第40話・軌道内

 貨物列車はループトンネルに吸い込まれ、次第に高度を下げていく。照明はないし、ずっと曲線だから見通しが悪い。ヴァルツース兵をこのトンネルに追っ払ったが、さすがに一晩経てば下まで降りている……


 いたよ!! ひとりでフラフラ歩いていやがる!!


 非常ブレーキ!! みんなごめん!! クソッ、またこのパターンか!


 ヴァルツース兵は咄嗟に横っ飛びをする。その脇をブレーキシューをきしませながら、貨物列車が通り過ぎる。


 停止して、俺は乗務員室扉を開けた。頼むから生きていてくれ、こんな狭いトンネルで人身事故だなんて、どう処置すればいいんだ。

 苦々しく線路に降りると、祈祷師様が後ろ髪をグイグイと引っ張ってきてハゲそうだ。

「サガ、どこへ行くのです?」

「軌道内に人が立ち入ったんです、現場の確認をしないと」


 運転士の常識は、この異世界では通用しない。祈祷師様は諦めず、俺を引き止めようとする。

「相手はひとりで、丸腰です。フェルンマイトに戻ったとしても何も出来ません、ヴァルツースへ急ぎましょう」

「丸腰でひとりなら、負傷者の確認をしても安全です。接触したかも知れないのに、無視して運転を継続するほうが危険です」


 俺はあくまで、運転士を貫き通す。たとえ敵兵であっても、異常時は現場に急行しなければならない。

 睨み合いがしばらく続き、ついには祈祷師様が折れた。

「……わかりました。敵兵であっても、手を差し伸べる慈悲に感服致しました。ただ、騎士団長を連れていきましょう。万一のことがあっては困ります」


 後部運転台でふんぞり返る騎士団長を呼んだ。お前……コンテナ開けるだけが仕事なのに、何を偉そうにしていやがる。

「騎士団長、ヴァルツース兵を轢いたかも知れない。一緒に来てくれないか」

「うぬ、残党か。成敗してくれる」

「違う違う、助けに行くんだ」

「何ぃ!? 助けるだと!?」


 騎士団長は激怒した。それに俺も激怒した。間を取り持つのは祈祷師様の役割だ。

「騎士団長、私たちは救済のために旅をしているのです。それは今向かっているヴァルツースとて同じこと。殲滅するつもりであれば、今すぐこの場を立ち去りなさい!」


 祈祷師様……カッコいい、惚れ直したぜ。


 お陰で騎士団長は屈服したので、3人で現場に急行する。しばらく走ると……


 いた、うつ伏せになって気絶している。俺たちとの戦闘と長大トンネルの敗走で性も根も尽きた感じだ。


 負傷状況の確認、外傷はない。頬を軽く叩いてみると「ううん……」と唸った、意識はあるようだ。

「おい、大丈夫か」

「うう……。ハッ!! ラトゥルス!? サガ男爵!? 祈祷師テレーゼア!? それに騎士団長……騎士団長……」

「グレインテスフェルト・オリビエンランバウトだ」

 もういいってのに。


 祈祷師様は万一に備え、一歩下がった位置で膝を折る。騎士団長は、そのすぐそばを離れない。

「恐れないで、貴方を助けに来たのです」

「俺を……助けに?」


 正確には、運転士の本能が異常が発生した現場に急行させただけで、後のことは何も考えていなかった。

 さて、どうしよう。

 安全な場所に退避させて運転再開、といきたいところだが、トンネル内で安全な場所などない。列車に乗せてトンネルを出たら降ろすようになるだろう。


 ところが祈祷師様は、何を勘違いしたのか救済すると言っている。俺は安全確保さえ出来れば、それでいいのだが。


 うーん……うーん……。


 祈祷師様に任せよう。時々暴走するとはいえ、ラトゥルスの運輸指令長なのだから。


「祈祷師様、彼を乗せていいですか? このままだと危なくて走れません」

「いいでしょう。騎士団長、貴方が見守っていてください」

「わ、私がですか!?」

 そうだよ、武勇に優れた騎士団長様が見張っているのが一番だ。祈祷師様が言うのだから間違いない。


「そ、それで、どうすればよいのですか?」

 ヘイヘイビビってるよ騎士団長。

「ヴァルツースの情報を聞き取りなさい。丁重に扱うように」

 さすが祈祷師様、頭がキレる、ヒューヒュー。


 祈祷師様の指示どおり、騎士団長と捕虜の彼を後部運転台に乗せてから、俺と祈祷師様は運転台に戻る。そしてふと、疑問が湧いた。


「情報収集するっていうことは、ヴァルツースについて知らないんですか?」

「ええ、他国に攻め入る力を手にしてからの情報がないのです」

「どんな地形かは、わかりますか? 平らとか、山がちとか、谷があるとか、断崖絶壁だとか」

「わかりません。荒くれ者ばかりの街に近寄る者は、ごくわずか。商売のために旅立った者も、誰ひとりとして帰ってきません」


 噂どおりのヤバい街だ、しかもそれが武装しているなんて。

 何よりヤバいのは、地形がわからないことだ。神様が敷いた氷の線路、概ね良好ではあるが電気機関車の性能や車体限界を時々無視する。無事にヴァルツースまでたどり着けるか、それが最初にして最大の懸念だった。


 街の情報を得るために確保した捕虜、その聞き取りは騎士団長が頼りなのだ。我らラトゥルスの軍隊を率いる騎士団長だぞ、仲間じゃないか。今は騎士団長を信じるしかない。


 頼るのか、信じるのか、騎士団長を。


 うまくいったら騎士団長は、祈祷師様ポイントをゲットするのかな……。

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