第4話 侵略会議

 どうにかお風呂から上がって、部屋に戻ると、先輩は、まだ機械の前で操作をしていた。

「遅かったわね」

「あの、それが、その……」

「なんかあったの?」

「その、温泉がすごくて、アソコって、ホントにこのアパートの中にあるん

ですか?」

「そうよ。もちろん、異空間だけどね。でも、お湯も空も本物よ。きれいだったでしょ」

 もう、何も返事が出来なかった。詳しいことを聞こうにも、そんな気力も

ない。

「あの、それと、ここの住人の人たちに会ったんですけど、ネコとか、犬とか、カブトムシとか……」

「もう、会ったの? おもしろい人たちだったでしょ」

「みんな宇宙人なんですよね」

「そうよ」

「人間の姿はしてないんですね」

「この中じゃ、みんなホントの姿で過ごしているのよ」

 それじゃ、なんで先輩は、地球人の姿をしているんだ。

「あたしもホントの姿でいた方がいい?」

「イヤイヤ、このままでいいです」

 ぼくは、首を左右に忙しく振って、慌てて否定した。

どんな姿であっても、先輩は先輩だけど、やっぱり、地球人の姿のほうがいい。だって、美人だから……

「今日は、疲れたでしょ。先に寝ていいわよ。明日も仕事だからね」

「ハ、ハイ、それじゃ、お先に失礼します。でも、アッコさんも早く寝たほうがいいんじゃないですか?」

「あたしは、まだ、やることがあるからね。大丈夫よ、あたしは、疲れない

から」

 宇宙人は、疲れないのかな? 確かに先輩は、人より仕事を多くこなしている

から、ぼくより疲れていると思う。

「それじゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみ。ちゃんと寝るのよ。仕事に差し支えるから、今日の疲れは、明日に残しちゃダメよ」

