第3話「一、二の三で行きますよ!」




「話は後でいたしましょう。

 騒ぎを聞きつけて人が集まって来ると面倒です」


レイが私の腕を引っ張り立たせてくれた。


「お嬢様を傷つけようとする輩が目の前に現れたら、殺してしまいそうだから……」


そうボソリとつぶやいたレイの目は、氷のように冷たかった。


「さぁ、お嬢様、一、二の三でドラゴンの背に飛び移りますよ」


「えっ?」


ここは確か十階建ての塔の最上階……。


遠くの山に太陽が沈んで行くのが見える。


塔の下に目を向けると、塔の周りに人が集まっていた。


塔の下にいる人が豆粒ほどの大きさに見える……。


私は足がすくみ、二、三歩後退してしまう。


ドラゴンは私たちがいる場所の一メートル下で待機していた。


ドラゴンの背が広いとはいえ、飛び移るのに失敗したら、地上まで真っ逆さまだ。


「行きますよ、お嬢様!」


レイが私の肩に手を回す。


「ちょっ、ちょっと待ってレイ……!こっ、心の準備が……」


「怖いですか?」


「こっ、怖くなんてないわよ!

 ただちょっと心の準備が必要なだけで……」


「仕方ありませんね、ではこうしましょう」


「ひゃあ……!」


レイにお姫様抱っこされてしまった。


レイが侯爵家に仕えていた頃は、ひょろひょろの体型で私より背も低かった。


それがたった数年会わない間に見違えるほどたくましくなって、こうも簡単に抱き上げられてしまうとは……。


レイの成長が嬉しいような、ちょっとだけ悔しいような。


「では、今度こそ行きますよ。 

 一、二の……」


「ちょっ……だめっ!

 やっぱり怖い!」


「……三!」


レイは私の制止を無視して、ドラゴンの背に飛び移った。


「きゃああああああああっ!!」


私の絶叫が響いたのは言うまでもない。







「レイのバカバカ!『三』って言う前に飛んでたでしょう!」


ここはドラゴンの背の上。


ブラックドラゴンのドラッへさんは、どこだかよく分からない広い森の上を飛行している。


いつの間にかすっかり日は落ち、空には満天の星が広がっている。


「すみません。

 せっかちな性分でして……」


レイが「テヘッ」と言って舌を出す。


美形のテヘペロの威力半端ない!


仕方ない! 許す!


「ところでドラッへさんはどこに向かっているの?」


「シュテルンベルク帝国です」


「えっ?」


シュテルンベルク帝国って、あのシュテルンベルク帝国??


大陸で一番の領土を誇っていて、科学、数学、天文学、魔法、剣術、乗馬、財力、軍事力、どれを取っても他国の追随を許さない、あのシュテルンベルク帝国??


「なんでシュテルンベルク帝国に行くの?

 あの国は出入国に厳しいのよ。

 侯爵令嬢だったころならともかく、今の私は第一王子に婚約破棄され、貴族の身分を剥奪され、牢屋から脱獄して、逃亡中の身。

 シュテルンベルク帝国に入ろうとしても、検問に引っかかってしまうわ。

 それよりもドラゴンなんかに乗ってシュテルンベルク帝国の領土内に侵入したら、魔法や弓で攻撃され、撃ち落とされてしまうんじゃ……?」


「大丈夫ですよお嬢様。

 皇族の許可は取ってありますから」


「はっ?

 皇族の許可を取っている?

 皇族の許可なんて、そんなに簡単には下りないはずよ」

 

「それが簡単に降りてしまうんです。

 何を隠そう僕はシュテルンベルク帝国の皇族ですから」


「はぁぁぁぁぁぁああああ?!」


今日イチ大きな声が出た。 




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