3.夢のつづき

 取り付いた敵機のパイロットの悲鳴が終わるまで溶接ガンで炙る——予定通り。


 自機であるワーカーのホールドアップに思考を停止させた敵機が、援護射撃を受けて踊る——予定通り。


 ——ここから!


 操縦モードをセミオートに変更。

 作業用ヘルメットのディスプレイ越しに、棒立ちの敵機——鷹揚たかのぶが取り付いている敵機の頭部に視線を向ける。


 ディスプレイに現れた視線認識カーソルが敵機の頭部を捉えたところで、左操縦桿の中指のトリガーを引く。


ワーカーの左腕のクランプが敵機の頭部を掴む、そのまま視線を右にずらし、カーソルが敵機の右肩と重なったタイミングで、今度は操縦桿の左人差し指のトリガーを引きつつ右操縦桿の小指のトリガーを引く。

 小指のトリガーにカチリと僅かな抵抗感を感じるが構わず握り込む。

 続けて三回続いた抵抗感。これも無視して最後まで握り込んだ。


 小指のトリガー操作により、棒立ちの敵機の左脇腹で火花を散らしながら猛烈な勢いでワイヤーが巻き取られる。


 鷹揚は周囲を警戒——視界が高いうちに適性ユニットの有無を確認した。


 後方へバランスを崩しつつあった敵機は、ワイヤーに引かれうつ伏せに倒れ床とキスをする。


 同時に後ろで踊っていた敵機も膝から崩れ落ちた。


「グッジョブ! 真木さん!」


 鷹揚は真木が搭乗している機体にワーカーを走らせる。


 その左手と両足を失っている機体は仰向けのままライフルを持った腕を下ろしていた。

 腕が降りきる前に腹部のコクピットカバーが開く……どうしたのだろう? 誰も出てこない。


 鷹揚は横たわる機体の脇にワーカーをつけると機体の腹部に飛び移り、内部を覗き込む。


「無事ですか? 真木さん?」


 機体と同じ藤色のパイロットスーツを着た真木と目が合う。

 固定ベルトを外そうとしていた真木が力なく笑った。


「危ない目に遭わせてすまない。 貴方の協力に感謝する」

「お互いに命があって良かったです。 僕が勝手に首を突っ込んだだけですよ。 感謝の印は罰則での手加減にしてくれれば助かります」


 鷹揚は手伝う旨を伝え、意外と広いコクピット内へ体を滑り込ませる。

 ベルトを外し、真木の体を起こそうと左手を握ったとき、真木が小さな悲鳴をあげた。


 なるほど、自力で出てこれない訳が分かった。

 固定ベルトの下、おそらく胸骨か肋骨を痛めている。


「真木さん、すいませんが抱き上げます。 体に触ってしまいますし、痛みもあるかと思いますが……」

「いや、結構だ。 今更だが、軍属ではない平民の君にこれ以上の負担を強いるわけには——」


 外から振動と共に金属をぶつけ合う連続音が聞こえてきた。

 音の出どころを確認しようと、鷹揚がコクピットスペースから顔を出す。


 停止した敵機の向こうで、ワイヤーで雁字搦めになった敵機が激しくもがいている。

 腹部に絡まるワイヤーがコクピットカバーの動きを阻害しているのか、カバーが僅かに開いているようだが、人間が出られる隙間は無さそうだ。

 どうやら、脱出をしたくて暴れているようだが、残念ながら複合単分子ワイヤーを切断するには至らないようだ。


——何か空気が変だ……。


 鷹揚は踵を返すと真木を抱き抱える。


「! 何をする!」

「脱出します! 無礼の責任は取りますので、今は従ってください」

「? 責任? い、行き遅r……年上を揶揄うn……なんでもない!」


 挙動不審な真木を抱え、コクピットの出入り口に置き、鷹揚自身もその隣へ這い上がる。


 ブツブツと何事かをつぶやいている真木を再び抱き上げて、ワーカーのシートに……ワーカーは一人乗りだった……。


 鷹揚の動きが止まる——真木を見る——シートを見る——真木を見る……。


「真木さん……膝の上——」真木はフルフルと首を振った。目が無理だと語っている。

「ですよねー」


 鷹揚は思わず天を仰いだ。


 ワイヤーまみれの敵機が立てる音の激しさが増した——時間がない。


 鷹揚は真木をシートに座らせ、安全ベルトで固定する。

 ベルトと真木の体の間に養生用の毛布を挟むことも忘れない。

 毛布はオイルで汚れているが、今は緊急事態である。我慢してもらうことにした。


 さらに、備え付けの工具箱からU字環と溶接ガンを取り出し、自分の足元に溶接する——若干の不安はあるが仕方がない。


 だって真木さん泣きそうなんだもの。


 さすがに若い女性にとって、異性の膝の上に座ることはハードルが高かったようだ。


