第12話・出庫点検

 投入したスイッチ類を元に戻して城へ入ると、広間から賑やかな声が響いてきた。

 勝利のお祝いとやらは、兵士たちが好き勝手にやっていた。首をかけて俺が配ったジャガイモやチーズを食い、貯蔵庫で見つけたのか酒まで呑んでいる。

 そこには、騎士団長も祈祷師様もいない。合議がはじまっているのだ。

 近くの兵士に祈祷師様の居場所を尋ねると、はじめに謁見した部屋にいると言うので、パンタを連れてそこへと向かう。


 扉を開けると、まさに合議の真っ只中。勝利に酔っているのか、その雰囲気は朗らかだ。

「サガ! 一体どうしたのですか!?」

 驚くようないさめるような祈祷師様の声も、どことなく弾んで聞こえる。

「サガ男爵、その子供は?」

 子供など合議の場に似つかわしくない、と騎士団長もその取り巻きも不快感をあらわにしている。


 バカを言え、パンタは必要不可欠な存在だと、俺は小さな肩に手を載せた。

「外から音が聞こえなかったか? 彼の祈りが、ドラゴンを目覚めさせたんだぞ」

 ガバッ!! っと立ち上がる騎士団長の恐れおののく顔が、悪魔的に愉快で仕方ない。


 祈祷師様は恐れることなくピンと背筋を伸ばして、俺たちをじっと見つめていた。

「目覚めた……? 双頭の赤龍が、ですか?」

「彼は直流1500ボルト……ドラゴンが目覚めるのに必要な電気を発生させたんだ」

「サガ男爵! 双頭の赤龍から離れてしまって、いいのか!?」

「彼の祈りがない間は眠っている、大丈夫だ」

 騎士団長がわずかな恐怖を垣間見せながら他の連中と視線を交わすと、祈祷師様の固く強く真っ直ぐな瞳に弾かれて、ついにみんなが観念した。


「ならば見せて頂こう、双頭の赤龍の目覚めを」

 そう騎士団長が固く口を開くと、パンタは自信に満ち溢れる瞳を見せた。偉い大人たちとは対象的だ。

「もう一回やってくれるか?」

「任せてよ! いくらだって出来るんだから!」

 必要な電流を長時間供給出来るとは、頼もしいことを言ってくれる。願ったり叶ったりじゃないか。


 みんなを連れて向かった貨物列車は当然、音もなく動きもしないが、背後に控えるお偉い様方は空を覆う氷のドームと一緒になって、ピンと張り詰めている。

 スルスルと機関車の屋根に上がったパンタは、さっきまでが嘘のように堂々と俺たちを見下ろしている。


「パンタ。大きな音がしても、怖がらなくていいからな」

「もう怖くなんかないよ! 僕はドラゴン遣いだもん!」

 パンタが屈んで視界から消えた。パンタグラフを掴んでいるのだ。


 もう準備万端ということか。それなら俺もボヤボヤしている場合じゃないと、すかさず運転台に乗り込んだ。

「パンタ! もういいぞ!」

 そう声を掛けた瞬間に、架線電圧計がビクッ! と跳ねて1500ボルトを指し示した。感動もそこそこに、矢継ぎ早にスイッチ類を投入していく。


 運転台表示灯、点灯。


 ダララララララララララ……。

 空気圧縮機コンプレッサ、動作。


 キュォォオオオ……。

 送風機ブロアー、動作。


 この生命が吹き込まれていく感じ……。

 くぅうっ!! ……たまらない!!

 こんなに気持ちのいい出庫点検、はじめてだ!!


 とどめの前照灯、点灯。


 氷のドームがきらめいて、異世界転移した現実も浮かび上がらせた。

 凄いぞ。俺は鉄道のない世界で、電気機関車を出庫したんだ。


 どうだ、見たか!

 と、そばに目をやったが祈祷師様しかいない。騎士団以下のお偉い様は、凄まじい送風機の音に恐れをなして逃げ出したようだ。よく目を凝らすと、また城壁の陰に隠れている。


 やっぱり、怖いのか。そうだろうなぁ、こんなにデカくて長いものが、けたたましい音を立てているんだから。

 うるさすぎて、何かを伝えようとする祈祷師様の声が届かない。仕方ない、入庫処置を実施するか。


「パンタ! もういいぞ!」

 架線電圧計が再び0ボルトを示して眠りにつくと、祈祷師様の声がようやく聞こえた。

「サガ! これがデンキの力なのですか!?」

「そうです! 電気は、こいつの食べ物です!」

「それでは、あとはセンローですね!? センローがあれば、赤龍は走るのですね!?」


 そう、それが問題だ。

 一応、製鉄技術はあるらしく剣や鎧や装飾品で使われているが、一度に大量の鉄を作れるほどではない。それが証拠に、彼らはコンテナが鉄製と知ってから、ずっと狙っている。

 鉄に代わる素材があるか考えてみたが、機関車は135トンほどの重量だ。ざっくり割って1軸17トン弱、1輪で9トン弱。それが高速で転がって負荷をかけるのだから、半端な代用品では割れて脱線してしまう。


 しかし何故、この世界で機関車を走らせようとしているんだ?

 俺のことじゃない。運転士として、列車を走らたいと願うのは当然だ。まだ使えるのに静態保存など、させてなるものか。

 祈祷師様だ。うっとりとした瞳が、眩いばかりに輝いており、列車が走るのを心待ちにしているようにしか見えない。


「サガ、合議に加わってください。頼みたいことがあるのです」

「わかりました。でもその前に、パンタを家に帰さないと」

「いいえ、その必要はありません。その子にも、合議に加わって欲しいのです」


 やはり祈祷師様は、列車を走らせるつもりだ。

 しかし、線路はどう用意する?

 そして、その目的とは何だ?


 よくわからないが……俺はまだ、運転士でいられるらしい。

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