 ぼくは、先輩に言われて、寝室に向かった。

大きなベッドに横になる。そこで、ちょっと考えた。隣に先輩が入ってくる。

ということは、先輩と寝る事になる。なんか、ドキドキしてきた。

ホントに先輩といっしょのベッドで寝るなんて、こんなことがこれから毎晩

なのかと思うと寝るに寝られない気がする。今だって、先輩が入ってくると

思うと、緊張して眠れない。

 しかし、先輩は、なかなかベッドに入ってこない。ぼくは、今か今かと

待ちながらも、いつの間にか先に寝てしまった。

この日は、いろんなことがありすぎて、ぐっすり眠ってしまったのだ。


 翌朝、目が覚めてみると、先輩はもう起きていた。ぼくは、慌ててベッドから起きて、寝室を出た。

「おはよう。よく眠れた?」

 先輩は、すでに起きていて、機械の前にいた。

「おはようございます。よく眠れました」

「それならよかったわ」

「朝ご飯を作りますね」

 ぼくは、そう言って、一度部屋を出て洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、

急いで部屋に戻る。

顔を拭いて鏡を見ると、後ろに若い金髪の女性が映っていた。

「あっ、すみません」

 ぼくは、そう言って、洗面所を譲った。

「おはよう」

「おはようございます」

 ぼくは、ここの住人だと思って、挨拶する。

「よく見たら、いい男ね」

「あの、初めまして、ぼくは……」

「あら、初めましてじゃないわよ。昨日の夜に会ったでしょ」

 そう言って、若い女性は、長い髪を束ねて歯を磨きだした。

でも、ぼくは、その女性に見覚えはなかった。会った記憶もない。

「おい、退けよ。後がつかえてんだから、早くしろ」

 そこに現れたのは、二メートルはありそうな背が高くて、体が大きな若い男性でした。

「うっさいわね。順番よ」

「ったく、だから、メスネコは遅いんだよ」

「また、メスネコって言う。このバカ犬」

「何だと、てめぇ朝から、ケンカ売るのか」

「ハイハイ、朝から、なにをしてるんですか。そこの地球人が驚いている

でしょ」

 そう言って、割り込んできたのは、スーツ姿のサラリーマンだった。

「おぅ、悪かったな、地球人」

 そう言って、ぼくの肩を叩く。その手がものすごく大きくて、

まるでプロレスラーのようだった。

「ハイ、終わったわよ」

 今度は、若い女性がぼくの隣をすり抜けていく。

「あの、皆さんは?」

「アレ、覚えてないの? 昨日、温泉で会ったはずですよ」

「あっ! それじゃ、まさか、皆さんは……」

 ぼくは、一瞬にして、昨日の温泉で会った人たちのことを思い出した。

この若い女性は白猫で、大きな男性は犬で、サラリーマンの人はカブトムシってことか……

「あなたも仕事はいいんですか?」

 サラリーマンの人に言われて、気がついた。先輩の朝食を作らなきゃ……

「すみません、ありがとうございます。挨拶は、また、改めてするので」

「気にすんな」

「がんばって下さいね」

「またねぇ~」

 ぼくは、そんな人たちに見送られるようにして、部屋に戻った。

そして、急いで朝食を作る。今朝は、バタートーストにハムエッグにサラダと

コーヒーだ。

「なにしてたの?」

「あの、昨日、温泉で会った人たちに会って、挨拶してました。みんな、普通の人間の姿だったから、わからなくて」

「そりゃ、そうよ。彼らも地球人の姿で、人間界で仕事してるんだから」

 だけど、いったい、どんな仕事をしているのか、ぼくは不思議に思った。

「やっぱり、朝から、食事をするのって、いいわね。地球人になった気がして

くるわ」

 先輩は、トーストを齧りながら、コーヒーを啜っていった。

「朝食は、食べないんですか?」

「そうよ。カプセルを一錠飲んで、おしまいだからね」

 宇宙人の朝食は、カプセル飲むだけとは、味気ない気がする。

これからは、毎朝、ぼくが作ってあげようと思った。

 先輩がぼくが作った朝食をおいしそうに食べているのを見ると、朝から幸せ

気分で爽やかだ。

「どうしたの? 地球人は、朝食はきちんと食べないと、力が出ないわよ」

 ぼくは、そんな先輩を見惚れてトーストを食べる手が止まっていた。

「すみません」

 ぼくは、そう言って、急いで朝食を食べた。

片づけを済ますと、スーツに着替えてかばんを持った。

「用意はいい?」

「ハイ、大丈夫です」

 ぼくは、髪を櫛でとかしながら言った。先輩は、すでにいつものスーツに

変身している。

「それじゃ、行こうか」

 そう言って、先輩とアパートを出る。これからも毎日、先輩と出社するのかと思うと、一日が楽しくなる。

二人並んで、バス停まで行く。外は、すでに人がたくさん歩いていた。

朝の出勤風景は、人間の街と同じだ。仕事にいく人、子供たちは学校に行く。

待てよ、ここに学校とかあるんだろうか? 今度、この街を歩いてみようと思った。

 ぼくたちは、バス停に付くと、他にも乗る人たちが並んでいた。

「おはようございます」

「おはよう」

 朝の挨拶を交わすのも、人間の世界と同じだ。でも、その人たちのことを

ぼくは、まだ何も知らない。声をかけてくるのは、先輩だけである。

「おや、地球人も出勤ですか?」

 ぼくの前に並んでいた中年の男性が話しかけてきた。

「ハ、ハイ、でも、ここから行くのは、今日が初めてで」

「大丈夫ですよ。すぐに慣れるし、アッコがいるから安心して下さい」

 ここでも、先輩は、すごく心強いぼくの味方だ。

少しすると、バスがやってきた。ボンネット型のトロリーバスだ。行き先表示も『人間界』と書いてある。

そんな不思議なバスに、これから毎朝乗るのかと思うと、ちょっとした冒険的な気分になる。

 ぼくたちは、パスを見せて、他の人たちと同じようにバスに乗った。

そして、一番後ろの座席に並んで座る。バスの中は、それほど混雑はして

いない。いわゆる、満員電車のような感じではないのもうれしい。

 隣を見ると、先輩は手帳を出して、今日の予定を見ている。

「ねぇ、今日は、終わったら、時間を空けてくれる?」

「ハイ、いいですよ」

「それじゃ、今夜もよろしくね。楽しいところに連れて行ってあげるからね」

「どこですか?」

「それは、今夜までのお楽しみよ」

 そう言って、先輩は、片目をつぶって見せる。いったい、どこに行くんだろう?

