第3話 密談

 酒場の奥の個室は机と椅子があるだけの質素な部屋だった。広さも三メートル四方の正方形だ。

 二人は部屋に入ると向かい合うように座った。


「新しい仕事っていうのは帝都での仕事よ」


 先に口を開いたのはシルヴァだった。伺うようにウィットを見る。見返すウィットの印象が先程とは変わっていた。しょぼくれた盗賊崩れから、鋭い目をした青年へと。

 暗殺者である〝人形師ドールメーカー〟としての顔だ。シルヴァも表情を引き締める。

 二人が今いるのはペルンデリア帝国の属州の一つだ。多くの属州を従え大陸の覇者との異名を持つ巨大な国家。

 その帝都と言えば全ての富が集まる華やかな都と言われている。


「暗殺対象は……皇族よ」


 シルヴァの言葉にウィットは興味を引かれたようだった。

 皇帝であるトビアスには現在、二人の皇子と三人の皇女がいる。妻は側室も含め三人。誰が暗殺対象かで難易度は大きく変わる。


「ずいぶんと面白そうな仕事を持ってきたなシルヴァ。潜り込むのだけでも何年かかるかな。苦労しそうだ」


 「苦労しそう」と言うわりに、〝人形師〟は愉しげだ。


「盛り上がっているとこ申し訳ないけど、暗殺対象は軟禁されてるの。そこへ侵入して殺すだけのお仕事よ」

「……は?」


 〝人形師〟の表情が変わった。愉しげなものから、険を含んだものに。


「お前は俺と何年組んでる? そんな退屈な仕事を俺が受けないことは知っているだろう?」

「知ってる。でもアンタをご指名なのよ。腕利きの暗殺者〝人形師〟を」

「俺を指名して来たのはどこの馬鹿だ?」

「代理人を通してるから誰かまでは分からないけど、恐らく帝国内部の人間ね。それも情報の精度からみて、皇族に近しい人間か……」

「皇族の誰か、か。ふん。ならその代理人に言っておけ。俺は退屈な仕事は受けない。そこまでお膳立てができてるんなら、他を当たれってな」

「アンタが嫌だっていうなら強制はできないけど、暗殺対象が誰か聞いても同じ事言えるかしら?」


 挑発的な物言いでシルヴァが言う。眉間に皺を寄せ不機嫌そうだった〝人形師〟の表情が僅かに緩んだ。


「お前がそこまで言うんなら、さぞ興味をそそる人物なんだろうな。皇帝か?」

「そんなわけないでしょ。あの皇帝が軟禁なんかされてたら、今頃大混乱よ」


 現皇帝のトビアスはまずまず有能な皇帝と言えた。

 ペルンデリア帝国は先代の時にその版図を最大とした。侵略に次ぐ侵略を重ねたのだ。しかしトビアスが皇帝になってからは、防衛の為の戦争はあっても侵略のための戦争は行われていない。それはトビアスが版図を広げることよりも内政を重視したためだ。


 多くの属州を抱え肥大化した今の帝国には、武力による威光だけで全ての属州を抑えるのは難しい。そう考えたトビアスは属州から税を徴収するという負担を課すだけでなく、交通網の整備や上下水道など生活環境の改善を積極的に行った。

 ペルンデリア帝国の庇護下にあることで以前よりも生活が豊かになったと思わせ、その支配を盤石なものとするためだ。その目論みは今のところ上手くいっている。


 だが平和な状況下での発展は同時に腐敗ももたらす。属州の管理を担う総督の中には私欲の為に税収を行い自らの懐に入れる者も少なくない。トビアス皇帝はそういった不正にも目を光らせている。

 もし今、トビアスがその権力を失ってしまえば搾取が横行するだろう。それはペルンデリア帝国の崩壊を意味する。


「でも……同じくらい有名人よ」

「誰だ?」

「オフィーリア様よ」


 シルヴァが告げた名前は十六歳になる第三皇女のものだった。


「〝死なずの〟オフィーリアか」


 第三皇女オフィーリア。今は亡き第一皇子の暗殺に巻き込まれ大けがを負うも、ただ一人生き残ったという。その後、今度は大きな事故にあい生死を彷徨った。だがそれでも彼女は生き残った。

 そしてついたあだ名が〝死なずの〟オフィーリア。


「数年前から公の場に姿を見せていないようだが、軟禁されていたのか」


 オフィーリアが武に優れているとも魔術に長けているとも聞いていない。彼女自身はか弱い存在だ。なのに二度も生き延びている。

 暗殺者としての興味が、お膳立てをされていることへの不満を上回った。


「いいだろう受けよう」


 退屈しないかもしれない。〝人形師〟の言葉には、そんな期待が込められていた。

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