第39話・国家なり

 うまい! うまい! カレーがうまい! 薬師特製のカレー粉で疲れが一気に吹き飛んでいく! ヤバい薬じゃないだろうな!?

 周りの様子を観察すれば、変な行動に出ているような奴はいない。見えている景色が幻覚でなければ、多分大丈夫。


「サガの世界には、こんなに美味しい料理があるの!? 僕、サガの世界に行きたい!」

と、パンタもご満悦だ。つられて俺も笑顔になってしまう。


「うむ、うまい。それに薬を調合したせいか、力がみなぎってくる」

と、騎士団長もご満悦だ。せいぜい頑張って戦えよ。


「辛いっ! ……しかし美味なる料理ですね」

と、祈祷師様が涙を浮かべている。そうですか、辛い料理は苦手ですか。しかめっ面も麗しい。


 ただ、ジャガイモと玉ねぎだけのカレーを豆にかけるのは、ちょっと味気ない。にんじんはわからないが、肉なら異世界でも食べているだろう。肉くれ、肉。


「街の皆様も如何ですか?」

「あんなにたくさんジャガイモをもらったのに、いいのかい!? 何かお礼をさせておくれよ」

「肉だ、肉! そしておかわりだ!!」

「ちょっと待ってくれ! そんなに注文を入れては『賢者の石』作りが追いつかん!」

「ならば豚汁か肉じゃがを作ろう、一番大きい鍋をくれ。この街の新たな名物だ」

「険しい土地なので、牛や豚は飼っていません。鳥肉ならありますが……」

「鳥でもいい! くれくれ! 俺にくれ!」

と、ジャガイモパーリィに湧くフェルンマイトである。一番騒がしいのは、紛れもなく俺だ。


 *  *  *


 一夜明け、貨物列車にラトゥルス連合軍が乗車する。ジャガイモを降ろして空いたコンテナにはフェルンマイトの志願兵と味噌、醤油を乗せる。そんな様子を薬師は不思議そうに見つめている。


「鉱石は持っていかなくていいのかい? 煉瓦や燃える石があるなら、いるだろう?」

「製錬したものがヴァルツースにあるはずです。それに重いから、坂を登れなくなります」

「そうだとも、味噌と醤油があれば十分だ」


 ハチクマは、食い物のことしか頭にない。フェルンマイトの住人たちも、これにはポカンとしている。そのうちひとりが近い将来への不安をぽつりとこぼした。


「ヴァルツースからの解放は喜ばしいが、鉱石の買い手を失うのは痛手だ。フェルンマイトは味噌と醤油だけで、やっていけるだろうか」

「ここの鉱石は平和が訪れても……いや、平和な世界を築くため必要になります。戦争のためだけに鉱石が使われる時代は、もう終わりです」


 力強い俺の言葉にも、フェルンマイトの不安は拭えない。互いに顔を見合わせて、出ない答えを探っている。


「サガ男爵と言ったか、この鉱石を一体何に使うというんだい?」

「双頭の赤龍が走るために必要不可欠なんです。神様が敷いた氷のレールでは、滑るし溶けるしで限界があります。この鉱石を使ってレールを作るのが一番です。だってこれ、鉄鉱石でしょう?」


 そう、フェルンマイトがヴァルツースにとっての重要拠点となったのは、鉄鉱石が採れるから。


 青銅器から鉄器に移り変わって人間社会は変貌を遂げた。加工のしやすさと強度から鉄製農具は富をもたらし、機械文明のすいとも言える産業革命を生み出した。

 同時に鉄製武器の強力さから、戦争は時代とともに激しさを増し、より凄惨なものへと変わっていった。

 鉄は産業の米、鉄は国家なり、現代に至るまで産業、そして軍事の主役なのだ。

 と、これは俺やハチクマが元いた世界の話。


 ヴァルツースでは、鉄の利用は軍事一辺倒。蟻かキリギリスかと問われれば、どう考えてもキリギリス、むしろ捕食者のカマキリだと言う者さえあるだろう。


 俺は、鉄の平和的利用を密かな目標として旅に出た。そのシンボルが町と町、国と国を結び交流を促す鉄道だ。


 戦ってみてわかったよ、鉄道は戦争に向かないと。かつては列車砲や装甲列車というのがあったけど、レールがなければ走れないし、摩擦係数が小さいから猛ダッシュや急停止も出来なければ、咄嗟に逃げることもままならない。

 現実的な軍事利用は、軍隊や兵器の輸送だけ。それだって俺たちの世界、俺の時代では飛行機には敵わないさ。


 まぁ、祈祷師様は違うことを考えているけど。


 薬師が名残惜しそうに俺たちを見守っている。


「ついに行くのか? 祈祷師テレーゼア様、サガ男爵、それに……ええっと……」

「グレインテスフェルト・オリビエンランバウト騎士団長だ」

「ああ……グレインテス……ええっと?」

「グレインテスフェルト・オリビエンランバウトだ」

「……騎士団長、ご武運を」


 断念した、そりゃあそうだろう、それでいい。こんなの、レギュレーション達成目的の字数稼ぎにしかならない。


 薬師は、俺の手をガッシリと握りしめた。

「荒くれ者ヴァルツースの圧政から世界を救ってください、どうか気をつけて」

「もちろんです、必ずこの世界に平和をもたらします」

 俺は力強く握り返す。任せてくれ、貨物列車と俺たちに。


 薬師は、祈祷師様の手にそっと触れた。

「祈祷師テレーゼア様、また来てください」

「凱旋を約束しましょう」

 ナンパしてんじゃねーよ、ふざけんな。


 薬師は、騎士団長の手を握って空を見上げた。

「えっ……と」

「グレインテス「騎士団長、行きましょう」

 痺れを切らした祈祷師様が、かなり強引に打ち切った。


 最後に、薬師は腰に下げた袋を差し出した。

「この中に、ありったけの『賢者の石』が入っています。ヴァルツースとの戦闘に備えて、滋養を蓄えてください」

「ありがとう。カレー……『賢者の石』はフェルンマイトに必ず幸福をもたらします。ところで肉はありませんか……そうですか、ないのか……」


 兵士がすべて乗車して、氷の線路が街をぐるりと取り巻くように敷かれていった。大勢の住人に見送られ貨物列車が街を走る。

 行き着く先は、漢のロマンが掘り抜いたループトンネル。電気機関車がトンネルを目指して廊下に突っ込む、その瞬間。

「ありがとうー! ハチクマさーん!!」


 ハチクマを元の世界、元の時代に帰さなければ俺の立場が危ういことに、改めて気づかされた。

 畜生、何て人気なんだ……。

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