楽しいところって、飲み会とか、食事とか、まさかデートってことは

ないだろう。ぼくは、なんだかわくわくしてきた。

 そんなことを思っていると、バスは、いつもの不思議なトンネルを潜って、

ぼくらの世界に出た。バスは、ときどき止まって、乗客が降りていく。

この人たちも、どっかの会社に行くのだろう。

 そして、バスは、いつもの出版社の近くまで来た。

「降りるわよ」

 先輩は、そう言って、席を立ち上がった。ぼくも急いで後についていく。

バスは、出版社の前に止まった。ぼくたちは、バスを降りて出版社に入る。

何気なく見ると、バスの姿は、もうそこにはなかった。

ホントに不思議なバスだ。次は、どこに行くんだろうか……

 先輩は、ロビーに入って、エレベーターに乗り込んでいく。

ぼくは、小走りに同じエレベーターに乗った。ここからは、仕事モードに

切り替える。

 三階の編集部に行くと、すでに何人かの部員たちが来ている。

朝の挨拶を済ませて、自分の席についた。

 編集部の部長から、今日の予定を一通り聞いて、各自仕事に戻る。

「山岸、ちょっと来て」

「ハイ」

 ぼくは、呼ばれたので先輩の席に急いだ。

「昨日の山居先生の原稿は、持ってるわよね?」

「ハイ、持ってます」

「それじゃ、その原稿を手直しして、この件は、キミに任せるから、責任を

持って、山居先生とよく相談してね」

「わかりました」

「がんばるのよ。ただし、今日の五時までね。出来ても、出来なくても、五時にここのロビーに来るのよ」

「ハイ、時間までにやります」

「いいのよ。最初なんだから、無理しなくてもいいからね。でも、時間厳守よ、残業は認めないからね」

 先輩に思いっきり釘を刺されたので、なんとしても五時まで終わらせないと

いけない。

ぼくは、自分の机に戻ると、原稿を取り出して、赤ペンで修正を入れる作業に

取り掛かった。


 とは言ったものの、実際にやってみると、まるでわからない。

宇宙に関する話しなど、専門用語ばかりで、ぼくには、全然わからなかった。

これでは、修正を入れようがない。始めて一時間で、ペンが止まってしまった。

このままでは、五時までどころか、一日かかっても終わりそうにない。

編集作業というのは、これほどまでに難しいとは思わなかった。

 結局、十ページ読んでも、赤ペンは入れられないまま昼休みになった。

ガックリしながらいつもの社員食堂に向かった。階段を登っていても、

足が重たく感じる。

「山岸、どうした、元気ないぞ」

「先輩……」

 階段を登る途中で、先輩に声をかけられた。

「それが、その、編集がよくわからなくて……」

「当たり前でしょ。キミは、まだ、新人なんだから、出来なくて当たり前

なのよ」

「でも、このままじゃ、五時までに終わりません」

 すると、食券を買う列に並びながら先輩が言った。

「今日は、A定食ね。席を取っておくから。キミの分といっしょよ」

 そう言って、ぼくにお金を握らせて、さっさと窓際の席にいった。

ぼくは、ミニラーメンとチャーハンを頼んで、先輩の分の食事を持って席に

行った。

食事を目の前にしても、ぼくは、ため息しか出てこない。

先輩は、早くも定食を食べ始める。今日のメニューは、しょうが焼きだった。

「どうしたの、食べないと、力が出ないわよ」

「ハァ~」

「まったく、しょうがないわね。それじゃ、ヒントを上げるわね」

 先輩は、箸を置いて、水を一口飲んでから、口を開いた。

「いいこと、よく聞いてね。編集作業ってのは、別に文章を変えることじゃないのよ。特に、山居先生の場合は中身を変える必要はないの。変えるのは、誤字と脱字、です、ますの言い方。それと、読者にわかりやすいように表現をもっと

優しく変えればいいの。だから、中身を読むことはないのよ」

 言われて見ると、ぼくは、最初から文章を読むことに集中していた。

宇宙のことなんて、何もわからないぼくにわかるわけがないのだ。

「山岸みたいな人にも伝わるようにするには、どうすればいいか?

