神絵師、耳またキーン。
「ってことで悪いけどこーちゃん、修羅場に突入しちゃったから…戦力としてしばらく借りてもいいかな?」
「いいんじゃない? 一応会社に連絡は取るけど、たぶんOKでると思うし。ちょっと連絡取ってくる」
「うん、お願いね~」
血眼になりながらモニターを凝視する二人を横目にベランダにでて、Rhine電話を押す。相手はもちろんななみさんだ。
『もしもし~? どうしましたか?』
「あー、ななみさん、今大丈夫?」
『…平気ですよ! すみません、ちょっと外にでてますので…』
電話先からは少し疲れたようなななみさんの声が届く。
…ちょっと無理させちゃったかなぁ?
『すみません康太君、お待たせしました』
「こっちこそごめんね? 忙しいのに…」
『そんなことないですよ♪ 康太君からの電話は何事においても最優先ですから』
「そう言ってくれるとありがたいけど、会社の負担にならないようにね?」
『えへへ、そこは弁えてるから大丈夫ですよー』
軽口にはまだ乗れるようで…あとで何か差し入れでも行くかな。
『それで康太君、しばらくはオフのはずだけど何か用事でも?』
そうだ、本題に入らないと。
「えっと、昨日言った身内の業務委託なんだけど…予定が入ったから、オフの間はそっちに入ってもいいかなっていう相談」
『あ~、昨日の件ですね? もちろん構いませんよ? ただ…』
「ただ?」
何か条件でも…? すぐ戻ってこれる体制に、ってことならもちろんだけども…。
『あ、いえ…その…私のところにちゃんと戻ってきます…よね?』
「…? もちろんだけど?」
『あ、そうですよね! えへへ…よかったぁ…』
あ、もしかしてそのまま身内の方に残るって思われてるのかな?
「大丈夫だよ、俺を拾ってくれたななみさんから離れる気はさらさらないから」
『はぅっ!?』
「大丈夫!? 今変な声聞こえたけど!?」
『だ、大丈夫、大丈夫…えへへ…ただの致命傷ですから…』
十分アウトだよ!!
ななみさんにいったい何があったんだ!?
『と、とにかく! 身内の件は了承したので、終わるまではオフでも委託を受けるでも、今回みたいにご相談いただければ自由になさって結構ですので』
「うん、ありがとう。やっぱりななみさんは頼りになるわ」
『…ぅぇへへ…///それほどでもないですぅ…///』
声からして喜んでくれてるみたいだ。
『あと…えへへ。前のやつ…お願いしてもいいですか?』
前のやつって言うと…。
ファミレスのアレか? すんげぇ恥ずかしいんだけど…。
まぁでも…実質ケツ拭いてもらってるようなもんだし、しゃーないかぁ。
「…あんまり無理するなよななみ? あともうちょっと、頑張ろうぜ」
『……(ポロロン♪)』
…あれ? ミュートになっちゃった?
ちょっとキザすぎたかな? あの時はこういってほしいって言ってた気がするし…元気が出ればいいなって思ったけど…逆効果だったか?
『はいっ! とっても頑張りますよ!! 私にどどーんと任せちゃってください!』
「のわっ!?」
ミュートが外れたと思ったら耳元で大きな声が…。
耳キーンやで…ぷち耳キーン…。
「ん、ほんと倒れない程度にね?」
『はい♪私の身体は私が一番わかってますから♪康太君もお仕事頑張ってくださいね♪』
「ありがとう。ななみさんも頑張ってね」
『はいっ♪』
最後に元気そうな声で気合を入れるななみさん。たぶん大丈夫だろうけど…一応終わりごろに差し入れは持って行った方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら通話を切る。
うーん、労いだけでも…。あとは航の仕事を言うかどうか…。
「ま、そこは航に聞いてからじゃないとな」
と思ったけど編集さんのほうが先? どっちだ?
航に聞いてみよう。
「ん~? あっちもサークルの事情は知ってるだろうから、おれはいいと思うけど…丸山さん通してからの方がいいんじゃないかにゃぁ?」
「あー…おっけ。把握したわ。あ、それとらくがきそふとさんからはOK貰ったから、しばらくはアシ入れるで」
「えっ!? まじで! それはめっちゃありがたいわ~…」
「家賃代わりに無給でいいよ」
「ん-…それは無理かなぁ…」
…どうせ飯奢ったりなんだりでチャラになるか?
