13:その名は〝黒揚羽〟

 ヒミコの叫びを受けて、私は軽く竦みながらも聞き返した。


「……もしかして、私って結構変?」

「かなり変ね」

「おかしいぞ」

「……それ故に興味深くはあります」


 ライカ、ヒミコ、キョウの順番でそう言われた。

 でも、そっか。皆は既に鱗粉は纏えないってことなんだ。それが私にだけ出来るってことなら、それは良いことなんだろうか?


「おい、一回やってみせろよ」

「え? 鱗粉を手に纏わせるのを?」

「そうだよ」


 ヒミコにそう言われたので、私は手を手刀の形にして意識を集中させる。

 吐き出された鱗粉が手に渦巻くように纏わり付き、私の手が漆黒へと染まっていく。


「おぉ……」

「あら……」

「……これは」


 三人がそれぞれ驚いたような顔をしながら私の手を見ている。

 角度を変えたりしながらじっくりと観察していたけれど、ヒミコが私の目を見ながら問いかけてきた。


「触ってみても良いか?」

「だ、大丈夫かな?」

「なに! 最悪医療班に駆け込めば良い!」

「本当に大丈夫なの!?」


 私が慌てるも、ヒミコは私の黒く染まった手に触れた。

 なぞるようにヒミコが指で感触を確かめているけれど、触れられているような感覚はなかった。


「……これ、指を動かせるのか?」

「え? ……うん。普通に動かせる」


 ヒミコに問われたので私は指をそれぞれ動かしてみる。違和感らしきものは何も感じなかった。

 私の指を食い入るように見ていたヒミコだったけれど、真顔のまま私の顔を見た。


「アユミ、お前の腕をくれ。二本あるし、いいよな?」

「良くないよ!? 怖い、急に何!?」

「あぁ!? ふざけんなよ、お前!?」

「ふざけてるのはヒミコでしょ!? なんでいきなり腕を寄越せって言うのよ!?」

「くそぉ……! 訳が分からねぇ、でもこうなってる以上、目の前に存在してるってことだよな……! これ、どうにか再現出来ないかなぁ!!」


 ヒミコは心底悔しそうに両手を握り締めて、それを胸の前で振りながら地団駄を踏み始めた。すっかり興奮しきった様子で、思わず一歩後ろに引いてしまう。

 そんなヒミコに対してトワが気にした様子もなく問いかけた。


「ヒミコ、説明」

「ふぅーッ……正直、どうなってこんなものが生まれるのかわからねぇがな。結論から言うぞ? アユミの鱗粉は、即席で作り出せる鎧蟲の甲殻のようなものだ。それこそがアユミの異能なのかもしれねぇ」

「は?」


 即席で作り出せる鎧蟲の甲殻? 私の力が?

 私が首を傾げていると、キョウとライカが目を見開いて私を見つめて来た。

 そして勢い良く私に近づいてくるなり、私の黒く染まった手を掴んで撫でたり、触ったりしてくる。


「ちょ、ちょっと! 急に何!?」

「これが鎧蟲の甲殻と同じ……? いえ、触れた感じは確かに……」

「でも、これで動きをまったく阻害してない……? それなら……」

「これを防壁に塗布することが出来れば防御力が上がる!?」

「これは武器だけじゃなくて服にも使えるんじゃないかしら!?」


 二人が興奮した様子で私の腕を見つめている。その目のギラつきようが先ほどのヒミコと同じような気配を感じて、私は慌てて自分の腕を引っ込めて後ろへと後退る。

 癪ではあるけれど、唯一興奮していないトワの背後へと回り込んで三人への盾にする。


「三人とも、落ち着く」

「落ち着けるかよ、こんなの! 新素材もいいところだぞ!?」

「実用化を検討すべきものです。さぁ、トワ。アユミを引き渡してください」

「大丈夫よ? 痛くしないから……身体の隅々まで調べちゃいましょうね?」

「落ち着け、と言ったけれど?」


 トワが少しだけ目を細めて言うと、三人は渋々と言った様子で落ち着きを取り戻してくれた。


「チッ……けれど、確かにこれなら素手で鎧蟲の甲殻もブチ抜けるだろうな」

「これが鎧蟲の甲殻と同じようには見えないけれど……」

「アユミ、恐らくですが……それは流体なのです」

「流体?」


 何やら納得しているヒミコだけれど、私は一切理解出来ない。

 そうして私が首を捻っていると、キョウが私に向けてそう言った。


「私たちは鱗粉を放出し、それを触媒として異能に変換しています。つまり、鱗粉から異能への変化は不可逆なのです」

「えっと、一度異能に使ったら鱗粉には戻せない?」

「はい。ですが、貴方の異能は鱗粉という形をそのままに力を発揮するものです。だから貴方の鱗粉は手に纏わせることも出来ますし、それ自体が強力な盾にもなり、剣にもなるのです」