それは、山岸自身が一番わかるでしょ」

 先輩の一言で、なんとなく光が見えた気がした。

「わかりました。午後は、がんばります」

 ぼくは、そう言って、チャーハンを食べ始めた。

先輩は、そんなぼくを暖かく見守ってくれた。急に元気とやる気が出たぼくは、その日の午後は、午前中とはまるで違った。

文章をいちいち読まなくてもいい。読みながら、文体を変えればいいだけだ。

すると、赤ペンがどんどん原稿に書かれていった。午前中がウソのようだった。

「どう、調子は?」

「何とかできるようになりました。でも、まだ半分も終わってません」

 先輩に声をかけられて、正直に言った。

「慌てなくていいのよ。それと、修正を入れたら、山居先生にも見せて、了解をもらってね」

「わかってます」

「それと、今日の五時のこと、忘れないでよ。時間厳守で遅刻は許さないからね」

 それだけ言って、先輩は、自分の仕事に戻っていった。


 ぼくは、焦っていた。時計と原稿のにらめっこ状態だった。

時計の針は、まもなく午後五時だ。あと十五分で五時なのだ。

なのに、結局、原稿の直し作業は、終わらなかった。

なんとしてでも、今日中に終わらせたい。でも、五時には間に合わない。

時間に遅れたら、先輩になにをされるかわからない。

何しろ、ぼくは、実験台と言う微妙な立場だからだ。

 ぼくは、後ろ髪を引かれる思いで、やりかけの原稿をかばんにしまって、

スーツの上着の袖に腕を入れながら、全速力でロビーに急いだ。

エレベーターを待つのももどかしくて、階段を駆け下りる。ロビーの時計を見ると、ギリギリ五分前だった。

ぼくは、ほっと息をついていると、先輩がエレベーターから降りてきた。

「遅れなかったようだね」

「がんばりました。でも、結局、編集作業は終わりませんでした。すみません」

「いいわよ。また、明日にでもやればいいわ」

 そう言いながら、先輩は、出版社を出て行く。

「あの、どこに行くんですか?」

「川北町に戻るのよ」

「ハイ? ウチに帰るんですか」

「ウチじゃないわ。今日は、これから、大事な会議があるのよ。キミは、

特別参加だから、いっしょに行くのよ」

 会議って、なんだ? 編集会議なら、出版社でやればいいはず。

何の会議だろう……

ぼくたちは、出版社から少し歩いて細い路地に出ると、バスがやってきた。

表示板には『川北町』と書いてある。ぼくたちは、当たり前のように、バスに

乗り込んだ。乗客は、ぼくたちのほかにも、数人乗っているだけだ。

もちろん、この人たちも宇宙人だ。

人間界で仕事を終えて、川北町に帰る人たちである。

「あの、会議って、どんな会議ですか?」

「決まってるでしょ。月に一度の、侵略会議よ」

「ハイ? 」

 侵略会議って言ったぞ。なんなんだ、その怪しげな会議は……

ぼくは、謎を抱えたまま、川北町に付いた。

情けないことに、まだ川北町に不慣れなぼくは、先輩の後についていくこと

しかできない。二人で歩くこと数分。着いたのは、普通のビルだった。

見た目は、三階建ての古いビルだ。

ビルの名前も書いてないので、どんなビルなのか、わからない。

しかも、見た目に古くて、壁にヒビも入っている。

当然、エレベーターはない。ぼくは、先輩の後について、階段を登る。

 怪しさ満点で、いかにも侵略宇宙人がいそうな雰囲気だ。

通路や階段も薄暗くて、なにかが出てきそうだ。恐々付いてい来るぼくの前を、先輩は颯爽と歩いている。

 そして、二階の真ん中の部屋の前に立った。

「ここよ」

 そう言って、先輩はドアを開けた。

「さぁ、入って」

 言われて中に入ると、そこは、信じられない部屋だった。

部屋の中央には、円卓のきれいなテーブルがあって、その回りに椅子がずらっと円を書いて置いてある。

しかも、そのテーブルは、信じられないくらい光り輝いている。

椅子には、すでに数人の人が座っていた。ぼくは、先輩の隣に座った。    

「時間には、少し早いですね」

 テーブルの中央に座っているスーツ姿の男が言った。

「約束通り、今日は、彼を連れてきたわ。特別参加ってことで、いいわよね」

「いいですよ」

