神絵師、参加してもらう理由を聞きました。
--side. 水鳥聖--
昨日散々アドバイスをしたと言うのに…。
さくらにアイコンタクトを送ると、彼女はちゃんと理解してくれたようで
(何してるのですか? 昨日彼にはちゃんと伝えるという約束をしましたよね?)
視線を逸してくれたので、土壇場でヘタれたななみの脇腹をド突いて小声で叱る。
無論軽くではあるが、社員ひとり背負おうとする人間が足踏みをしたのだから、これくらいはしても罰は当たるまい。
(い、痛いよ聖ちゃん…)
(それはななみが招いた自業自得だ。甘受しなさい)
(うぅ…)
涙目で脇腹を擦りながら気を取り戻したななみを見て少し安心した。
「こほん、康太君。お待たせしました」
「…っほん。いえ、大丈夫です」
反対側ではさくらに振り回された先生が、気持ちを切り替えるためだろうか…咳を入れていた。
ななみがヘタれたばかりに申し訳ない…と少しだけ思う。
「はい♪」
いや「はい♪」じゃないんだよななみ。
「っと、さっそくで申し訳ないのですが、今日お呼びだてしたのはほかでもありません」
ん、ヨシ。
「実は昨日、スタッフのみなさんで話し合ったのですが、今一度弊社の方針を固めてゲームを作る、製品を打ち出していこうという結論にいたりました」
実は昨日…とななみが言った時点で康太君の顔に疑問が浮かんだ。なにやら勘違いをしているような気が…。
「あ、決して康太君を蔑ろにしてるわけではないですよ!?」
しかしその疑問顔は一瞬だったので、少しツッコミを入れるかどうか迷ったが、そこは代表らしく、ななみは先生を見ていたようで安心だ。
先生もちゃんと言葉に出してななみをフォローしてくれ、やはり彼は信頼「は」できそうな人間なのだと思える。
「ありがとうございます♪ えっと…まず結論から言いますと、うちの会社、らくがきそふとは『美しょゲーアワード』で大賞を取ることを目標にしました」
ななみが切り出した『美しょゲーアワード』という言葉に先生はかなり興味を持ったようだ。
『美しょゲーアワード』
略称だが正式名称は「美少女ゲームアワード」と呼ばれている。
それは、倫理団体や審査団体、そしてエロゲやギャルゲなどをプレイするユーザーさんたちの投票など、さまざまな評価をもとに美しょゲーアワードを運営する委員会が選定を行うノベルゲーム業界の公式ランキングだ。
美しょゲーアワードは『月間賞』と『年間ランキング』の二種類があり、月間賞は「月ごとで発売されたゲーム」の中で人気を争うようなもの。それに対し『年間ランキング』は「一年間でもっとも好評を得たゲーム」を競う。
この年間ランキングには各タイトル賞があるが、「すべてのノベルゲーム」が対象になるため、アワードを取得するということは、年間でもっとも好評を博したゲーム、という査証でもある。
しかし、老舗ブランドである『絵画』さんは、過去に大賞は取っていたが、現在…ここ数年では対象どころか準大賞を取れていないのだから、その難しさは語るまでもない。
それでも、私たちは『美しょゲーアワード』で大賞を取るということを目標にしたのだ。
昨日康太君が赤月社長に宣言をした。そのことを私たちで話をし、改めて製作方針の明確化と問題定義を詰めた。
その結果というわけではないが…。
「私たち「らくがきそふと」はまだ立ち上げたばかりで、明確なブランド力というものがありません」
そうなのだ。
ゲームを作ることに関しては三人で意見を交え、製作をしてきたのだが…それはあくまで「ゲームを作る」という話であって、では「らくがきそふとが持つブランドとは何か?」という疑問をあげたときに、その問題については誰も答えることができなかったのだ。
康太君こと「かや。」先生がくるまで、うちのブランドは「きの。」というイラストレーターを主軸にブランドを掲げてきた。しかしこれは危険も危険、身内贔屓を除いても実力はあって実績のないイラストレーターを柱にするのだから、言ってしまえば、細い枝でかじ取りをしたようなものだ。
本気で狙うのなら…、悔しいが私たちでは力が足りなさすぎる…。
「美しょゲーアワードを本気で取りに行きます。そのためには次のタイトルは今までと同じものを作っても意味がありません。なので、私たちがまず行いたいのは2つあります」