まぁ、丸山さんがなんとかするでしょ。
「さて、仕事再開しますかね」
「あーい。あ、それで話がもどるんだけどさ…」
背景は今日一日で全部終わらせたため、残りは河東さんのモブと西条さんの柄物の描き込み、そして航のチェックだけ。
たぶん明日には終わるでしょ。……たぶん。
--side. 赤月ななみ--
(えへへ…今日からしばらく康太君とお話しできないと思ってたので…らっきーですね♪)
そんなことを思いながら自分の机に戻ると、ジトッとした疑いの目が四つほど向けられていた…。
「はぁ…また
「はぁ…また
にゃにっ!? ばっ、バレてる…っ!?
「はぁ…ほんとよくバレないねって思うときがあるんですよね、私」
「ボクもそう思うのです」
「「はぁ~…」」
「ふ、ふたりして溜息をつかないでください!(汗)」
もぉ~……こ、康太君に励ましてもらっただけなんだから、そ、そういうことじゃないんだって!
「ふたりとも! ほら仕事しますよ!」
溜息を止めない二人ですが、ちゃんと仕事に切り替えてくれたみたい。
よかったぁ…。
「…ん? 代表…これって…」
「どうしましたか聖ちゃん? …あら。あらら…」
「どうしたのですー?」
あちらさんはこういう行動だけは意外と早いんですね。
康太君には申し訳ないですが…ちょこっとだけ面白く思っちゃいました。
「では私も、社長として康太君を守らないといけませんね」
大事な康太君を、手放すつもりはありませんので。
「なので私は…社長の所に行ってきます」
--side. 赤月ななみ fin.--
--side. ブラックパース--
「課長、先方には抗議文を送りましたが…これでよかったのでしょうか?」
この上司、ブラックパースの美濃権太という。
「何が悪いというのかね? うちの大事な社員を断りもなく専属扱いにしよってからに…」
命令した事務スタッフから聞き返され、
(そうだ。これは鍵谷が悪い。
先日新しく仕事を取ってきてやったというのに、受け入れるどころか逃げ出すなんて。
挙句の果てには壊れたスマホと一緒に退職届までおいていくとは、なんたる恩知らずなのだろうか。もちろん退職届はすぐに私のゴミ箱に放り込んでやったが。
このままでは怒りが収まらない)
彼の中では「自分が目に掛けた人間を、会社単位で横からかっさらうような真似をされた」と思っているようだ。
「らくがきもらくがきだ…仕事を請け負ってやった恩を仇で返すような真似…断じて許せん」
もちろん康太には、美濃に恩を売られたという意思もなければ、恩知らずと罵られるそしりもない。
ただ、状況を知らない現場の人間からすれば、美濃の言い分は正しいと言える。
「康太の机の上に辞表が置かれていた」ことと「辞めるまでに与えられた仕事はすべて終わらせていた」ことをスケジュールや各自に振られたタスク表から知っているため、同情どころか良くもやってくれたなと歓喜している節もある。ほかの数人は心配をしているので、彼が孤立しているということは一応避けられている。
それが伝播するかのように、今まで派遣されていた「外部協力者」も、康太がいなくなった途端に会社ごと協力体制が解消された。一応は「契約の破棄」にあたるため、違約金なども生じて居たりするが、そこは割愛。
双方の話し合いの元、契約は終了となったが、実際のところは康太の退職届の中身をみて判断し、ほかの従業員もあらかじめ退職届を盗み見ているから、康太の退職に理解と納得を示している。
しかしそれは「横同士」の繋がりだけで「縦会社」のブラックパースには通用しない。会社的に見える負の連鎖を起こしたのは、鍵谷の「逃亡」が引き金と見えているらしい。目に見えている「まるでらくがきのような下書きのイラスト」を前にして美濃は思う。
(どれもこれもすべては鍵谷が悪い!)
その言い分がいつまで通用するかは、少し先の未来だけが知っている。
そして康太本人がこのことを心配していながら当事者を巻き込まず、企業vs企業という構図が、果たして成立してしまう瞬間だった。
--side. ブラックパース fin.--
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