 先輩は、その男と一言、二言話をする。

やがて、ドアが開いて、ぞろぞろと人が入ってきた。

「全員揃ったようなので、本日の侵略会議を始めます。よろしくお願いします」

 進行役のような男が最初に言って、この会議が始まった。

「なお、本日は、地球人代表として、我々の仲間に加わってくれた、そちらの方に特別に参加していただく」

「ほら、挨拶して」

 先輩に言われて、ぼくは、立ち上がると、全員を見渡しながら自己紹介を

する。

「初めまして、山岸甲児です。よろしくお願いします」

 そう言うと、他の人たちが拍手をしてくれた。

「歓迎するよ、地球人」

「あなたが噂の地球人ね。まさか、アッコの相手とはね」

「こりゃ、いいや。侵略されるやつが、うちらの味方とはな」

 口々に言い合っている。

「お静かに。では、本日の会議について、まずは、皆さんの情報から聞かせて

ください」

 進行役の人が口火を切った。すると、一人一人が、成果についての報告を始めた。

「鉄道会社というのは、乗っ取るには、以外に手間がかかるようだ」

「やはり、原発とか電気を支配するのが、一番いいかもしれませんよ」

「それなら、水だろう。地球人は、水がないと生きていけないからな」

「この際、地球温暖化にしたがって、太陽を遮るというのもいいのでは」

「それより、力でねじ伏せるのが簡単だろ」

「そーゆーのは、感心しませんな」

「でも、宇宙怪獣を使えば、簡単じゃないのか」

「イヤ、それは、大事になるね。宇宙警察が黙ってない」

「それに、宇宙警備隊が出てきたら、侵略どころの話じゃない」

 話がどんどんすごくなってきた。この人たちは、本気で地球を侵略する気

なんだ。その本気度が熱意として伝わってくる。

「それでは、他にどんな方法がいいと思いますか?」

 進行役の男が話題を変える。

「それについてだけど、俺には、一つ思いついたことがある。人間は、お互いを信じている。だから、人間同士の

信頼感をなくせばいい。勝手に自滅するからな」

「それは、どんな方法だね?」

「俺の星には、赤い結晶体があって、それを吸わせると、精神が麻痺して、自分以外のものを敵に見えてくる、幻覚剤だ。

それをタバコに仕込んで、吸わせるという方法だ」

「それは、もう、古いよ。五十年前ならいざ知らず、今の時代は、禁煙とかで

タバコを吸う人間は少ない」

「それにさ、それって、大昔にやったやつがいたんじゃなかった?」

「確か、メトロンとか言ってたな。そのときは、失敗したはずだ」

「他に、何かありますか?」

 話がさらに宇宙規模的に大きくなってきた。

「人間の世界を丸ごとそっくり、アンドロイドとすりかえるって言うのは

どうかしら」

「なるほど。しかし、どこの誰をやるんだね?」

「例えば、国会とか、街をそっくり入れ替えるのよ」

「規模的に広すぎるね」

「でも、権力者をすりかえれば、他の人間たちを騙せるでしょ」

「考えが雑だね」

「それじゃ、他に何かあるの?」

 話が白熱してきた。地球人であるぼくが口を挟む余地はない。

「やっぱり、宇宙怪獣を連れてきて、街を全滅させるんだよ」

「だから、力づくって言うのは、野蛮な行為だから、認めないっていつも言ってるでしょ」

「それじゃ、他に方法はあるのかよ」

「それをみんなで考えてるんでしょ」

 話の内容が、まるで頭に入ってこない。この世のものとは思えない話だけに、実感がわかない。

「そこの地球人、キミは、なにかいい考えはないですか?」

「えっ!」

 いきなり名指しされたぼくは、固まってしまった。

「あの、イヤ、その……」

 口篭っていると、先輩が助け舟を出してくれた。

「皆さん、彼は、今日が初めてなので、緊張してるんです」

「そうですか。でも、侵略される側として、何か言いたいことはありませんか?」

 話を向けられると、みんながぼくに注目する。なにか言わなきゃと思っても、言葉が口から出てこない。

「山岸、しっかりしなさい」

 先輩が小さな声で応援してくれる。

「あの、それじゃ、言わせていただきます」

 ぼくは、小さな声で話を始めた。

「皆さんの熱意は、すごく伝わりました。地球を侵略したいという気持ちは、

