神絵師、世界へ発信しました。
来宮さんから何度か質問がきてるけど、ちゃんと答えられてるのかな? 結構感覚的なところで描いてる部分だから彼女の参考になれば…。
「ん? あ、今日も投げてくれてる」
「どうしたのですー?」
手を止めない程度に、左手でトラックボールマウスを移動して一人のユーザーを指す。
「俺がいつもドローイングするときに見かけるんだけど、毎度固定テーマで投げてくれる人がいるんですよ。IDとかも毎度同じユーザーで『おちょうさんと触手』『幼馴染と〇〇』シリーズ、『幼女に癒されたい』に『観葉植物か空気になって女の子同士を絡んでるところを眺めたい』シリーズを渇望してくる人たちがいるんですよ」
「ほぇ~…。…ボクは触手専門外なのです~…」
ちょっと顔を赤めながらチラチラとみるのはやめてください来宮さん。
触手されたいんか?
いや、そんなことはどうでもいい、いや良くない。いいのか? どっちなんだい!?
「まぁ触手野郎はいつものこととして…」
「あ、こっちはスルーなのですね」
だってあいつだもの。
「毎度固定テーマを投げてくれるから「幼馴染さん」や「幼女豚さん」に「観葉植物さん」って勝手に名前つけてるんですよ。その方が覚えやすいですし」
「幼女豚さん…」
「いやその人あれですよ、検索したらわかりますけど、ツイートは幼女幼女しか言ってないんで…」
「ぴゃっ!? ほっ、ほんとうなのです!」
たぶん来宮さんを連れてったら歓喜のうえで発狂するんじゃね? って感じ。
「あれ? その…触手おちょうさんは付けないんですか? 渾名(あだな)的な…」
「お断りいたす」
「即答なのです!?」
だってあいつだもの。
次は何を描こうかなぁ……ん、固定テーマから拾うか。幼女はさっき描いたから却下、観葉植物シリーズは…あっ、アレにしよう。観葉植物の顔をした人を前に絡んでるシーンにしておこう。あの構図で描けばドスケベだろ。あとネタてきにもおいしそう。
まぁ記念ってことで、今回のメインは幼馴染シリーズで描こうかな。記念っていったらやっぱ結婚記念日だろ。…違うか。って言っても最近幼馴染テーマは使ったばっかりだしなぁ…。そのままウェディングドレスでも着せるか。
わりと幼馴染をテーマにするのは好きだ。想像しやすいし。
ただし触手、テメーだけはだめだ。
そんな楽しい楽しいお題箱も終わりが近づき、最後のテーマを決めた後にリクエストを閉じる。残念の声も上がるが、それ以上にフォロワーのみんなが楽しんでくれて何よりだった。
「じゃ、これを描いたらみなさんに報告する形でよいですかね?」
「いいですよ♪」
ななみさんからの了承がでたので、俺のTowitterからフォロワーに発信した。
―――絵師「かや。」様が専属に!? おめでとうございます!
―――ついに時代が動き始めたか!かや。世代!
―――かやー!!おめでとう幼女描いてー!!!
―――「らくがきそふと」さんは…新メーカーだったような。これは安定買い一択
……たまに変なリプが流れてくるものの、フォロワーさんからは好評みたいで一安心。
―――おぉ~! かやちゃんおめっと~さん!!
