12:アユミの異能検証

「よく来たな! アユミ! 待っていたぞ!」

「お、おはようございます、ヒミコ様……」

「あぁん? 私が昨日言ったことをもう忘れたのか!?」

「……えっと、おはよう、ヒミコ……?」

「それでいい。いいか、次に敬語を使ったらデコピンだからな」

「はぁ……」


 女王様方たちと顔合わせをした次の日、私は指定された時間にトワ様に連れられて大きな訓練施設のような大きな空間に連れて来られた。

 こういった施設を見ると地下にいた頃を思い出して、少しだけ気分が落ち着く。ガーデンの景色は美しいけれど、まだ場違いに感じられるようなことが多くて慣れない。


「おはよう~、アユミちゃん」

「時間通り。それでは、早速検証を始めて頂けますか? 私も暇ではないので」

「……えっと、お二方にも普通に接した方がいい、んだよね?」

「えぇ、それでお願いします」

「肩の力を抜いていいのよ」

「……わかった。慣れるように努力する、キョウ、ライカ」


 キョウは淡々と、ライカはニコニコと笑みを浮かべながら頷いてくれた。

 女王を呼び捨てにすると胃がキュッとしそうになるけれど、もう慣れるしかないのだと言い聞かせて大きく息を吸う。


「それで、私は何をすれば良いの?」

「まずは普通に当時の状況を再現して欲しい。あそこに試し切りの的があるからよ、ブレードで異能を発動させて切ってみてくれ」


 ヒミコはそう言って私にブレードを差し出した。遠征の時に私が使っていたものとまったく同じものだ。

 そしてヒミコが言う試し切りの的、人の形を象った板のようなものが立てられている。


「……あの、聞いて良い?」

「おう、なんだ?」

「異能ってどうやって使うのかな……って」


 先日は無我夢中になっている間に使っていたけれど、いざ意識して使うとなるとどうすれば良いのかわからない。


「はぁ? ……気合いだろ」

「気合い」


 ヒミコは簡単そうに言うけれど、気合いって言われてもわからないって。

 困ったようにキョウとライカに視線を向けてみる。


「……自分の感覚に身を委ねてください」

「んー、頑張って?」

「ろくな助言がない!」

「だって、当たり前に出来ること聞かれてもねぇ……」


 頬に手を当てながらライカが溜め息を吐いている。キョウも同意すると言わんばかりに頷いている。

 そう思っていると、いつの間にか私の傍まで寄ってきていたトワが私のお腹に触れてきた。


「うわぁ!? な、なに!?」

「お腹に力を入れる。息をしっかりして、自分の中にいる刻華虫こくかちゅうを感じて」

「え、えっ……?」

「その感覚に自分の意識を繋げれば良い。あとは刻華虫が教えてくれる」


 トワはそれだけ言うと他の三人の傍に戻っていく。

 トワにアドバイスされるのは、先日彼女に蟠りを抱いたばかりだから釈然とはしない。けれど、少なくとも全うなアドバイスだと思うから、トワの言う通りにして意識を集中させる。


(お腹に力を入れて、深呼吸をして……)


 目を閉じて意識を集中させながら深呼吸をすると、お腹の奥にある何かと意識が触れ合ったような感覚を得た。

 その繋がりを深めるように深呼吸を続ける。そして、完全に溶け合った感覚が浮かび上がった瞬間、呼吸に変化が訪れた。

 私の呼吸に合わせて、キラキラと輝く粉のようなものが吐き出された。


「これは……」

「それが〝鱗粉〟だよ。異能の媒介だな」

「蝶妃にしか生み出せない、特殊な物質」

「あとはそれを自分の意志のままに操るのよ」


 ヒミコ、キョウ、ライカの順でアドバイスをしてくれる。

 そのアドバイスの通りに意識を集中させ、手に持っていたブレードへと鱗粉を集束させていく。

 この鱗粉はなんとなく、自分の意志で動かせるような気がした。そんな感覚を頼りに集中を続けているとブレードの刀身が真っ黒に染まっていった。


(これだ、この感覚だ。あとは、このまま標的を――切る!)