よくわかりました。でも、ホントに出来るんでしょうか? 地球と言っても、星一つを侵略するのって、すごく大変だと思います。それに、侵略した後、ぼくたち

地球人は、どうなるんですか? 皆さんは、どうするつもりなんですか?」

「それは、簡単よ」

 ぼくの向かいに座っている、主婦のような女性が口を開いた。

「侵略した後も、何も変わらないわ。地球人は、いつもと同じように生活する

だけよ」

「どういう意味ですか?」

「あたしたちが考えている侵略って言うのは、戦争したり、その星の生物を制圧したり、殺したりはしないの。その星の住人たちにも知られず、気がついたら

侵略されてましたって言う方法を考えているのよ」

「そういうことです。だから、安心してください。決して、誰も殺されませんよ。一部の人間は、洗脳するかもしれません。でも、一般の地球人の多くは、

何も変わりません」

「それで、侵略したってことになるんですか?」

「なりますよ。我々が、地球人に代わって、この星を征服するの。そして、

もっといい星にするの。それが目的よ」

「だから、地球人たちは、普段通りに生活して、私たちのために働いてもらうのよ。言っておくけど、奴隷とかいうんじゃないからね」

「そういうこと。結果的に、我々のために生きてもらう。それがこの星のため

でもある」

 話が難しくなって、ぼくは、黙ってしまった。

「諸君、今日が初めての地球人には、いきなり理解しろというのは、無理というもんだ。この辺でいいじゃないか」

 進行役の人が、フォローしてくれたおかげで、なんとか助かった。

それからも、話が盛り上がっていく一方だった。でも、ぼくには、もうなにが

なんだかわからない状態で耳に入っても、右から左に抜けるだけだった。

一つだけわかったことは、この人たちは、本気で地球を侵略する気だと

いうことだ。

その方法がいまだにはっきりしていないのだ。唯一の救いは、地球人を殺したりはしないと言うことだ。

 会議は白熱したまま、この日は終了した。

ぼくは、座ったきりなかなか立てなかった。腰が抜けたというのではなく、

足に力が入らないのだ。

「ほら、帰るわよ」

 先輩に腕を持たれて立たせてもらって、やっと立てたという感じだ。

「どうしたの?」

「なんていうか、ここの人たちって、ホントに宇宙人なんだって思うと、ぼくは、ここにいていいのかわからなくなりました」

 そんなぼくの横を会議に参加した人たちが通り過ぎていく。

「地球人、そんなにビックリすることないだろ。元気出せ」

「心配すんな。お前には手は出さないから」

「しっかりしなさい。アッコの前よ。みっともないわよ」

「あなたには、少々刺激が強すぎたかもしれないが、これが、現実なんだよ。

地球は、常に狙われているんだ」

 ぼくは、そんな言葉を聞きながら、体から力が抜けていくような気がした。

「ちょっと、飲みに行こうか」

 先輩は、そう言って、ぼくは後についていくことにしました。

ビルを出て、街の中心部に戻ると、普通に赤提灯のお店があった。

宇宙人も焼き鳥とか食べるのかなと、そんなことをぼんやり考えていた。

 先輩は、そんな中の一軒の居酒屋に入った。

「いらっしゃい。アッコじゃないか、久しぶりだな」

「今日は、噂の地球人を連れてきたわ」

「そうか、歓迎するぞ。ゆっくりしていきな」

 お店のマスターに迎えられて、ぼくたちは、奥の座敷に通された。

ビールと焼き鳥を注文して、マスターがビールを持ってやって来た。

「なんだか、元気ないじゃないか。なんかあったのか?」

「いつもの侵略会議に連れて行ったんだけど、なんだかショックを受けたみたいなのよ」

「なるほどね。ウチの焼き鳥でも食って、元気を出せ」

 そう言って、マスターは、明るく笑った。

先輩は、ビールを一口飲んで、ぼくに言った。

「何か言いたいことがあるなら、何でも聞くわよ」

 ぼくは、真面目な顔をして、言ってみた。

「あの、ぼくは、地球人として、よくわからなくなりました」

「なにが?」

「皆さんは、本気で地球を侵略したいというのは、わかりました。だけど、地球って、そんなにいい星なんですか?