―――めでたいことだね。これからの発展を祈ります。
っと、これは航と孝宏の二人か。
あ、幼馴染さんや観葉植物さんからも来てる。
「これ、昔から交流あった人にはリプしても?」
「もちろんです♪ 皆さんに仲の良さをばんばんアピールしちゃってください♪」
「そうだね、発信して重要なのは、みんなに不信感を与えないことだから、そこはお互いが不利益を被らない程度にしてくれれば十分だよ」
っていうGOサインがでたので、二人や業界の知り合いには謝辞を、過去にお題箱のテーマを描いた人には良いねを押す作業。
「ぴぇっ!?」
と、後ろで来宮さんが驚きの声を上げた。
「さくらちゃん、どうしたの?」
「ら、らくがきそふとのフォロワーがじゅ、十倍に増えたのです!? ついでに私のフォロワーも増えたのです!!」
「えっ!? あっ! 「かや。」と「らくがきそふと」がトレンド入りしちゃった!」
「あらら…やっぱり問い合わせが一気に来てる。けど予想外の数だね…」
「任せて聖ちゃん! こういうときは私の出番だね!」
水鳥さんとななみさんがお問い合わせから丁寧に返信を続ける。
その傍らであわあわとしている来宮さん…はこれの戦力にはならないね。俺と同じだわ。
「俺も何か手伝いましょうか?」
まぁ何も手伝えることはないだろうし、そこに関しては俺らを戦力とは見てないでしょう。
「大丈夫ですよ。康太君はご自身のTowitterから返信しててください!」
「さくら。あなたは外注業務をしていてください」
「了解」
「はいなのです!!!」
そしてその日は全員が徹夜をすることになった。
--side. ??--
薄暗いモニターを前にして手元に置いていたスマホに一つの通知が届く。
Towitterで指定の人からの発信があるとツイート通知がなるように設定している。業務中にTowitterを開くと怒られるのだけれど…今日ばっかりは仕方ないと言いたい。
だって…まさかのことが起きてしまったのだから…。
「あ、これ…「鍵谷さん」のTowitterが更新されてる…」
今ウチの会社では「鍵谷」というワードはNGだった。しかし思わずつぶやいてしまったため、社内炎上まで一直線。
「なに!? 鍵谷だと!?」
「あいつは今どこにいるんだ?」
周りの人間が私の席に寄ってきてしまった。呟きは思わず出てしまったので、意図したものじゃない。
それが今、地獄を呼び覚ましてしまう。
「…らくがきそふと専属絵師…だと!?」
「鍵谷の奴…ふざけたことを…!」
「らくがきそふとだ! らくがきそふとに連絡をするんだ!!!」
「あのクソ会社め…」
とりかえしのつかないことをしてしまった罪悪が奔る。現場も大騒ぎだ。
(……ごめん、鍵谷さん…)
退職届を机の上に置いて辞めた彼をさらに泥沼に堕としてしまう。
逃げ出すこともできないままブラックパースに残っていて、そのうえやらかした私が今できるのは、内心でひたすら鍵谷さんに謝ることだけだった。
--side. ブラックパース fin.--
☆★☆★☆★
「で、あのあとどうなったの?」
「ん? どうもしないよ。
シュッシュッ…。スッ…。
「で、しばらくは対応で忙しくなるから会社にきてもすることがない、と」
「そういうこと。だからこっちにきてるのよ」
シュッシュッ…。スッ…。
「ねぇこーちゃん? 一つ聞いてもいい?」
「あん? なんじゃらほい?」
「…元の会社はこーちゃんの専属宣言について黙ってられるのかな?」
「いんや、黙ってないでしょ。今頃は家に乗り込んできてるかもしれないし」
シュッシュッ…。スッ…カチカチッ。
「だよねぇ…しばらくは職場に泊まり込みするかなぁ」
「無給で手伝うから、住み込みさせてもらえると嬉しいよ」
「いきなり忙しくなった今としては給料払ってでもお願いしたいところだねぇ」
シュシュシュ…。スススッ…。
「いいよ。なんならこっちから迷惑料でもなんでも払ってやるわ」
「ちょっとお二人さん!? 今そんなことをしている場合じゃないんですから! 手を動かしてください! 手を!」
「口じゃなくて手だけを動かしてください! 村崎先生も! かや。さんも!」
「「動かしてるから! 動かしてるの見えてるでしょ!!!」」
「「わかってますけど爆弾情報をここで流すなっつってんですよ(のよ)!!」」
ところ変わって区外ギリギリの某所、マンションの一室。
3DKの間取りのダイニングでは、中央に向かい合った二つの机と壁際に並べられた二つの机。奥の壁際には俺と航、中央ではガメツイ刃アシスタントの河東さんと西条さんがそれぞれ机に噛り付いて手元の液タブや板タブにペンを走らせている。
「というかこれ何を描いてる? 何も分からんまま背景やってるけど…」
「これはあれよ。ブックレット用。小説版の最新巻に付属する数ページ描きおろし」
「なる。っと…西条さん! P4の背景全部終わったので衣装の描き込みお願いします!」
「うぇっ!? 早すぎぃ…まだP1も終わってないのにぃ…」
「HAHAHA! あとで甘やかしてあげるから頑張れ!」
「晶也…」
「美月…」
「あ、河東さん。P2のモブ顔が崩れてたのでリテイクお願いします!」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
「ふたりとも、イチャイチャは手を止めないでね~」
「「は゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛!」」
二人の奇声、もといリアクションが物語っているこの場は地獄の二丁目。
漫画家の締め切り前の現場。
俺の避難所とも言う。
「ほらほら~、手を止めるとこーちゃんに全部仕事奪われちゃうよ~」
「「ヒィィィィ!!!」」
アシスタントの二人がさらに悲鳴を上げる。うん、いつもの修羅場だ。
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