第2話 詐欺師にご注意。

晩ごはんを食べて風呂に入ってから勉強というルーチン。今日の勉強は矢川さんからのライソを今か今かと思考の8割を使用しているのではかどらない。


まてよ、矢川さんをエスコートして電車に乗るでしょ? そしたら定番の壁ドンスタイルになるよね!そして後ろから押されてがんばる僕も限界がきて、ぷにゅー!? ぷにゅう??


いかんいかん、僕はよくても、矢川さんがイヤだろう。おさわりが僕に代わっただけになる。よし、腕立てだ、まずは10回。そうだ電車のなかで踏ん張らないといけないぞ。よし、スクワットだ、まずは10回。


〈やっほー〉

キター!

〈今日はありがとう〉

  〈いえいえ、なんのお構いもできなくて〉

既読から2分。

慣れないことはしない方がいい。

〈明日、7時32分大丈夫?〉

  〈大丈夫だよ、ホームで待っていればいいかな?〉

〈駅までに会えたらそこから一緒に行く?〉

願ってもなかったことです。

  〈大通り?〉

〈今日歩いた道〉

  〈わかった、キョロキョロしとく〉

〈なにそれ〉

〈また明日ね、おやすみ〉

  〈おやすみ〉


はっ! ここは!? おお、自分の部屋だ。…ドアも閉まってる。白昼夢かと思うほど没入していたようだ。ゾーンだゾーン。なんだろう、こんな楽しいの初めて…さぞ気持ち悪い顔をしてたんだろうなぁ。よし、踊っとくか。




翌朝、キョロキョロしながら駅まで来たけど、矢川さんはまだ来ていない。早く家を出過ぎたようだ。改札を過ぎたあたりでココロの準備をしておこう。

「藤井君、おはよう」

小走りにやってきた矢川さんが僕だけにむけた笑顔が100点。

「おひゃ、おはよう」

まだお口の準備ができていませんでした。明日の朝は発生練習をしておこう。

「今日からよろしくお願いします」

「いやいや、こちらこそ」


ホームでは僕の定位置に二人で立つ。少し早いので人もまばらだ。

「矢川さんは僕の前ね」

ぼくの方を振り向いた矢川さんがこわばる。

「藤井君、来た」

「えっ、うん。スマホ」

僕がライソ画面を出すのをみて矢川さんもスマホを取り出す。

  〈後ろに来た人?〉

〈そう〉

横目で盗み見るけど、スーツ姿の一般人だね。手指もきれい。

おまえぐぁあ!矢川さんのお尻かお胸をさわさわしたのはあ!

  〈わかった〉

よし、タゲッた。

〈どうしよう〉

  〈スマホの動画、録画始めて〉

  〈スマホ胸につけるように持って撮ってて〉

〈どうするの〉

  〈ごめんいきあたりばったり〉

矢川さんと目を合わせる。目をすごく開いてる。初めて見る表情だ。カシャ。


僕はスマホを前につきだして男の顔を撮る。カシャ。

「なに撮ってんだ」

釣れた。

「あ、ばれちゃいました」

「藤井君!?」

矢川さんが僕の背中に手を添えてくれた。ぉおお、全集中。

「そのまま下がって。スマホ」

僕は振り向いて矢川さんのスマホをもつ手をつかんで画面をチラリと確認。胸に当てて角度を整え、そのまま押して距離をとらせる。安心させるように目をみると見せかけて、直接手が胸に触れたけど嫌がってはいないか判断する。ドキドキ。


「この前、あなたの痴漢行為の動画を撮ったんだけど、顔がブレブレで。指輪してる手元しかきれいに撮れなくて。顔も撮っておこうと思ってね」

「な、えっ、なに?」

「大きな声だします? いいですよ、騒ぎにしますか? これ動画」

スマホの動画を再生してチラッと見せる。もちろん矢川さんが痴漢されてる動画ではない。このまえ操作ミスで録画され続けていた僕の脚だ。

「いや、しらないし!」

と大きい声にびっくりしたふりをしてスマホを引っ込める。

「注目されてますよ。騒ぎを大きくしないようにしてたのに」

周りに人が見てますよって教えてあげる。

「や、違うから。なんなん? 警察呼ぶぅぞこらぁ!」

「動画の方はPC画面で確認したらあなただってかろうじてわかるんだけど、顔もねワイプ編集しようかなって。いい写真撮れましたよ、今」

「はっ? 待て、俺じゃないし、違うし」

後ずさりをはじめた、逃げるか?

