時は過ぎ去り



霧島が部屋の中に入ってくる。

病室の中は静寂で、彼女の足音がよく響いて聞こえてきた。


どうやら俺に会いに来たらしいが、一体何の用で俺の元へ来たのだろうか?


「あの…九条くん、がさっき入院したって与一くんから聞いて、大丈夫かなと思ってお見舞いに来ました」


そうか…彼女は俺のためにお見舞いに来てくれたのか。

その手に持つフルーツの盛り合わせを見ながら俺は感動した。

まさかこんな俺にお見舞いに来てくれるなんて思わなかった、彼女を一度は見捨てた最低な人間なのに…。

推しからのお見舞いなんてファン冥利に尽きるだろう。

そう思っていると、霧島が俺の方に顔を近づけていた。

彼女の紫色の瞳が俺を写しこんでいる。

その瞳はまるでアメジストのように澄んでいて、思わず俺は綺麗だな、と俺はそう思った。


「綺麗だな」


と、思っていた事を口に出してしまっていた。

急に褒められた為に頬を赤らめた。

恥ずかしそうに目を臥せてオロオロとしている。


そんなセリフを吐いてしまった俺自身もなんだか恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。


前世でも女性とは大して縁がなかったから、女性と対応する時はどうしても挙動不審になって、童貞感丸出しになってしまう。


「あ、あのっ」


彼女が力強く声を発すると俺の眠るベッドの上に跨がり、俺の方へと近づいてくる。


ちょっと待ってくれ、そのまま近づいてきたら、なんか、勘違いしてしまいそうだ。

心臓が高鳴り出す、俺には少し刺激が強すぎる。


「あの…足、足ですけど」


あ、足?

あ、あぁ、なんだ、欠損した足のことを言っているのか。

足は親指と人差し指と薬指が千切れて薬指と小指はかろうじて無事だったが手術の末に無事な足指も全て削ぎ落としてしまった。

治療が終われば俺は義足暮らしになるだろう。

多少歩き辛らくはなるがそれでも片足を全摘出するよりかは遥かにマシだった。


彼女はシーツの上から俺の太ももを触ってくる。


「痛みますか」


そう優しい口調で聞いてくる。

怪我したのは太ももじゃないから痛くはない。


「痛いわけではない、けど…」


なんとなくこそばゆい。


「痛みを和らげようと思いまして、擦っているのですが…どうでしょうか?」


そういう事だったのか。だから彼女は俺の足を擦ってくれているのか

やはり彼女は優しいな…。

けど、ちょっと顔が近いんじゃないか?なんだか彼女の息遣いが荒くなっている。

なんだか、変な所が刺激されてるような変な気分になってしまいそうだ


「も、もういいよ、ありがとう」


俺はそう言って太ももを擦る彼女の手をとった。


彼女は俺の手に触れて、そしてやさしく撫でるように触っていく。


「あの…手があったかいですね」


そう言いながら俺の手を触っていく

なんだこれは、そういうサービスのお店なのだろうか?

そして何を思ったのか彼女は俺の手を離すと。


「大丈夫ですよ…」


死者を看取るような声色で呟いた。


「あなたの傷は私が何とかしますからだから安心してください」

俺の傷を何とかするって、一体どういう事なんだろうか?


話を聞こうとしたその時だった。


「九条ちゃーん、お見舞いに来たよほら見て見て今時こんな差し入れありえないだろって思ったから、敢えて持ってきちゃった。ほら、お宝本、九条ちゃんこれあげるよ」


やかましい奴がやってきた。

しかもエロ本を手に持ってやがる。

主人公の登場と共に、彼女が離れていく。

そして結局話は聞けずじまいだった。


後日。

俺の元に医療関係者がやってくる。


「九条千徳様ですね?治療費が支払われたので、これより手術を行います」


そう言われた。

しかも、その手術とは、俺の足の指を再生すると言う医療費の高い手術だった。


当然ながら、高い治療費を払うことはできないと担当者に言ったのだが、最初に言ったように「既に治療費はいただいております」との事だった。


不思議なことだった。

もしかすれば、主人公が払ってくれたのだろうか?

そう思い連絡を入れてみると、主人公は自分じゃないと言っていた。


『もしかしてさ、恋姉ちゃんが何とかしてくれたかもしれない』


と主人公が予想しながらそう言ってきた。


『恋姉ちゃんさ、九条ちゃんに助けられた事に恩義を感じてるからさー、だから九条ちゃんが怪我をしたって聞いて結構慌てて、恋姉ちゃん人の怪我を心配してるし、それで九条ちゃんの傷を治そうとしたんじゃないの?』


…そう、だったのか。

治療費なんて、馬鹿にならないのに。

治療が終わったら、感謝の言葉を告げにいかないとな。


「百槻、霧島さんに会ったらお礼を言っておいてくれ、また、治療が終わったら俺の方からお礼をするって」


『分かったよ九条ちゃん』


それだけ会話を交わして、俺は担当者に連れられて、手術室へと送られた。



治療が終わり、俺は再び目を覚ました。

もはや見慣れたであろう病室の上だった。

白い天井が、目覚めた時ではじめて見る光景だった。


俺は相変わらず包帯を巻かれていたがその足元には何か違和感を感じていた。

ものすごく熱くて痒い、細胞活性をしているのだろう。


時間が経過すれば俺の足の指は再生していき一週間ほどあれば元に戻ると医者が言っていた。

ここから二週間ぐらいかけてリハビリが始まる。


始めは大変だった。

足の感覚が無いので、とにかく歩いて、マッサージをして、再び歩いて、を繰り返す。

それを一週間ほど繰り返して、ようやく足の指に感覚が戻る。


予定よりも俺の足はすぐに指が生え出して元通りとなった。

尤も、成長しているのは足の骨と肉ぐらいなのでまだ足の指の爪は生えてきていない。

もしかすれば二度と生えてこないかもしれないがそんなものは些細な問題だ。


神崎さんから退院許可が出たので歩く練習も兼ねて徒歩で移動する。


そんな時であった。


「おい、お前」


女性の声だ。

俺は振り向いて誰か確認する。

声をかけてきたのは鍋島さんだった。


鍋島さんは年齢の割には背が小さかった。

俺は鍋島さんに出会って軽く頭を下げる。


「こんにちは鍋島さん」


彼女の大きくて丸いメガネの奥底には、目元にクマができていた。


どうやら徹夜で狩猟奇具を作っていたらしい。

鍋島さんは徹夜の影響か、体はフラフラとしていた。


「九条、約束の日だ…これをやる」


それは数枚の書類と小さな箱だった。


「もしかしてこれは」


「お前が望んだ品物だ…、私は寝る」


そう言って鍋島さんはその場から去っていった。

俺は頭を下げて鍋島さんから貰った紙の内容を確認した。


一枚は請求書で既にローンとして組み込まれている。

もう残る二枚の紙はそれは誰がこの狩猟奇具を所持して管理するか、その人物を示す書類だった。

これに名前を記入して狩人教会本部に渡すことでその狩猟奇具の所持者として扱われるのだ。

狩猟奇具の登録書類には、狩猟奇具の名前が記載されていた。


「『赫月せきげつ』と『白幻はくげん』…か」


それが俺の狩猟奇具の名前だった。

『赫捨羅』から『赫月』

『銀乱袖薙』から『白幻』とは、なんとも大層な名前だと、そう思った。

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