侵略したいと本気で思うくらいの星なんですか?」

 そこまで、一気に言うと、先輩は、残りのビールを煽って、濡れた唇で

言った。

「そうよ。地球は、全宇宙人が思ってるくらい、侵略したい星なのよ」

「そうですか? ぼくには、そうは思いません」

「う~ん、それは、キミが地球人で、地球しか知らないからそう思うだけよ」

 ぼくは、また、わからなくなった。だから、疑問をぶつけてみた。

「でも、地球って、まだ人間同士殺し合いとか戦争とかしてるじゃないですか。自然を破壊したり海を汚したり、

木を伐採して、緑がどんどんなくなってるし、自然災害は多いし、温暖化で、

地球はどんどん暑くなってるじゃないですか」

「そうね。だから、そんな地球を、あたしたちが侵略して、地球をよくするの。それが侵略という意味よ」

「そんなこと出来るんですか?」

「出来るわよ。出来るから、みんな本気で地球侵略したいのよ」

「だったら、地球人と話し合いとかすればいいじゃないですか?」

「それは無理よ。地球人は、宇宙人の存在を認めてないでしょ。そんなところにあたしたちが来ても話なんて聞いてくれるわけないじゃない。まして、あたし

たちは、侵略者なのよ」

 ぼくは、返事が出来なかった。

「確かに、キミが言うように、地球は、地球人が思うほど、いい星じゃないかもしれない。でもね、それは、当たり前のことで、他の星を知らないからよ。宇宙から見たら、地球は、最高の星なのよ。水があって、緑があって、化学が発達していて、きれいな青い星」

 それでも、ぼくは、納得いかない。

「宇宙の星にだって、地球よりいい星はたくさんあるわ。もちろん、酷い星も

ある。あたしたちよりも悪い宇宙人もたくさんいる。でも、その中でも、地球は、素晴らしい星なの。だから、みんな地球を狙っているのよ。地球人は、地球のよさを知らないから、自覚がないだけね」

 そう言って、焼き鳥を頬張って、おいしそうに食べる。こんなにおいしそうに食べる宇宙人なんて見たことない。

「キミは、自信を持っていいのよ。こんな素晴らしい星に住んでいること。この星に生まれたこと。自分が地球人であること。

あたしも地球人に生まれたかったわ。正直言って、羨ましいのよ」

「それで、地球をホントに侵略できるんですか?」

「さぁ、それはどうかしらね? それをみんなで考えているのよ。それに、まだ、

地球を侵略すると決まったわけじゃないしね」

「決まってないんですか?」

「そうよ。地球がホントに侵略するに、値する星なのか、それをみんなで精査

して、決めるのよ。侵略するのは、それからよ」

 ぼくは、すっかり泡がなくなったビールを飲んで喉を潤した。

「先輩は、すごいですね」

「今は、アッコさんでしょ」

「ハ、ハイ、アッコさんは、すごいですね」

「どこが?」

「本気で地球を侵略するためにがんばっているし、出版社でもがんばってるし、尊敬します」

「ありがとね。だったら、あたしが地球侵略が出来るように、キミも手伝ってよ」

「ハイ、手伝います。アレ? そんな事いっていいのかな……」

 先輩は、ぼくの一言を聞いて、楽しそうに笑った。

「キミが手伝うなんていっちゃダメでしょ。地球人失格よ」

「そうですね」

「でも、キミには、手伝ってもらうわよ。だって、山岸は、大事な実験台だからね」

 そう言って、先輩は、意味深な笑みを浮かべた。ぼくは、少し背中がゾクッとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る