リサイクルショップ『:DDD』
文月イツキ
日陰の視線
0
「凛、お待たせ」
「
所沢駅前、大学生くらいの男女が待ち合わせをしていた。
髪を脱色して垢ぬけた風の女は不機嫌そうに、申し訳なさそうに遅れてやってきた男を詰めていた。
「悪い悪い、高校の時の先輩に出くわしちゃってさ」
「ん……それって男の人? それとも……」
凛と呼ばれた女は交際相手と思われる来夢と呼ばれた眩い名前を持つ男に疑念の視線を向ける。
「お、男だよ。俺って一途だからさ、今はお前以外の女の子との連絡は完全に絶ってから」
「本当に?」
「本当に」
来夢の一見すると真摯な態度に凛はすっかり期限を直し、にっこりと笑顔を向けた。
「じゃあ、遅れた30分、今日のデートは延長だからね!」
「分かってるって、よし、んじゃ上手いとこ連れて行ってやるよ!」
「やった、来夢くん大好き!」
1
『:DDD(ディーディーディー)』。名付け親の馬鹿曰く、「馬鹿笑い」という意味で、巷ではネットで検索しにくいと評判の中古品買取からジャンク品の回収、果ては修理までを担う、なんとかOFF顔負けの
手厚い業務内容と、廃墟顔負けの手薄な客足を高度に両立している地域密着型個人経営のリサイクルショップ。
ちなみに俺、
そんな、閑古鳥が住み着いて鳴き放題の店にも時折客が来ることもありそういう時は大抵……ロクなことにならないのだ。
「店長、おはようございます」
「なんだ、今日は早いなヤマ、まだ開店前だってのに殊勝な心がけじゃないか」
俺が店長と読んだこいつは日曜の午前10時に自身の自宅を兼ねている店舗の休憩室でテレビの録画画面を操作していた。
「開店前ってもう昼前なんですけど……」
「いつも言ってるだろ、日曜の開店時間は11時からだ。スーパーヒーロータイムを見てモチベーション上げてからでなければ自分は仕事をしない」
「ニチアサは10時までですよね。その空白の一時間どっから来た」
「録画してたワンピ見てるに決まってんでしょ」
「CMとあらすじ飛ばしたら20分ねぇよ」
「感想ツイートしてたら余裕で1時間飛ぶが?」
「「飛ぶが?」 じゃねぇですよ。んなことしてる暇あるんだったら、少しでも早く店を開けてください。ただでさえお客さん来ないんですから」
「どーせ来ないんだから、早く開けようが変わらんよ」
我がバイト先の店長は曰く「やるべきことよりやりたいこと」と人間であるなれば屑と呼ばれても仕方ないことを平然とのたまう。
残念なことがあるとすれば、こいつが人間であるということか。
「本当にそうですかね? さっき、店の前で開店待ってる人いたんですけど」
「ふーん、そう」
「ええ……そこは「それを早く言え」って慌ててくださいよ」
「あのな、日曜は開店11時が定刻だ。これは特撮の時間が変わってからは変えてない。これは店のルール。客が並んでるからって早めに開ける道理はないね」
「嘘つけ、ゴルフで特撮潰れた日は9時から開けてたでしょ」
「……それは……そういう日もある」
怠惰な上に嘘つきと来やがったか……。
「前から思ってましたけど、店長って人間性終わってます?」
「何を今更……」
店長は呆れたように、録画していたワンピの再生を始める。
呆れたいのは俺の方なんだが。
「そんなに開店したいなら、開けていいよ、店」
なんの風の吹き回しか、奴は店長らしからぬセリフを吐いた。
「ま、自分は11時まではなんもしないけど」
「……はあ、わかりましたよ」
改めて、良くつぶれねぇな、この店は……
間
「お待たせして申し訳ございません。今店を開けましたんで、どうぞ」
ちゃちゃっと開店準備を済ませ、俺は店の前で開店を待っていてくれたお客さんに入店を促す。
「あ、い、いえ。こちらこそ、開店前なのに押しかけちゃって」
待っていたお客さんは大体俺と同い年くらいの女性だった。
明るそうで何と言うか、友達が多そうな雰囲気がある。
「大丈夫ですよ。もともと開店時間なんて店長の匙加減なんで」
「ありがとうございます。それでは、お邪魔します」
入店したお客さんは、店内を物珍しそうに一瞥したあと、あきらかに気を使っていると分かる声色で
