第30話・料理人

「騎士団長はコンテナを開けろ! 首長さんは店を見てくれ! 俺は屋根のパンタを見に行く!」

 指示を飛ばして電気機関車に梯子を掛けて、俺は屋根へと上っていった。

 パンタカバーは矢を浴びてウニのようになっているが、幸いなことに貫通はしていない。パンタカバーを開き、パンタグラフにしがみつくパンタの無事を確かめる。

 俺は何を言っているんだ。


「パンタ!」

「サガ!」


 丸く開いた目に安堵してパンタをギュッと抱きしめようとしたところ、電気がまだ残っていたのか、俺は弾き飛ばされ屋根の上に転がった。


「ごめんなさい! サガ、大丈夫!?」

「イテテテテ……パンタ、怖くなかったか?」

「平気だよ! だって僕には、ラトゥルス自慢の盾があるもん! ほら、見てよ!」


 パンタカバーの内側は、少しの傷も窪みもついていない。鉄板とサンドしたとはいえ、段ボール凄え。


 そのとき、雄叫びが響き渡って波のように遠ざかった。ラトゥルス連合軍がフレッツァフレアの街中に攻め入っている。

「大変だ! 兵隊さんの鎧も兜もベコベコだよ」

 違うんだ、パンタ……。何度も非常ブレーキを掛けられて、ガクッと高度を下げられて、禁断のブレーキまで使われて……それは効果がなかったけど……要するにコンテナの中でシェイクされて戦う前から満身創痍、それだけだ。


 市街戦は勇猛果敢な兵士たちに任せるとして、次の心配は電気機関車……じゃない。突っ込んだ商店の人々が無事かを確かめなければ。


「パンタ、怪我人がいるかも知れない。手伝ってくれるか?」

「大変だ! お店に穴が空いてるよ!?」


 ごめんな、空けたのは俺なんだ。ちなみに特別攻撃が叶って、祈祷師様は運転台で大興奮だ。

 本当に、こんな人に連合軍を任せていいのか。


 パンタがひと目で店だとわかったとおり、建物の中にはテーブルと椅子が並んでいた。

 これって……もしかして……。


 倒れた壁を慎重に踏んで中へと入る。この下に人がいる気配はないようだ。カウンターの内側は煉瓦積みのオーブンがあって、薪をべるコンロもあって、水を張った樽もある。

 これは、厨房だ! ならばここは飲食店!

 俺の予感は、確信を得た。


 厨房の奥では、首長がひとりの男を揺さぶっている。全身白づくめでフロックコートに長い筒型の帽子、どう見たってコックの格好だ。

 異世界なのに、コックは同じ服装なんだな。


「首長さん、その人が……」

「そうさ、伝説の料理人とは彼のことだ。おい! 目を覚ませ!!」


 その料理人、もうコックでいいか、そのコックは微かにうめくと慎重にまぶたを開いて辺りを見回し、跳ねるように飛び起きた。


「店が!! ……」

「すまなかったね。ヴァルツースを蹴散らすためとはいえ、大事な店が犠牲になってしまった」


 ちゃんと停まれていれば……本当に申し訳ないことをしてしまった。ピグミスブルクの接触事故でも凹んだが、今回は衝突したから運転士としてのプライドはズタズタだ。しょぼくれた目を愛車に向ける。


 あれ? ヴァルツース兵の矢を受けて、ところどころ凹んでいるが、他の損傷は見られない。

 思わず機関車に駆け寄って、どこかに致命傷はないかと探す。建物の壁を倒したんだぞ? 何もないはずがない。

 逆算して、倒した壁から確かめる。すると地面から1メートルほどの高さがあった場所に、殴られたような窪みがあった。


 連結器だ! 連結器は鋳物いものの塊、そう簡単には傷がつかない。握り拳のような自動連結器が壁を殴り倒したんだ!


 喜んでいる場合じゃない、事故を起こしたことには変わりないんだ。コックさんに謝らないと。

「これを操っていたのは、俺なんです。あなたの店を壊してしまい、申し訳ありませんでした」

 コックはちょっと考えてから、妙な口調で軽々しく返事をした。

「構わない、私は気ままな雇われ料理人だ。この店もヴァルツースが用意したのだ。しかしいかんせん安普請で、納得していなかったのである」


 何だ、この気持ち悪い喋り方は。いわゆる文語体ってやつか?

 眉をひそめる俺の様子に気づいた首長が、取り繕うようにフォローを入れた。

「彼はヴァルツースが、どこからか連れて来たんだ。それで、こんな喋り方なんだよ」

「はぁ、方言なんですか? 聞いてもわからないけど、どこから連れて来られたんですか?」


 コックの答えは意外なもので、俺ひとりだけが驚愕させられた。


「滋賀は大津、膳所本町ぜぜほんまちの生まれである。東京には美味いもんがあるはずや! と一念発起して、小さな洋食屋を転々としていたのだ。一番長続きしたのは日本食堂、それから宮家につかえていた」


 これに、今度は首長が眉をひそめて困り顔だ。

「な? 聞いたこともない国ばかり言うんだよ。こんななまりの国なんて、どこにあるんだ」


 俺は首長そっちのけでコックの前にひざまずいた。

「あなたは、日本から来たんですね?」

「ここは、大日本帝国が秘匿ひとくとする工業都市ではなかったのか?」

「大日本……帝国? コックさん、今は何年ですか?」

「昭和19年ではないのだろうか。これだけ盛況な街があれば、鬼畜米英など赤子の手をひねるより容易たやすいだろう」


 何てこった、戦時中の日本から異世界転移だか転生だかするなんて。この人も、俺と同じように召喚されたのか?

 伝説と言われているから、名前を聞けばわかる有名人かも知れない。


「コックさん、あなたの名前は……?」

「ハチクマと申します」

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