第2話 〝人形師〟

「ウィット、これでお別れだ」


 鉄の鎧に身を包んだ大男が言った。横にはローブ姿の女性と、胸鎧を着た男が立っている。いずれも冒険者といった雰囲気の者たちだ。


「えっと……それはどういう……?」


 答えたのは右目に眼帯をした気弱そうな黒髪の青年だった。二十歳くらいだろうか。隠していない方の、グレーの瞳には戸惑いの色が浮かんでいた。大男の言ってる意味が分からないというふうだ。


「そのままの意味だ。もうお前は俺のパーティーにはいらない」

「そんな……ついこの間入れてもらったばかりじゃないかっ」


 慌てたように眼帯男――ウィットが言う。


「入れてはない。助っ人を頼んだだけだ」

「え? でも……」

「あの宝物アイテムを手に入れるまでの契約だったろ? ほら、お前の取り分だ。持っていけ」


 そう言って大男は小袋を机に置いた。いくつもの金属がぶつかり合う音がする。中には硬貨が入っているのだろう。


「え、今回の仕事は俺の採用試験だって――」

「そんなことは言ってねェな」


 ウィットの言葉を遮って大男は言う。同時に威圧するように凄んでみせた。さらに言葉を継ごうとしたウィットが、何も言えずに口を閉じた。


「なぁウィット、俺たちはお前に感謝している。この街の裏事情に詳しいお前のおかげで目的の宝物アイテムが手に入った。この街で盗品なんてなかなかみつからねェ。

 俺たちは無事に依頼をこなせたんだ。こいつにはその気持ちも入ってる。受け取ってくれるな?」


 大男の視線は机に置かれた小袋に向いていた。小袋を取れという無言の圧力。受け取ってこの場を去れと言外に言っているのだ。


「……ありがとう」


 大男には自分の言葉を聞く気がないと分かり、ウィットは大人しく小袋を手に取った。そして背を向けて部屋を出て行く。その後ろ姿は、背中を丸めているせいで惨めにみえた。


『あははは。本当に出て行ったぜ』


 閉めた扉越しに声が聞こえた。胸鎧を着た男のものだ。


『でもちょっと可哀相。いい男だったのに』


 この声はローブを着た女性のものだ。


『あん? まさか手ェ出してねェだろうな?』

『出すわけないでしょ』大男の言葉に慌てたように言葉を返す。『あんた以外の男に手なんて出さないわよ』

『ふん。まぁ、あいつのおかげでベレナンド商会に取り入れたんだ。盗賊崩れのあいつでも役に立ったしな。ひと晩くらい、いい目見させてやってもよかったかもしれねェな』


 扉の向こうにまだウィットがいることに気づいていないのか、大男たちは大声で話している。


「今回は一応、退屈しなかったよ」


 静かにそれを聞いていたウィットが呟いた。そのまま扉から離れる。相変わらず背中を丸めてとぼとぼと廊下を歩く。だがその歩みから足音はしなかった。


        ◆


 酒場の隅で、ウィットはエールの入ったジョッキを黙々と煽っていた。目の前の机にはすでに沢山のジョッキが並んでいる。傍からみればしょぼくれた若者がやけ酒を飲んでいるように見えるだろう。

 まだ日は高く、酒場に客の姿は少ない。


「昼間っからいい飲みっぷりね」


 女の声にウィットは顔を上げた。テーブルの横に若い女性が立っている。

 短く切りそろえられたダークブラウンの髪に、明るい茶色の瞳が印象的だ。太ももの半ばまでの長さのズボンに、丈の短い革のジャケット。開いたジャケットから覗く豊かな膨らみは短衣チュニックで隠されてはいるが、中身を想像することは容易だ。

 使い込まれた両手の革手袋と、つま先から脛の半ばまでを守るように鉄板をあしらったブーツ。腰のベルトにさした短剣さえなければ、すぐにならず者がちょっかいをかけてくるくらいには美人だった。


「パーティーをクビになったんだ。自棄酒でもしてた方が自然に見える。そう思わないかシルヴァ」


 ウィットの言葉に、シルヴァは呆れた表情を浮かべた。そのままウィットの対面に座る。


「毎回思うんだけど、なんでアンタっていつも潜入先からクビになったり追放されたりしてんの? フツーに辞めればいいじゃない」

「その方が後々のちのち都合がいいんだよ。何かあって戻って来いとか言われても〝嫌だ、もう遅い〟で片付くし」

「そういうもんかなぁ?」

「そういうもんだ……って、どうかしたか?」


 奇妙なものでも見るようなシルヴァの視線。ウィットは不思議そうに彼女を見て言う。


「今回は〝ウィット〟って名乗ってるんだっけ? 顔が変わってるわけじゃないのに、毎回別人みたいな印象を受けるから、分かってても頭おかしくなりそう」

「しょぼくれた盗賊崩れに見えるだろ? 派手な変装や魔術がなくても別人にはなれるのさ。で、確認はできたのか?」

「ザベル・ベレナンドの件ね。表に情報が出るのはもう少し先だろうけど、依頼主も死亡は確認してる。

 ベレナンド商会は大あわて。依頼主はご満悦ね」


 シルヴァがウィットを見てニヤリと笑った。


「今回潜り込ませてもらったパーティーの連中も大あわてだろうな。せっかく取り入った相手が死んだんだから」


 ウィットは大男たちの顔を思い浮かべた。あの三人組はウィットを一方的に利用したと思っているのだろう。だがウィットの方も目的の為に彼らを利用したのだ。暗殺対象であるベレナンド商会の当主に近づくために。


「いつもながらお見事。〝人形師ドールメーカー〟」

「……そのセンスの悪い通り名、どうにかならない?」ウィットが眉をしかめて言う。

「アンタが殺した人間は外傷もなく、一見すると生前と変わらないまま。その死体はまるで人形のよう……我ながらいい通り名だと思うんだけど。業界内の評判も良いわよ」


 まるで悪びれたふうもなくシルヴァは言う。ウィットはため息をついた。


「ところでさ、新しい仕事の話があるんだけど受ける気ある?」

「いいけど、退屈するような仕事は受けないよ?」

「じゃ、話だけでも聞くってことね」


 そう言ってシルヴァは席を立った。そのまま酒場の奥へと歩いて行く。少し遅れてウィットも立ち上がり、後を追った。その足取りは大量のエールを飲んでいたとは思えないほどしっかりとしている。


「奥の部屋借りるわ」


 シルヴァが金貨を一枚、カウンターにいた親父に投げる。彼女が言っているのは、よく商談や密談に使われる個室のことだ。金貨一枚は利用料の他に口止め料を含んでいる。そして「誰も通すな」という意思表示でもあった。

 親父は金貨を受け取ると頷いてみせた。

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