「なんというか、掘り出し物がありそうなお店ですね……」と。
「正直にボロいって言ってもらっていいですよ」
店長に聞いた話だけど、元々は倉庫だったか、ガレージだったか。そんなとこを改装してレジをぶち込んでかろうじて店舗としての体裁を保っている。
「まあけど、商品棚は俺が整理してるので、お求めの商品があればお申し付けください。それではごゆっくり……できるような店じゃないですけど、ご自由にご覧下さい」
「ま、待ってください。あの、今日は買い物でお伺いしたわけではなくてですね。売りたい物があるので、それのご相談に……」
間
俺は買取相談客用の椅子に腰かけるお客さんにコーヒーを差し出す。
「どうぞ、インスタントですが」
「ああ、お構いなく……」
少し緊張しているご様子、ここは小粋なトークで盛り上げていくとしますか。
「ご心配なく、ボロい場所ですが給湯室の掃除も毎日欠かさずやってるので衛生的には問題ないはずです」
「そういうつもりで言ったわけじゃないんですが……
「まあ、こんな怪しい場所で殺し屋みたいな男と二人じゃ気も休まらないですかね。はっはっはっ」
「あはは……」
「……」
「……」
「…………」
「…………………」
「やっぱ客商売向いてないんかな……俺……」
「い、いえ! 大丈夫ですよ! すごくおもしろかったですよ!」
「本当?」
「唐突に自虐されたので驚いただけで。あの、ありがとうございます。おかげで緊張もほぐれてきました」
まあ、結果として緊張がほぐれたのであればいいか。
「なら、よかったです。んじゃ、そろそろ本題に入りましょうか。買取のご相談でしたね」
「あ、はい」
「お手数をおかけしますが。こちらの買取依頼書にですねご記入をお願いしたいんですけど――」
三山の買取の説明と女性の記入が終わるの間
「はい、書き終わりました」
「ありがとうございます。本日、本人様確認用の身分証などお持ちですか?」
「免許証でしたら」
「お預かりしますね」
書面の内容と身分証の確認を行っていく。やっぱ同い年か。記載の住所にはアパートかマンションかどちらかの部屋番号が記載されている。
こういうと実家の住所とかだったりすると色々困るんだよな。買取不可だったりする商品の返送とか。
「
「はい。あ、ただ。買い取っていただきたい物は母方の実家にあるんです」
「ああ、なるほど」
こういう買取依頼は珍しくない。大抵、祖父母のどちらかが亡くなられて遺品整理で貰い手が見つからない物品の処分が目的だ。
買取品目の欄にはかなりの数の農機具類やら、碁盤まである。荷物の多い単身引っ越しばりの量だ。
「出張買取ということですね……あ、今日中のご希望と記入いただいてるんですけど、数も数ですし査定の準備等もあってですね、最短で翌日からとなってるんですよ」
「えっ!? それじゃ困ります!」
「うおっ!?」
急に身を乗り出してきた高田さんに思わず驚いて身をのけぞらしてしまう。
「あ……ごめんなさい、興奮してしまって。それにご無理まで言って……」
「いや、こちらこそ手際が悪く……」
「んだよ、行ってくりゃいいじゃん」
「うおっ!!?? 店長!?」
屑が11時前に店に!?
「うるせぇよヤマ、お客さんもいるのにはしたない」
「店長がいきなり出て来るから……え、っていうか、行ってくればいいって?」
「今日中に引き取って欲しいってことなら、荷物受け取って、こっちで査定すりゃいい話じゃん」
「けど、数ありますし即日査定完了ってわけにもいかないですよ」
「それは流石に向こうも承知の上でしょ。ですよね、えっと高田さんでしたっけ」
客を相手に愛想のかけらもなく店長は高田さんに確認を取る。
「あ、はい。お金は後日でいいので、とにかく出来るだけ早く! 引き取って欲しいんです」
「だってさ」
なんか、俺の頭が固いのか、お客さんの要望意図を汲み取って柔軟に対応することに関しては店長に劣ってる気がして腹が立つ。
「……わかりましたよ」
「……! ありがとうございます」
「んじゃ、自分は査定の準備してっから、軽トラ持ってていいよ」
ん?
