第13話・起動試験

 合議では、俺とパンタは末席についた。祈祷師様から一番離れているが、真正面。

 そして話題は電気機関車のことだから、騎士団長など偉そうな取り巻きの出番は一切なく、俺と祈祷師様のマンツーマン状態となっていた。


「サガ、ひとつ良いですか? 何故、双頭の赤龍はセンローしか走れないのでしょう? それでは不自由ではありませんか? センローとは、どのようなものですか?」

 またもや鉄道講座だ。それは鉄道の起源とか、大昔の鉄道敷設ふせつブームにまでさかのぼる話だな。


「ぬかるんだ地面に車輪が沈むと、動けなくなりますよね? 車輪が沈まないよう、木を横向きに敷いて、その上に車輪の通り道を作ったんです。それが線路です」

 舗装道路が珍しかった時代の話だが、この世界にもピッタリなシステムだ。本当に祈りが通じて呼ばれたのだとしたら、神様よく考えている、と思ってしまう。


「通り道とは、鉄でなければいけないのでしょうか? サガが元いた世界では鉄を大量に作ることが出来るのでしょう。しかしラトゥルスはじめ、この世界では甲冑や剣などが精一杯です」


 そう、そこなんだ。

 車輪が乗っかって重さに耐えられて、あと使い終わったマイナスの電気が流れれば、それでいいはずだ。

 本来であればマイナス電流は変電所に返さないといけないが、大昔の路面電車は地面に放出していた、と聞いたことがある。

 埋設した水道管に悪影響が出たから、鉄レールを介して変電所に返すようにしたんだ、確か。

 この世界の地中に金属管など埋まっているはずがないし、パンタが発生させた電気で出庫出来たから、帰線は気にしなくていいかな。


 ディーゼルエンジンや蒸気機関だったら、絶縁体のレールでも問題ないのに……。

 考えろ、諦めるな、代わりの素材を探すんだ。


「サガ、あなたの世界ではセンローというものは珍しいのですか?」

「いえ、世界中にあります。荷物だけじゃなくて人を乗せたり、地面の上や下を走ったり、あと俺の国ではなかったけど国境を跨いで走ったりしています」

 お偉い様方が、ざわついた。あの、おぞましい双頭の赤龍が世界中を、縦横無尽に蔓延っているのか、と。


 都会では2分間隔で走っているとか、時速300キロで走っているとか、そんなのを知ったら卒倒するんだろうな。

 もちろん鉄道は、そんなのばかりじゃなくて、存続が危ぶまれたり廃線になったり稼げないから副業に精を出したり、というのもたくさんある。

 世界に目を向ければ1日1往復ならいい方で、数日おきにしか列車が来ない鉄道もあるという。


 そんな鉄道でも必要とされているのは、線路という専用路のお陰で高速かつ大量輸送、鉄レールに鉄車輪という摩擦の小さな組み合わせのお陰で省エネルギー輸送が可能だからだ。

 感覚としては陸の船、しかもタンカーのような大型貨物船。日本では影が薄いけど、世界的には貨物列車が鉄道の主役なんだ。

 だからヒマラヤの高地からアラビアの砂漠のど真ん中、極寒のシベリアにだって線路は敷かれている。


 ……シベリア?


 俺はたまらず立ち上がった。

「祈祷師様! もう一度、列車まで来てくれませんか!?」

 今度は何だ、と諌める騎士団長などは無視してパンタの手を引き、ドアノブを掴んで祈祷師様を待ち構えた。

「サガ! センローを築く術が見つかったのですね!?」

「そうです、それには祈祷師様のお力が必要なんです。早く来てください」


 ということで、再びの貨物列車だ。何があっても怖がらなくていい、と告げてからパンタを屋根に上げた。

「祈祷師様。車輪のわだちがわかりますか?」

 鉄車輪が刻みつけた幅1067ミリの轍だ。奇跡的に列車が真っ直ぐ滑ってくれたお陰で、のたうつことなく刻まれている。

「この轍に氷を張らせることは、出来ますか? 車輪の爪を避ける高さがあれば、いいのですが」


 祈祷師様はうなずいて、神に祈りを捧げた。

 すると間もなく、車輪の下に氷の筋が現れた。それはみるみる成長し、フランジを避ける高さにまで立ち上がっている。

 期待どおりだ! 祈祷師様、貴方は神に愛されているよ!

 が、氷は車両の重みでミシミシと悲鳴を上げている。早く、次の一手を打たなければ。


「列車……ドラゴンの下の地面を、凍らせてください。出来るだけ厚く!」


 その瞬間、列車の真下が凍てついた。真っ赤な機関車、赤紫のコンテナが陽射し受けて鏡面世界に輝いている。氷の悲鳴が止み、列車はピタリと静止した。


 ロシアのバイカル湖では、氷上に線路を敷いたそうだ。それがヒントになってくれたが、こんなに上手くいくなんて……。

 どんな神様だか知らないが、やっぱり俺たちは神様に祝福されている。


 だが、まだ終わりじゃない。むしろ、これからだ。

「これをそのまま、真っ直ぐ伸ばしてくれ!」

 氷の路盤は俺が指示したとおり、真っ直ぐ前に伸びていき、氷のドームにぶつかった。


 さあ、氷が溶ける前に出庫点検だ!

「パンタ! 頼むぞ!」

 運転台に飛び込んで架線電圧計を確認すると、1500ボルトを示していた。いいぞパンタ、その調子だ。

 スイッチ類を投入すると、電気機関車が再び息を吹き返す。猛烈な息吹に祈祷師様はおののいているが、そんなこと構うものか。


 ブレーキ試験……圧力よし!

「パンタ! ちょっとだけ動かすぞ!」

 ブレーキ緩解かんかい、力行1ノッチ投入。


 景色が……目の前に広がる異世界の景色が……ゆっくりと流れている!!


 ノッチオフ、ブレーキ……停止……。


「……動いた……動いたぁぁぁぁぁ!!」


 俺は破顔して乗務員室を飛び出した。運転士になって以来、こんなに嬉しかったことはないかも知れない。

 甲種電気車運転免許を取ったときや、独立乗務を果たしたときよりも嬉しい。

 運転を教えてくれた師匠、ごめんなさい……。


 そんな俺の興奮は、祈祷師様のひと言で一気に引いてしまうのだった。

「サガ、双頭の赤龍が目覚めたのですね!? これで世界を救えます!」


 ……祈祷師様、一体何を言っているんだ……?

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