第55話 そして春が来た。
季節は廻り、また暖かい時期がやってきた。
森の木々は命を吹き返し、今は満開の桜が辺りを彩る。
「うひゃ~!桜が綺麗ね~」
「そうだな、すぐに散っちゃうだろうけど、今は楽しもう」
満開に咲く桜の下で大きく伸びをした嫁の横顔を眺める。
最初は俺の我が儘で田舎に引っ越す事を決めたが...嫁や子供達は満足してもらえただろうか...一抹の不安はある。
「私、ここに来てよかったよ」
「そうか?田舎だぞ?」
「いなかだから良かったの、都会はなんでもある様に見えてとても窮屈だから」
まぁ最近の解放ぶりを見れば窮屈だったんだなと思う、ずいぶんと待たせてしまったものだ。
「悪かったな...もっと早く気付いてやれなくて」
「ううん、私が今迄隠してたんだもん、貴方との関係を壊したくなくて」
「壊れやしないさ、そんくらいじゃ」
俺の言葉に嫁は振り返り、満面の笑みを浮かべる。
あぁやっぱり俺は嫁のことが好きなんだろう。この笑顔だけで俺の心は跳ね回り激しく踊る。老いた心臓が恥も知らずにバクバクと鳴った。
「うん!知ってる!」
真正面から笑顔でそんな事を言われたら誰だって赤面する。
真衣と由衣が俺の元に駆け寄り揶揄う。
「パパ顔真っ赤~」
「うっ...もう遊びはいいのか?」
「満足~~」
真衣と由衣は散った桜を袋に集めそれを持ち寄る。
なにがしたいのか分からないし、散った桜で何が出来るかもわからない。
真衣と由衣は落ちた桜の葉を集めていたが快は華菜と一緒に桜の木に背中を預け気持ち良さそうに寝ている。
華菜は俺が視線を向けるとニコッと微笑み軽く手を振る。
「ママ~早く~」
「じゃあしっかり見ておくのよ~」
何をする気なんだ...。
嫁は真衣の袋を受け取り天高く投げ飛ばすと、袋は勝手に爆ぜて辺りを桜吹雪で満たす。
本来は一度しか散らない桜だったが、嫁のお陰で二度目の落下となった。のもつかの間、桜吹雪は不自然な風に動かされ、何度だって飛翔する。
何度も繰り返し、飽きてきたのか嫁はあやとりで何かを模す様に桜吹雪を操った。
色々な形に変化する桜、ドラゴン、
嫁からしたら、暇つぶしの遊びで模ったのかもしれないが常人、つまり俺達からするとそれは今まで見たどんな芸術品よりも美しかった。
思わず溢れそうになる涙を抑え、嫁が作りだす様々な桜吹雪を眺める。
これからも嫁の作るこの思い出の数々が増えていけばいいな...。
俺の嫁は相変わらず普通じゃないが、嫁の感性はきっと普通なのだろう、俺達と同じ様に感じ思いを馳せる。言動こそ普通じゃないが、俺自身も受け入れてるなら普通じゃないのかもしれない。
ただ一つ言える事、それは――俺の嫁は普通じゃない
俺の嫁は普通じゃない 早乙女 @marunokatsuo
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