「ちょっと待て。依頼書目ぇ通しましたか? 引っ越し業者でも三人掛かりで詰め込み作業する量ですよ!?」
「安心しろ。自分が付いて行ったとして一人分の戦力にもならん」
「それもそうだった! 使えねぇなぁ!」
そんなこんなで、俺は軽トラを持ち出し、高田さんの案内で買取品の回収に向かうこととなった。
そう珍しくもない遺品整理の買取依頼。ただ少し引っかかることがある。
確かに、故人の荷物なんて家を圧迫する、言葉を選ばないならゴミも同然だ。早く処分するに越したことはない。なのに、高田さんはまるで何かにせかされているようで……
0.25
「なあ、頼む! 頼むよ、凛!」
「来夢くん、ちょっと……」
とある大学の一室で来夢は凛に向かって、これでもかと深々と土下座をしていた。
「一万、いや、五千円でいいからさ、貸してくれよ」
どうやら、情けないことに金を無心しているようだ。
「……貸したお金、何に使うつもりなの?」
「今月出費がかさんでさ……かつかつなんだよ、バイト代が出るまで生活するために、頼む! 必ず返すからさ!」
どういうわけか、来夢のこういうお願い事が上手いらしく、すっかりたらしこまれている凛は来夢の弱気な態度にほだされてしまっていた。
「はあ……わかった。本当、来夢くんは生活力ないんだから。来月はちゃんと節約してね。家で倒れてたりしても知らないから」
「凛……! ありがとう、この恩は絶対忘れないから」
「まったく、本当に仕方ないんだから」
間
「来夢くん! どういうことなの!」
「ちょ、ちょっと凛、なんの話!?」
「私、見たの、来夢くんがパチンコ屋から出てくるところ、それでそのまま、高そうなスーツを着た人に、お金渡してたよね……?」
「凛、見てたの……?」
「なんで!? 来夢くんが生活に困ってるっていうから、お金渡したのに! 来夢くんが体調崩したりしたら嫌だから、かえって来なくてもいいやって思ってたのに……」
「違うんだよ凛、これは!」
「もう、知らない!」
2
ヤマと高田さんが店を出て少し経ったタイミングで『:DDD』に数少ない常連がやってきた。
「邪魔するよー」
「今日は来客が多いな……」
「おっと珍しいのが店番しとる、ついに彼女に逃げられたか?」
「誰の事言ってんのさ」
やってきたのは
強そうな苗字に反して名前は可愛らしい埼玉県警刑事課の巡査部長。
自分の昔馴染み兼悪友だ。
「なにさ、ナオ。せっかく冷やかしに来てやったのに、テンション低くない?」
「瑠衣ちゃんさー、天下の刑事さんが暇だからって倒産寸前の店を冷やかすなよ? 炎上するまでさぼり警官の写真をTwitterで呟き続けようか?」
「そう、邪見にするなよ~暇そうなお前に飛び切りのお仕事を持って来たってのにさ」
「またチャカ壊した? それとも、公用車どっかで擦った? 凹ませたなら高く付くよ。発砲許可取るの前に撃った弾補充なら、一発から取り扱ってる極道と中華マフィア知ってるよ」
この間は失くした警察手帳の捜索を手伝わされた気がする。
「はっはっ、そう何回も私の不祥事隠蔽に付き合わせないよ」
「こんだけやらせといて不祥事だって自覚はあったのか……」
「今回は割とクリーンな仕事」
何一つとして信用できる要素がなかった。
「その「割と」はどのくらいの割合なんだよ」
「……ろ、七割方……」
「サバ読んだ割には随分グレーゾーンに足突っ込んでんな」
「大丈夫大丈夫、私が揉み消せば実質ホワイトだから」
現役警官が言っていいセリフじゃない。
「で、どんな仕事?」
「ナオはなんだかんだ言って話聞いてくれるから、都合よくて、好きだよ」
「あぶねー、一個前の言葉がなかったら、うっかりときめいてたぜ」
「んで、肝心の仕事の内容だけど――連続失踪事件の捜査にちょっくら協力してくんない」
「…………」
「oh……露骨に嫌そうな顔。流石の瑠衣ちゃんもちょっと悲しいなぁ」
快諾を得られるとでも思っていたのか……ここまでハートフルな下町人情物語で進んでたのによぉ。