 私は的に対して横にブレードを振りぬいた

 切り裂かれた的が横真っ二つに分かれて、上下に分かれる。支えを失った上半分が地に落ちたのを見て、ゆっくりと息を吐き出す。


「……あっ」


 そしてブレードに視線を向けると、その刀身が完全に無くなってしまっていた。

 持ち手の部分だけは辛うじて残っているけれど、刀身がついていた根本の部分から先がない。まるで焼け焦げたような、それでいて溶けたような痕跡が残っているのが見えた。


「うぉおおおおおっ!」

「ひぃっ!?」


 私がブレードの惨状に戸惑うよりも早く、ヒミコが全力疾走で私に向かって突撃してきた。

 竦み上がる私からブレードの持ち手を取り上げて、舐め回すようにヒミコは検分を始める。その目はぎょろぎょろとしていて、なんだかとても怖い。


「すげぇ……すげぇ! なんだこれ! はははっ! 凄い、凄い、凄いぞ! なんなんだよ、この異能はよ!」

「あ、あのヒミコ……壊してごめん……」

「いや! よく壊してくれた、アユミ! よくもやってくれたなこんちくしょう! ありがとう!」

「怒ってるの!? 喜んでるの!? どっちなの!?」

「馬鹿野郎! 怒ってるし、喜んでるんだよ!!」


 理不尽すぎる。そのままアユミは私の肩をバシバシと叩いて、上機嫌に破壊されたブレードを見つめている。


「こりゃ溶けてる……? いや、溶けた上でねじ切ったのか? わかんねぇ……見た感じの現象は紋白の光にも似た現象かと思ったんだがな」

「確かに紋白の光を武器に纏わせる方法と似てたように思うけれど、溶けて千切れているなら熱があったってこと?」

「いや。私の炎とも違う。そもそも持ち手の温度が変わってる訳でもねぇし、耐熱の処理は私たちが担当してるんだ。なのに溶けてねじ切れるなんて早々ある筈がない」


 ライカがヒミコに歩み寄って、ライカが持っているブレードの残骸を見つめる。

 ちょんちょんと指先で触れているけれど、確かに熱されている訳ではなさそうだ。


「……私が気になったのは、武器に纏わせた際の質感の重さですね」

「おう、キョウ。それはどういう意味だ?」

「たとえば、トワの光やライカの雷は武器に纏わせても重さまで変わったようには見えないですよね? その点で言うなら、アユミが起こした現象は青蜆の氷のように薄く膜を張ったようにも見えました」

「あー、言われると確かにな。私も耐熱の試験をする時は粘度を挙げた炎で似たような纏わせ方をするが……いや、だがそれでブレードそのものが溶け落ちるようなことがあるか?」


 三人が悩ましげな表情を浮かべて真剣に話し合っている。

 そこに口を挟んできたのは、今まで黙っていたトワだった。


「……全部なんじゃない?」

「あ? 全部? 何がだ?」

「私たちの異能は自然現象に似てるけれど、そのものという訳じゃない。鱗粉を媒介にして似たような現象を起こしているからそう呼んでいるだけだよね?」

「……じゃあ、どの異能にも当て嵌まらないアユミの異能はなんだってんだ?」

「全部の性質を持ってるけれど、全部の性質がごちゃ混ぜになってるから既存のものに当て嵌まらないもの。そんな印象を感じたけれど」

「……混ざり物、ですか」

「うーん、言われると納得しちゃいそうにもなるわねぇ」

「待て待て。それでブレードが壊れる理由になるかよ?」


 キョウとライカは納得しかけたけれど、ヒミコは納得がいかないようにトワに眉を寄せながら問いかけている。

 トワは少し黙った後、私の方へと視線を向けた。


「アユミ、武器を失った後も鎧蟲を倒してなかった?」

「え? う、うん」

「どうやって?」

「武器の代わりに手に鱗粉を纏わせて……そのまま貫いた?」


 私は当時の記憶を思い出しながら、動きを真似るようにして説明した。

 すると、何故かヒミコ、キョウ、ライカがあり得ないような目で見て来た。


「おい、鎧蟲の装甲を素手で貫いただと?」

「鱗粉を纏わせた手で……?」

「どうやって……?」

「えっ、武器と同じ要領で……?」

「お前は何を言っているんだ?」


 ヒミコは心底理解が出来ない、と言うように眉を顰めている。

 キョウとライカも頷きながらヒミコと同じような表情を浮かべていた。


「えっ、おかしなことを言った?」

「私だったら火傷するか、手が燃えてるわ」

「私だったら凍り付いて凍傷になってますね」

「うーん、私の雷なら出来なくはないけれど、それでも素手で鎧蟲の甲殻なんて貫けないわよ?」

「ちなみに私の光でも無理。光線として放つならまだしも、武器という媒体なしで素手に異能を纏わせて武器にするのは無理。下手したら自分の手を吹き飛ばす」

「えっ、えっ?」


 私は思わぬことを言われて狼狽することしか出来ない。

 そんな私の狼狽を見たヒミコが眉を吊り上げながら叫んだ。


「あのなぁ! 私たちが鱗粉を武器に纏わせているのは、武器という媒体があって安全に使えるからなんだよ。自分の身体に鱗粉を纏わせるのは百歩譲って可能だと言っても、それで鎧蟲の装甲を貫くって何をどうやったらそうなるんだよ!? 普通は燃えたり、凍り付いたり、消し飛んだりするんだよ!!」

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