 ——多少傷ついたが、ホッコリもしたので良しとする。



「真木さん、このハンガーの建屋って地上に出てます?」

「いや、地下に作られている。 外部への出口は向こうだ。 ただ、置いてある物がモノだから、地上までそれなりの距離がある」

「了解。 ありがとうございます」


 鷹揚は自分と真木のヘルメットのバイザーを降ろすと、U字環に左の爪先を突っ込み、立ったままアクセルを蹴り飛ばす。

 モーターがワーカー脚部駆動輪の回転を最大効率で最高速へと押し上げる。


「おい、方向が逆だぞ?」

「コッチでいいんですよ」


 ワーカーは外部への搬出口とは反対の扉へ突撃する。



「助けてくれ! 俺も連れて行ってくれ!」ワイヤーと戯れている敵機から声がする。


 形振りを構っていられないところを見るに、鷹揚の懸念は的中したようだ。


 敵を助けている時間はない。

 文句はこちらのコクピットを狙った同僚に言ってもらうことにする。



 鷹揚はスピードとワーカーの重量に任せて扉を突き破った。


 一瞬の浮遊感の後——「あ!」——落下が始まる。


 そういえば、扉の横にボタンらしきものがあった気がする。エレベーターだったんだね。


 昇降路の幅はワーカーが手足を伸ばした長さより大きい——よって壁を使った減速はできない。


 チラリと真木を見る。涙目で何事か叫んでいた。しかし、声は聞こえない。

 やはり、鷹揚のヘルメットの通信機と真木のヘルメットのそれとは直接の回線は繋がっていないようだ。


 手近なワイヤーに腕部フックを掛け捩じることで落下スピードを調整する。


 重心移動により、ワイヤーを中心に一回転する。

 勢いを利用しワーカーを手近な横穴に飛び込ませた。

 同時に、昇降路へ爆風が踊り込んでくる。


 鷹揚は背後に圧を感じつつ、ワーカーのアクセルを踏み潰す。


 着地前に回転数を最大にしていた駆動輪と床が黒煙を上げた。


 ワーカーの腕部駆動輪を解放し前かがみに手をつく。

 爆風とコクピットの間にボディを挟み、可能な限り飛翔物と衝撃を防いだ。



 数分後、散らかった格納庫の残骸の一部が盛り上がり、ワーカーの上半身が起き上がる……が、そこまでだった。


 脚部が完全に破壊されている。

 これ以上の移動は無理だ。

 それに駆動輪では瓦礫を越えられない。


 さて、ここはどこだろう?


 目の前に巨大な人型の機体が横たわっている。どことなく、上階で見た機体に印象が似ている。

 煤にまみれているが、黒いカラーリングに薄い桜色のアクセントが入れられているのが分かる。大腿部が大きく、それ以外はスリムなフォルムだ。


「真木さん。これ、使えますかね」


 返事がない。どうやら気を失っているようだ。



「ありがとうな」


 鷹揚はワーカーの機体を撫でると、目の前の黒い機体の脇へ移動し、コクピットに続いているであろうタラップに登った。


 タラップの先端はコクピットカバーのすぐ脇まで伸びており、簡易な端末と工具箱が据え付けられていた。


 鷹揚はタラップの端末にコクピット開閉の指示を入力する。


 コクピットカバーが開いた——どうやらシステムは生きているようだ。


 とりあえず、パイロットシートから手が届く範囲でシステムの起動方法を探ってみる。


『パイロットとシステムを同期します。 脳内ランシステムを解放してください……エラー』


『有線ジャックシステムでのリンクを行います……エラー』


 どうやら、シートに座ると自動で起動するらしい。


「マニュアルのみで起動をしたい」鷹揚は要望を口にしてみる。


『マニュアル起動シークエンスを開始します。 チュートリアルモードへ移行します』


「チュートリアルは不要だ。取り扱いマニュアルをモニターに表示してくれ」


 シートの正面モニターにマニュアルが表示される。

 鷹揚は次々と画面を切り替え、三分程で全てのページを読み終えた。


 シートに深く身を沈め、操縦桿のグリップをにぎる。


「脳電位探知モード起動。パイロットの登録開始」


『パイロットの登録を完了しました。 機体制御制御を開始します……完了しました。 リンクの確認をします……完了しました』


——やれやれ、後は真木さんを回収してここから出るだけだ。



 そして、彼は目を覚ます。

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