「まあ、穏やかな話じゃないし、一筋縄じゃいかないだろうとは思ってたよ。けど、しょうもない不祥事の揉み消し以外でわざわざお前を頼ってる理由は分かるっしょ」
「……はぁ、これだから昔馴染みってのは。――要は「ジャンク」が関わってるんだな」
かつて、警視庁が秘密裏に開発していた「捜査強化パーツ」ってのがあった。警察官の捜査能力の補助と強化、当初の目的はそれで間違いない、だが、何を間違えたのか、それらが「ぶっ壊れた」。
『│ジャンク《壊れた機械)』は使用した人間の心身に悪影響を与えた上に、本来の用途をはるかに超えた超過機能を持って日常の水面下で市民に危害を加えているのだ。
「お前が断るような、いや、断れるような話じゃないよ」
「……詳細を話せ。精々、リサイクルショップの店長としてできる範囲でなら、善良な一市民として協力してやるよ」
「東工大首席卒業者がよく言う。んじゃ、事件のあらましを話そう」
一息おいて、瑠衣ちゃんは語り始める
「事件の始まりは、一人の多重債務者の失踪からだった。
サラ金に手を出したどこにでもいるごく普通のギャンブル依存症の男が、ある日を境に職場に姿を現さなくなった。
当初は同僚も親族でさえも、高飛びしただの夜逃げしだの、ヤクザの取り立てにつかまって漁船に乗せられただの、そんな与太話を信じていたような、『諦められた人間』それも相まって捜索届が出されたのは失踪から実に一ヵ月も経った後だった」
「捜索届を出したのは?」
「失踪者が働いていた作業所の所長さん。取り立て屋に捕まってドロンしたと思われていたところ、債権回収業者、言っちまえばヤクザから職場に連絡がいったんだってさ。もういない社員のことでヤクザから嫌がらせされてはたまらんというわけで、警察に探してもらってるということにして筋を通そうとしたってね」
「高飛びの線は?」
「パスポートの発行履歴、失踪当日前後運航の飛行機のチケット、周辺駅の防犯カメラ。その他諸々足になりそうなもんは全部捜査しましたよー」
「結果は見ての通りってことね」
「自殺の線もあるから自宅も捜索したけど、まあ遺体もない。けど、ここで警察は事件性有りと判断を下した。さて、なんででしょう?」
「第三者と争った痕跡が見つかった」
「その通り、部屋からは失踪者本人のものと思われる血痕と第三者の髪の毛、そして……」
「不自然な形状の痕跡が見つかった、か?」
「そう、床と天井にまったく同形状の刃物かそれに類似した器具で付けられたような痕跡があった。」
「ジャンクが関わってる可能性か……で、『連続』失踪事件って言ったな」
「そ、この一件目を皮切りに、複数の失踪事件が浮き彫りになったんだよね」
「で、そのすべての失踪事件に共通の痕跡があったってところか」
「察し良すぎて、助かる、やっぱ便利だな。ナオは」
「はいはい、けど超有能不祥事刑事の瑠衣ちゃんが、そんな平警官の調書程度の情報だけ持ってきた、なんてことはないよね」
「とーぜん、超有能美人刑事の東郷巡査部長はある程度、ホシにあたりをつけてたのですよ」
そう言って瑠衣ちゃんは、一枚の写真を見せてきた。
被写体は大学生、ヤマと同い年くらいの人の好さそうな青年だった。
「失踪者たちと共通の知り合いでパチンコ屋の店員の子なんだけど」
「そこまでわかってんなら、適当に職質吹っ掛けて任意同行掛けなかったのやったよ。けど、任同には素直に従うし、事情聴取には真面目に協力してくれたのよね、しかも、失踪者の部屋から採取された血痕から割り出した犯行時刻には、しっかりしたアリバイもあった。私の勘は特大ホームラン級の空振りをかましたのだよ」
「『空振りをかましたのだよ』じゃないよ。結局、何もわかってないじゃん」
「いやいやナオさんよぉ、私がそんな無駄話に時間を割くとでも?」
「割と結構無駄なこと話してたが?」
「私が最初に容疑者扱いした子なんだが」
「聞けよ」
「先日、てか昨日、失踪しちゃった☆」
3
「よいっしょっと。やっと終わった……これで全部か?」
出張買取の依頼でやってきた高田さんの実家には、立派な蔵があり、山ほどの遺品を全て軽トラに積み込み終わった。