「ほら、冤罪だーって言います? 走って逃げる? そしたら探すよ? この動画と写真使ってSNSで」

笑って見せた。

「しらん、やめろ! そんなことするな!」

「うーん、でも動画に映ってるし」

「く、いつ…」

「あなたしだいですねー。もうやらない? つきまとわない?」

「しない、しないからやめろ!」

「つきまとわない?」

男が矢川さんの方をみる。ビンゴ。

「約束できる?」

「さらすなよ絶対」

「じゃぁ、約束してください。ちゃんと言葉にしましょう」

「絶対消せよ、さらしたら殺すぞ」

「僕と彼女の制服を見てもわかるでしょ? 僕らは逃げられませんから」

さっき撮った顔写真を消去して見せた。

「ちっ」

「ここで約束してくれたら、電車の時間を変えるだけでいい。あなたは仕事も家庭もなくさなくて済む。僕らはここだけの話にしたいんです」

このへんで落として、リリースだ。

「くっ」

「とりあえず謝罪からね。あやまるだけで許してあげますよ、どお?」

「…」

>>>まもなく2番ホームに…ゆきー…

「電車、来ちゃいますね」

「ぐぅ、わかった、約束する。彼女につきまとわない、しない」

「謝ってない。なにしたんだっけ?」

「わるかった、あああんなこともうしないから、動画消してくれ!」

「痴漢行為を二度としないと約束するんですね?」

「約束する、ちゕんこぅぃはもうしない。約束するからそっちも絶対に消せよ」

電車の音で周りに聞こえない声。スマホは拾ってるはず。

「逆恨みも怖いからねー、約束しますよ、動画消しときます」

「ちっ」

「そんじゃ、二度と顔みせないようにしてください」

矢川さんのスマホを持つ手首をとってドアが開いた電車に乗り込む。りりしい顔してたら胸に指が少し当たったけど許してくれるよね。事故だ事故。

男は他人に見られないよう電車に乗らず背を向けてホームを歩いて行った。

僕の三文芝居は時間ピッタシ、これにて閉幕。



息を吸ってー、はーぁ。

吐いてー、ふぅぅぅーー。

おや? 深呼吸する僕を矢川さんがじっと見ている。

まばたきを忘れてる矢川さんと見つめ合っちゃうぞ。ここで照れたら負けだ。

はっ!とすると録画を停止してライソを打つ矢川さん、ブルっと僕のスマホがみもだえる。

〈どういうこと〉

〈あっというまだったから〉

〈ついていけてないのまだ〉

〈しんぞうどきどきしてる〉

〈ちょっとまって〉

  〈まばたきして〉

僕をみて驚いている。そして強めにまばたきを3度した。

うんうん。僕は2度うなずいておいた。


「藤井君、これからどうなるの」 

「うーん、あの人次第だろうね。こっちは終わりにしたいんだけど」

「もう大丈夫なの?」

矢川さんの不安を取ってあげたい。

「わからない」

「あの人にうしろから襲われないかな」

「当分の間、警戒しないとね」

左右をチラ見して警戒する矢川さん、小心者だった。僕は優等生の矢川さんの違う一面が見れてうれしい。

「でも、つきまとわれることはないんじゃない?」

「こういうときは、おちついて、考えないと」

「ん? 深呼吸する?」

胸に手を当てて素直に深呼吸している。

「藤井君、証拠の動画ってどういうこと? 私が――――触られているの撮ってたの?」

そこか!

「いいいぃいや、ないからないから撮ってないから。ちょっと待って、見て見て」

あわてて写真フォルダから動画を見せようと操作する。

「私の顔!」

最新の写真です。目を見開いている矢川さんです。撮りましたねそういえば。

「こ、これはちょうど男の顔を撮ろうとカメラ立ち上げたときに矢川さんがかわいい顔してたから!」

「かわいい!?」

そばの人がいうねぇと声をもらす。

「こっちの動画みて。これね僕のズボン、歩きながら録画されてたヤツ」

ここからたたみかけよう。

「最初だけ再生してもブレブレで、電車の中で痴漢行為を撮りましたって感じに見えるでしょ」

そばの人がえっ!と声をもらす。きっ!っとチラ見してけん制しとく。

「証拠はそっちの動画、今撮ってたやつ。自白が撮れてるでしょ?」

矢川さんのスマホを指さす。

「wifiあるとき送っといて僕のスマホに」

自分のスマホに素直に目を落とす矢川さん。

「電車でされることはなくなると思うけど、逆切れってのもあるし、その対策だけど」

さっき矢川さんが言っていたように暗闇で襲われるってのは怖い。

「行きは僕がいるけど、帰り一人で、暗くなることもあるだろうし」

不安にさせたいわけではない。

「そっちの駅のホームで待ち合わせて、一緒に帰るってどう?」

安心させてあげたいだけだよ。

「昨日、言ってたでしょ? 彼氏の振りして勘違いさせたいって」

でもぼくにもいい思いさせて。

「しばらくでいいと思うから、一緒に登下校しない?」

矢川さんの彼氏役を演じたい。

「ダメかな?」

もう一押しで僕のお願いが矢川さんの不安を上書きする。

「矢川さんが心配なんだ」

そばの人が声にならない悲鳴をあげる。


矢川さんのターン。僕の駒は配置完了、矢川さんを包囲した。

「じゃぁ、お、お願いしまふ」

そばの人がおおぉ!と声をもらす。

それしか言えないようにしたからね。

「うん。昼休みにライソ、するから」

>>>まもなく…女子高前…

「ふり――――――――じゃなくていいからね

僕を見つめる矢川さん。矢川さんを見つめる僕。

「えっ、なんて?」

ぱーどん?

「もー」

そばの人が親指でグッジョブしてる。

「だれ?」





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初恋の人に頼まれたら問答無用にイエスです。 @pa2note

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