉でございます。しかし、立ち話もなんでございますな。どうぞこちらへおかけください。おーい、マーリン。茶を淹れてくれ」メレリデは二人を室内の中央におかれたテーブルに導き、部屋の外へ向かって指示をした。


「ネクロマンサーが操る死者のむくろというのは、骸骨の兵と、土葬されて間もない朽ちた遺体だと聞いていますが、メレリデ司教様はそれらを見た事はあるのですか?」ティーカップの中で湯気を立てている紅茶を見ながらリュウキはメレリデに聞いた。

「えぇ。恐ろしい事です。死者を冒涜し、神に唾する悪辣の極みのそのわざを、私は一度だけですが見た事があります。数十年前に現れたその時のネクロマンサーは私と聖騎士団で打ち倒したのですが、そうです。骸骨の兵と、朽ちた遺体の兵をヤツは操っていました」メレリデは中空を見つめ、当時を振り返りながらそう言った。

「やはり、炎と神聖魔法がそいつらの弱点なんですか?」リュウキは訊ねる。

「おっしゃるとおり、ヤツらには炎と神聖魔法が効果的です。そして鋭すぎる剣戟や刺突の攻撃は意味を為しません。また、ヤツらは痛みを感じないので、こちらの攻撃が当たったところでひるむ事がありません。ヤツらの見た目は人間を想起させますが、ヤツらを人間と思って戦うと、その、人間ならひるむハズという状況で、まるでひるまずにこちらに向かってくるその意識のズレで思ってもみない反撃をくらう事になります。勇者リュウキさま、くれぐれもご注意を」メレリデは答えた。

「とても、恐ろしい事ですね。骸骨の兵も、動く朽ちた遺体も、そのような事を為すネクロマンサーという存在も」エレナは目を閉じ、首を左右にゆっくりと振りながらそう言った。

「えぇ。本当に……。ですので、本日は、エレナさまとリュウキさまに、こちらをお渡ししようとお呼びだてしたのです」メレリデはそう言うと、室内に控えていたマーリンに目配せをした。すると、マーリンはメレリデの執務机の上に置いてあった二つの箱を手に取り、メレリデに渡す。

「こちらを、エレナさまに。こちらをリュウキさまに」メレリデは受け取った二つの箱をすぐに二人に渡した。エレナの手の平の上には小さな立方体の箱が。リュウキは長細い軽い箱を受け取った。

「それらは、我が国の神聖術師が代わる代わるに祈りを捧げた物です。シュマルカ神の加護を得られるよう、若きから老いに至るまでの数多くの神聖術師が何日も祈りを捧げた聖なる指輪と、聖なる首飾りです」メレリデは二人に目をやり、手の平を二人に見せて、箱を開けて中の物を見るように促した。


 リュウキには金の首飾り、シュマルカ神のシンボルを象った金のチャームがあしらってある。エレナには白金の指輪、こちらは隙間のある二重のリングで、その二つのリングを細く短い一本の金の棒が貫き一つに繋ぎとめている。この指輪もその構造でシュマルカ神のシンボルを象っている。

「わぁ、ステキ」エレナはうっとりとした声を上げ、リュウキはそんなエレナの顔を優しい表情で見つめる。

「本当なら、お二人だけではなく、タカコさまやハクヤさま等、シュマルカの騎士の皆さまにもお渡ししたいところなのですが、少々時間が足りませんでした。申し訳ございません。取り急ぎ、お二人には受け取って頂きたいと思い、お呼びだてした次第です」メレリデはそう言った。


「ありがとうございました。それでは、ネクロマンサーの討伐、ご期待に沿えるよう、行ってまいります」エレナはそうメレリデに言い、リュウキは深く頭を下げた。執務室の出入り口でメレリデに見送られ、二人は聖堂の中を歩く。

 そして、すぐにエレナは祭壇に向き直り、跪いて手を組み祈りを捧げた。リュウキもそれに倣い祈りを捧げる。

 しばらくの後、エレナは立ち上がり「じゃあ、行こうか」とリュウキに言ったが、リュウキは跪いたままでいる。そして、エレナに「さっきの指輪を見せてくれないか」と言った。エレナは箱の中の指輪を取り出してリュウキに渡す。リュウキはその指輪を握りしめ、「エレナはオレが守る。ずっとだ」と言ってエレナの左手を取り、その薬指にその指輪を通した。

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