体力しか取り柄がないとは言え、流石に疲れた。
「お疲れ様です。これ、差し入れです。よろしければ」
「あ、ありがとうございます」
作業を終えたのを見計らったのか、高田さんが冷えたスポーツドリンクを差し入れてくれた。ああ、生きけぇーるー。
「それにしてもすごいですね。あんなにあった荷物をほとんど一人で……女所帯で手伝いも出せずすいません。兄も手伝い寄越せば良かった」
「まあ、体力しか取り柄がないもんでして……それよか、お祖父さんは農家の方だったんですね。意外と重い機材とかもあって」
まさか精米機を持ち上げさせられるとは思わなんだけど……
「兼業だったみたいです。まあ祖父が死んで、跡継ぎもいないので、田んぼも畑も手放すらしく大きな機材が蔵を占拠していても邪魔だったので助かりました」
「お役に立てて何よりです。……にしても」
蔵か、実を言えば俺は作業をしていてしんどい以上に懐かしい気分を感じていた。
「立派な蔵ですね。精米機もあったってことは米の保存にも使ってたんですよね」
「ええ、おそらく」
「壁もしっかりしてるし、確かに使わない機材で埋めとくのはもったいないですよ。一見すると密閉空間で息苦しそうなんですけど、意外と夏は涼しいし冬は暖かいんで離れみたいな使い方もできるんですよ」
「随分……詳しいんですね」
ひ、引かれている……疲れてるからなのか、懐かしいからなのか変なテンションになっていたのは否めない……少し後悔。
「すいません……実は俺の実家もこっちの方にあって。て言っても、もう少し行ったとこで、川越なんですけど」
「え、川越出身なんですか?……そういえば、苗字が三山……あ!」
何か俺、変なことでも言ったかな、あ、いや、言ったな……蔵がどうのこうのって。
「もしかして、川越の王貞治!?」
俺の予想とは裏腹に、意外な名前がでてきた。ていうか。
「うわっ、数年前の話なのにすげぇ懐かしい響きだなぁ……え、てか、なんで俺の高校の頃のあだ名知ってるんですか? もしかして俺この辺じゃそこそこ有名だったりします?」
「有名かどうかは分からないけど……というか、私、私だよ! 覚えてない?」
「えっとー……」
やべぇ、向こうはこっちを知ってる風なの凄い申し訳ない。早く思い出せ! 小中高、川越で育った男だろお前!
「あ、ちょっと待って」
そう言うと、高田さんはポケットから眼鏡ケースを取り出し、眼鏡を装着した。
そこでようやく、靄がかかっていた記憶が晴れていった。
「あ、ああ! 高田キャプテンの妹さん!」
「何その酷い覚え方……一応、同級生だったんだけど」
「いやー、元野球部あるあるで、仲良かったクラスメイト以外はあんま印象残らない問題が」
「はぁ……まあ、確かにそんなに接点もなかったしね、かたや野球部の4番バッター、かたや地味系グループの一人ですし」
確かに、当時の高田は、クラスでも大人しい子たちと一緒にいることの方が多かった気がする。そう思うと今は少し派手めな印象に見える。
「いや、記憶の中の高田(妹)さんはもう少し、なんというか本が似合う感じだったし! 雰囲気変わってて、多分仲良かったとしても初見じゃわかんないって」
「その呼び方、言いづらいでしょ、呼び捨てでいいよ。確かに、高校のころは喪女だったし」
「もじょ……?」
なんだその言葉は、何かの隠語か?
「けど、思い切って、大学デビューしたの。ああー! よく考えると恥ずかしいなー高校の頃を知ってる人と鉢合うのって!」
「……なんか、高田、随分変わったな」
「ついさっきまで、同級生って気づかなかった人が何を……」
ごもっともな話で……。
「それはごめんだけど、見た目以上に、なんか明るくなったかなって」
多分記憶に残らなかった一因だろうけど、当時の高田は話しかけても「何?」みたいな感じで仲のいいことしか話そうとしない壁のある感じだった気がする。
「高校の頃はもっと寡黙な委員長っぽい感じがしたし」
「よくそんなに「地味」の華美表現が出てくるね」
「あ、卑屈なのは変わってないのか……」
「……ん」
あ、やばい、ちょっと怒らせたか?