同人でもない、流行や廃れが激しい商業の世界で同じものを作り続けるのは愚の極みだ。生ものを放置するのと同義。
某天才が織りなす~や某生徒会~、おねショタ~などの、各メーカーにある「ブランドテーマ=コンセプト」はそのままでも良いと思うが、中身まで同じものを作ったところでユーザーは見向きもしないだろうね。
「一つ目は『ブランド力の強化』です」
今やブランドはメーカーの顔とも呼べるものになりつつある。
例えば「生徒会ブランド」といえばあのメーカー、「重厚なシナリオ」と言えば某メーカー、「ピー音」を声優さんの口で発して伏字に当てているゲームといえばあそこのメーカー。
そういった、美少女ゲームを制作する「顔」を見つけること。これが急務であると踏んでいる。
ゲームを作るうえで根幹となる『コンセプト』というものが、今らくがきそふとにはない。最たる『ブランドテーマ』を押し出すことができないのだ。
その『ブランドテーマ』のためにも『コンセプト』を決めることは必要。
「もう一つは知名度の向上です」
「きの。」以外の知名度の低さ。
業界内に限れば絵画時代で培ったコネで顔が広いななみに、イラストレーターとして売り出し中の「きの。」がいる。
と言っても、あくまで業界の裏側に限った話で、市場に伝わっているかといえばそうではない。表に出ているのはさくらの名義である「きの。」のほかで出せる札がない私たちでは、話にならない。
そこで目を付けたのが「かや。」の知名度だ。
「契約時にも話はしましたが、康太君は「かや。」として仕事に当たってもらいます。今回で言えば、名前をお借りして専属となることで「らくがきそふと=かや。」という知名度を利用させていただく形ですね」
「あー。そういえばそんな契約もしてましたね」
認知度について先生はあまり興味がないんだろうか…?
コンセプトの話をしていた時はかなり楽しそうにしていたのだが…、いや。どちらかといえば作ること以外の執着が薄いのだろう。
元々絵を描くことが好きだ、と聞いていたから、彼の中でそれ以外の優先が極端に低い…のだと思う。
「ふふ、知名度についてはすでに解決の見込みがあるので大丈夫ですが、問題は1つめ。今の私たち…と言いますか、らくがきそふとが康太君を必要としているのは『かや。のブランド力』と『鍵谷康太君という私たちが信を置ける神絵師』なんです」
ななみも興味がなさそうな先生に苦笑を浮かべている。
「康太君。改めてお願いします。大賞を取るために…私たちと一緒にゲームを作ってください!!!」
ななみが頭を下げると同時に私も椅子から立ち上って先生をみる。
慌てているかと思ったが、それはまったくの逆で…「かや。」先生は表情を一切変えていなかった。
彼の中で…物差しを図っているのだろうか。それなら…。
「かや先生」
ななみが伝えたのだから、私も誠意をみせるべきだろう。
「初めて目の前で絵を直接拝見したときは、背筋が凍る思いでした。でも先生はリクエストされた絵を楽しそうに描いていて、それをみて私は…あなたは「神絵師」になるべくしてなった方と思いました」
「絵を描くことが楽しい」というのが先生の本質なのだろう。
そして絵を描く才もあって絵を続ける努力もできる。
「そんな「自分が楽しく描く、見ている人も絵を見て楽しませられる」人をみて、私は同じクリエイターとして尊敬し、そのうえで「一緒にゲームを作れたら楽しくモノができるだろう」と確信しています」
私だけでなく、ほとんどの人間が真似することのできないモノを、目の前の人は持っている。
「かや先生のお気持ちが変わらなければ、これからも私たちとゲームを作って頂きたいと存じます。ぜひともご検討くだされば幸いです」
あの日かや先生に一瞬で魅せられた『ファン』で、エンターテイナーを兼ね備えたクリエイターへの『尊敬』と同じスタッフとしての『期待』。そのどれも私の偽りなき本心。
これが、今私が伝えたい、私の誠意。
--side.水鳥聖 fin.—
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