「キョウも流体って言ってたが、鱗粉という細かな粒子によって形成された集合体のようなものだ。それが自由自在に変形することによって衝撃を拡散する、または収束することによって強度を増すことが出来る。これを再現出来たら武器や防具の概念が変わるぞ?」

「なる、ほど? つまり水みたいに自由に形を変えられて、鋭くするのも固くするのも思うままなのが私の異能?」

「そう思っていいだろうな」


 それは、何とも反応に困る。ただ聞いていれば凄いことだと思うけれど、自分にそんな力があるという実感が追い付いてこない。


「……でも、欠点はありそう」

「欠点?」

「アユミ。それ、飛ばせる?」

「……飛ばす?」

「キョウがした説明の通りなら、アユミは鱗粉のまま異能を使ってる。私たちのように変換してないというのなら、鱗粉は鱗粉のまま。……鱗粉のまま、どうやって遠くに飛ばす?」

「…………風に任せる、とか?」

「うん。本人がこう言うってことはアユミの刻華虫こくかちゅうとの同調が足りてないか、そもそも鱗粉を飛ばすような攻撃手段には向いてないってこと」


 トワの指摘に私は思わず唸ってしまう。確かに操る感覚はなんとなく理解出来るのに、遠距離からの攻撃を考えると思い付かない。


「ソレは欠点ですが、でも考えて見れば候補生たちは鱗粉を扱えないので候補生時代と同じ戦い方をそのまま出来るということでもありますよね?」

「しかも、より強力になってだな。前に出て戦うしかない以上、危険なままではあるが相応の実力が身につけば化けるだろう」

「蝶妃の異能は強力だけれど、鎧蟲に接近されたら怖いのは変わらないものね」

「……もしも、だけど」


 真剣に話し合う皆、そんな中でトワが口元に手を添えながらぽつりと呟く。


「候補生たちにアユミの異能を付与した装備を与えられたら? アユミと同じ異能を持った蝶妃が増えて、それが鎧蟲の足止めに徹してくれたら?」

「……そうか。足を止めていいなら、思う存分に異能を使える」

「どうしても大技を使うのには集中力が要るものね」

「今、その役割を担っているのは紋白ですが……紋白よりも前衛や護衛の適性は高いと見るべきかもしれません」



「――ほら。だから言ったでしょ? 面白くなるよって」



 トワは心の底から楽しそうな笑みを浮かべてそう言った。

 ……その笑顔に思うところはあるけれど、でも否定出来ないところが何とも感想に困るところだ。


「アユミの異能の検証は出来た。まだまだ研究は続けていく必要はあるけれど、アユミを新たに女王として受け入れるべきだと〝紋白〟の女王として提案する」

「勿論、賛成するぜ。〝赤斑〟の女王として新たな女王を歓迎する!」

「〝青蜆〟の女王として、新たな女王を迎え入れることに賛成します」

「〝黄立〟の女王として賛成するわね。断る理由なんかないものねぇ」


 四つの派閥を統べる女王、全ての承認がここに揃った。

 その承認の重さに私は息が詰まりそうになる。両肩にとても重いものを乗せられたかのような気分だ。


「重ねて提案する。新たな女王、貴方は紋白より別れて成ったもの。故に、貴方に与える女王としての名は――〝黒揚羽くろあげは〟」

「……〝黒揚羽〟」

「いいじゃねぇか、黒揚羽」

「悪くないと思います」

「えぇ、素敵な名前だわ」


 私が噛み締めるように呟くと、他の女王も笑みを浮かべて肯定してくれた。

 これが、私に与えられる責務の名。私が背負っていかなければいけないもの。

 


「――〝黒揚羽〟の女王、苧環おだまきアユミ。新たな女王の誕生を私たちは心より祝福する」


 

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