「そういう三山は。あんま変わってないね」
「え、マジで?」
「見た目は少し大人っぽくなってるみたいだけど、中身はあんま変わってないみたい」
「そうか? そうかな?」
これでも変わったと思うんだけど、特に『:DDD』に来る前と今じゃ。
「高校の時、文化祭の準備とか頑張ってたじゃん「体力しか取り柄がない」とかって言ったりして、球技大会じゃ「俺には野球しかない」とか。そう考えるとクラス一番のスポーツマンも案外卑屈だったの?」
うん、そうだったな。確かに昔の俺はそんな感じだった気がする。
「……たぶんそうかもしれん」
けど高田、もう今は『野球しかない』わけじゃないんだよ。
「私は変わったよ。あの頃から強くなった。人は恋をすると変わるって本当だったのかな」
「あはは、マジか……え、マジ?」
その昔は特に男子とは折り合いが悪そうに見えた高田が、恋愛……イメージが全く沸かん。
「そう! 私は大学デビューに成功し、今は彼ピもいるのだよ」
「か、かれぴ?」
ダメだ流行語かなんかか? 野球しかしてこなかった俺には何もわからん。
「三山も恋とかしてみなよ。少しは卑屈が直るかもよ」
「うーん……」
恋で人は変わるね……それは、分からなくもない。ただ変わる契機は始まりだけじゃないのかもしれない。
俺はあの日まで確かに……白球に恋をしていた。
「明るくなっても卑屈は直らんみたいだしいいや」
「なんだと!」
俺はもう十分だ、あの日までのキレイな思い出のままで。
「さてと、休憩も終わり。積み荷も終わったし、俺はもうお暇させてもらうよ」
「そうだね、三山は仕事中だった」
「んじゃ、査定が終わったら連絡するから」
「うん、帰り道。気を付けてね」
0.9
某日、連続失踪事件の事情聴取、音声記録
「事情聴取に協力してくれてありがとう。河野君、担当の東郷です」
「いえいえ、俺も常連のお客さん達が急に来なくって気になっていたので」
「なるほど、まず君と失踪者たちの関係を教えてくれないかな」
「はい、見せていただいた写真の人たちは俺がバイトしてるパチンコ屋の常連のお客さんで、バイト仲間や店長も顔見知りでした。俺はよく開店前の入場整理とかもしていたので、お客さん達と世間話とかもしたりして、この人たちには多分気に入ってもらってました。よく景品のあまりのお菓子とかこっそりくれたり、恋愛相談とかにも乗ってもらったこともあります」
「客と店員というよりも、友人くらいの距離感だったんだね」
「あ、でも、煙草とか飲みに誘われたりもしたんですけど、そういうのは断ってました。酒は弱いし、煙草はみんな『金がかかるしやめたい』って言いながら吸ってるのを知っていたので、なので友人と言っても何でも腹を割って話せるってほどじゃないですかね」
「へぇ―真面目なんだね」
「いえ……一番は生活が苦しいからってのがありますし」
「生活が苦しいって、まだ学生だろ? 親から仕送りしてもらったりとかは?」
「俺の家は片親なんですけど、母が今入院していて、とても働ける状態じゃないんです。それに家を出る時に喧嘩しちゃって、無理をさせたくなかったんですけど、上手く伝えられなくて、それで喧嘩に、もし母が元気でも、支援を頼むのは虫が良すぎますよ」
「……お母さんの入院費はどうしてるの? 片親なんでしょ」
「なんとかバイト代から工面してます。まあそれで俺が食い扶持に困ってたら世話ないですよね……彼女にはカッコつけて女の子との連絡は絶ってるなんて言い方してたんですけど。本当は合わせる顔がないだけなんですけど、今は従兄弟の兄が払ってるてことにしてもらって、入院費を渡してもらってます」
「……これは取り調べに直接関係ないんだけどね。ちゃんと喧嘩出来たんなら、お母さんは君を大切にしていたんじゃないかな。 一人の人間として。お母さんは今でも君を愛してくれていると思うよ」
「そう……ですかね」
「もし、後悔してるなら、今度、会いに行ってみたら? その前に事情聴取には協力してもらうけどね☆」
間
