第29話・地上へ

 貨物列車は氷の線路を駆け上がる。登りながらもわずかながら沈む視界に気持ちが焦る。

 しかし、もの凄い谷……いや、谷というよりは空堀からぼりなのか。

 2両1組全長25メートルのEH500型電気機関車と、1両20メートルのコンテナ貨車20両、編成長425メートルがすっぽり収まる幅。天を仰ぎ、底の見えない深さ。

 この世界にある、すべての煉瓦を焼いたんじゃないか?


「全然、地上に辿り着かない。どれだけ採掘したんですか……」

「そりゃあ、フレッツァフレアの街を見ればわかるだろう。長い間、どこよりも良質な煉瓦を焼くことで発展したんだ」

「かなりの量を焼いたんですよね。馬車で運んだんですか?」

「そうだとも、色んな町から馬車が押し寄せた。まぁ……今はヴァルツースしか来ないがな」


 重量物の煉瓦を馬車で運ぶなんて、一度に幾らも載せられないだろう。よほど長い年月を掛けて煉瓦を焼いては売り、焼いては売りして──。

 いかん、何故かシュウマイを食べたくなった。


 それで思い出した、伝説の料理人だ。

 この世界の食材で作れるジャガイモ料理、それも今回の行軍の目的だった。


「凄い料理人がいると聞いたんですが、今はどこにいるんですか?」

「街中の小さな飯屋だ。腕は一流だが、ろくでもないことばかりする。それで地下に落とされず、ヴァルツースに召し抱えられず、雇われ料理人をしているよ」

「……ろくでもないこと?」

「客を実験台にするんだ。ヤマが当たれば美味いが、外れたら悲劇でしかない」


 実験台で悲劇って……フグやトリカブトを食わせて死人を出したことはないのだろうか。弾んだ心が一気にしぼむ。大丈夫かよ、ここの食文化。


 そのとき、谷を渡る石橋が姿を見せた。防衛のためひとつだけ、交易のため架けられた石橋だ。

 線路は、橋の下スレスレを潜っていた。


 クソッ! また非常ブレーキだ!

 神様にお願いして、氷の線路を橋より高くしてもらうか?

 否、それでは勾配がキツすぎる。登りきれずに停まればいいが、下手をすれば逆走してしまう。

 ならば、下を通るまでだ。氷の線路は少しずつ沈む。俺たちが橋に達する頃には、電気機関車が潜れる高さを確保出来るか?

 いや、屋根の上にはパンタがいる。危ない橋を渡ってまで、橋の下を潜れない。


「祈祷師様! 線路を沈めてください!」

「そんな……ここまで登ったのですよ!?」

「このままだと、橋に激突しちまう! 早く!!」


 谷底が火炎に包まれて、溶けた氷で鎮火した。

 同時に線路がガクン! と沈下して、運転台の俺たちは宇宙船に乗っているように浮き上がる。

 天井からバコン! と音が響く。パンタを守るパンタカバーが浮いて、叩きつけられたらしい。電気が供給されているから無事なようだが……。

 コンテナのみんなは、頭を打ち付けていないだろうか。目が覚めて丁度いいかも知れないし、鎧兜を身に着けているから大丈夫、多分。


 その甲斐あって、橋の下をスレスレで潜れた。パンタカバーにも接触していない。


 カンカンカンカンカン!! ……


「何の音だ!? 上からか!? いや、横から!?」

「騎士団長、橋にヴァルツースの兵士が!」

「弓を引いているではありませんか!」


 幾千もの矢が車体を叩く。騎士団長の言うとおり屋根から側面、床下へと追跡される。

 床下はやめてくれ! 空気配管には当てないでくれ! 直通管をやられたら、ブレーキ不緩解ふかんかいで動けなくなっちまう!!

 俺の相棒に、何ていうことをしてくれる!!


「祈祷師様! 城壁は越えた! 街に入るぞ!!」


 線路は緩やかにカーブしてフレッツァフレアの街へと刺さる。真っ直ぐ伸びる路地に敷かれた氷の線路、目指す先は……

「民家!? いや!? 商店!?」

「サガ! 躊躇わずに進むのです!」

「突っ込めと!? 商店の人が昇天しちまう!!」

「その先がヴァルツース軍の拠点だ! この際、やむを得ん!」

「首長! あんたの街だろう!?」


 運転士の本能がブレーキハンドルを目一杯まで回させた。車輪は締まり、ブレーキシューが泣いている。

 しかし、さっき城壁を越えたばかりで氷の線路は下り勾配。どうして家も乗り越えないんだ!!

 今から高架を祈っても間に合いそうな距離ではない。ただひたすらに停まることを祈るだけだ。


 あ、ダメだ。工場の熱で氷が溶けて、滑走している。

 オーバーランじゃないぞ! 停める意志はあるんだ! 停めたいけど停まってくれないんだ!!

 もう、泣きそう。


 こうなったら……伝家の宝刀、砂撒き装置! 線路に食いつけ! 粘着力を稼いでくれ!


 パラパラパラパラ……。


 くっ……まだ足りない。ならば禁断の直通予備ブレーキだ!


 ブレーキシリンダ空気圧が跳ね上がる。

 さすが、ブレーキ故障時だけに使用を許された第三ブレーキ。コンテナのみんなはヤバいことになるはずだ。


 ……あ、車輪がロックした。これ、滑っているだけじゃん。むしろ停まらない方向だ。


 パッシャ───────────────ン!!


 直通予備ブレーキを緩解させると、盛大な空気が吐き出された。けたたましい音にヴァルツース兵がひるんだのか、嵐のように降り注ぐ矢はピタリと止んだ。

 そうか、こんな技も使えるのか、と思ったのもつかの間。


 バゴォォォォォォォォォォォォォォォン……


 電気機関車は停まりきれず、商店の壁をコントの書き割りのように倒してしまった。


 やっちまった……。


 無意味と知りつつ、俺は防護無線のボタンを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る