「「会いに行ってみたら」か……もしもし、すいません面会の予約をしたいんですけど―――はい、はい、わかりました。それじゃ、来週末にでも、はは、彼女にも振られちゃいましたし。時間はあるので」
事情聴取を終えた青年が電話を終え帰路を目指そうと顔を上げると、そこには一人の女が立っていた。
「……来夢くん」
「っ!? 凛……久しぶり……一ヵ月ぶりくらい?」
そこにいた女は事情聴取を終えた青年、河野来夢の前から姿を消した高田凛だった。
「ごめんなさい。あのとき、私、酷いこと言って」
「もしかして……凛、俺のこと……」
「もう大丈夫だよ。来夢くんに悪いことを教えた、悪い大人はもう――『どっかにやっちゃったから』」
来夢は一歩後ずさる。
「……え?」
「あとは、あのスーツの人だけなんだけど、最近、お巡りさんが多くなっちゃって流石に動きづらいし、よく考えたら一人一人、どっかやるよりね――来夢くんを閉じ込めちゃえば良かったよね」
3
「失踪者の名前は「河野 来夢」。これまでの失踪者と違い、普通の
本当に普通の貧乏学生だ。借金もない、喧嘩して実家を飛び出したってのに母親の入院費を毎月払ってるんだってさ。感動的だねー。連絡は取らないつもりらしいから、金は従兄に渡して母親の近況を聞いてるんだってよ」
そういう瑠衣ちゃんは少し、申し訳なさそうに写真を見つめていた。
「彼は犯人にとって不都合な情報を持っていたがために犯人に消されたのか……? なんにせよ重要参考人だったろ。なんでそう簡単に失踪なんて」
「いや、警察はちゃんと仕事をしてたんだよ。念のため河野を張ってたんだが――あろうことか、複数の警察官が目撃していたんだ」
「は?」
「「ジャンク」の機能だよ。そいつはあろうことか国家権力の犬の目の前で、河野を奪い去ったんだよ」
「……」
警察、しかも失踪事件でエリートの刑事課も動いている中、連中を撒けるようなジャンク。
いくつか思い当たるが、どれか一つに絞るには決め手に欠ける。
「さて、ここでお前の出番だ。「ジャンク」の大本、捜査強化パーツの設計技師、スクラップリサイクラー、元県警本部科捜研開発班、葉加瀬 直」
「久しぶりに、その呼ばれ方された。首切られた時以来だよ」
「今、その話はいいんだよ! 河野は拉致されてからまだ一日も経過してない、ホシはそこまで遠くには行っていないはず。早く捜索すればホシを上げられる」
随分、焦ってるように見受けられる。さてはだが……
「あんま、ちんたらやる気はないけど。瑠衣ちゃん、本当にホシを上げることが目的?」
「うっ!」
図星に命中。
「……はぁ……母親想いの不器用な若者を一刻も早く救出したい。これが本音、悪いか?」
「いや、そっちの方が君らしい。変わらないね、マジな時ほどふざけたフリするの。OK、それが瑠衣ちゃんがやりたいことなら、自分、めっちゃ頑張る」
数時間経過の間
「げ、店長から電話だ。時間掛け過ぎたか?……もしもし、こちら三山ぁ」
『お前、げ、って言ってから、電話出たろ』
「なぜわかった?」
『本当に言ってやがったか……まあいい、お前、まだ高田さんとこか?』
「いえ、川越の道の駅です。動いたら腹が減ったんで、あ、積み荷は終わって――」
『高田さんとこからどのくらい経った?』
俺の話を聞く前に店長が話をせかしてきた。
「えっと、一時間いかないくらい……」
『距離は?』
「そんなには、距離的には5~6㌔くらいですかね」
『今すぐ、高田さんとこに戻れ!』
どうやら、たまの客ってやつは、ロクなことにならないらしい。
間
「来夢くん、ここなら安心だよ……」
外がすっかり暗くなった頃、凛と来夢は二人きりだった。
月明かりすらも遮る漆喰の壁に囲われた蔵の中に。
「わざわざ、私からお金をもらったり、パチンコを打ったりしなくても、毎日三食出してあげるし、大学の講義にも出なくてもいい、何よりアナタに悪影響を与える男が来ない」
「凛! 話を聞いてくれ、俺はパチンコを打ってたんじゃなくって――」
「夢を追ってた、的は話? 聞いたよ、パチンコ打ってるようなダメな大人はみんなそう言うようになっちゃうんだって」
「だから違うんだって……! 俺は母さんの入院費を――」
凛は聞く耳を持っていない。その瞳はほのかに暗く、光を遮断しているかのようだった。
「私、本当に本当に心配だったんだよ……私をデートに連れっててくれる時も頑張りすぎてるんじゃないかって、もしかしたら、私を喜ばせるために無理して生活費を削ってるんじゃないかって」
「凛……!」
「けど、もうそんな心配しなくて大丈夫だよ、だって来夢くんは私が――」
「こーんーにーちーはー!!!」
暴走する凛の声を遮ったのは力強く元気の良い挨拶と、それに合わせてどっごーんと景気よく破壊された漆喰の壁の音。
「毎度ありがとうございます。中古品買取からジャンク品の回収に修理まで。要らないものがあればすっ飛んできますリサイクルショップ『:DDD』入口鍵開いてなかったんで、壁ぶち抜かせてもらいました! 損害賠償の請求は当店の店長にお願いします!」
「三山……!」
「え……誰……?」
颯爽と現れたのは、ポケットに手を突っ込みながら足を振り上げた、スポーツマン体系の殺し屋のような厳つい顔つきの男、三山貞治だった。
「お、思ったより、大丈夫そう。焦らせやがってあの店長」
現時点で生存している来夢を確認すると安堵の表情と特定の個人に対する憎悪の表情とを順番に見せる三山。
「何しに戻ってきたの……?」
「申し訳ないんですけど、回収漏れがあったみたいなんで、再びお宅に訪問させていただいた次第で」
三山はあえて店員調の慇懃無礼な態度を取る。
「回収漏れ?」
「ああ。お前が持ってる「ジャンク」回収に来た」
「ジャンク? まさか!? いや……絶対にこれは渡さない……」
「心当たり有り、みたいだな」
カマかけに反応した凛に三山は元同級生として警告する。
「それは警視庁が秘密裏に業者使って回収して回ってる、特別危険物だ。元々お巡りさんが使うように開発された捜査用便利道具なんだけど
なんか壊れたらしくてさ、人体にあんまよくないらしいから、出来れば大人しく渡してくれ」
「いや!」
ジャンクに魅せられた彼女は、強い拒絶の意を表す。
「他の業者の手が回ったら、ただじゃすまないんだ!」
「絶対に……嫌!」
言葉と同時に隠し持っていた『それ』を凛は力強く振るうと、シャリン……と鈴の音のような音が蔵に響いた。
何が起きるかと三山は身構える。だが、三山の身には何も危害が加わることはなかった。
「え、高田!?」
ただ、三山は目の前にいた、高田凛を『見失った』。走り去ったであろう足音は聞こえたが、姿はまるで追えなかった。
「ったく……!」
高田を取り逃がしたことで、すぐさま三山はある人物に連絡を取る。
「もしもし、店長! ジャンク拾得者に逃げられたんですけど!」
『はぁ? 何やってんだ! 馬鹿!』
「店長がなんの「ジャンク」か分かんないっていうから、様子見してたんですよ! 自分で作った癖になんで、わかんないんですか! クソ改造厨!」
『黙れ! 正社員にして一生こき使ってやろうか!?』
「脅し方が独特過ぎる!」
互いに電話口に互いを非難し合う三山とナオ。
『まあいい、殴り合ってないってんなら、高田凛の持ってる「ジャンク」はほぼ確定だ』
「「ほぼ」なのか「確定」なのかはっきりしてくださいよ!」
『製作No,15、尾行補助機「どこかでお会いしました鐘」だ』
「ネーミングセンスを地獄で学んだのかアンタは!」
クソみたいなネーミングに思わず三山は咆哮する。
『落ち着いて、三山くん』
二人の馬鹿の喧嘩の間に唯一落ち着いた人物の声が挟まる。
「東郷さん! 東郷さんも店長と一緒にいるんすか! よかった……」
『うん、今ナオと一緒にそっちに向かってる。ナオの話はいったん忘れて公式採用名は「ベル型印象操作装置」』
『絶対自分の方が良いのに……』
「アンタは黙ってろください」
『まあまあ。ともかくそのジャンクは単独尾行の時に尾行対象に捜査員の顔とか身体的特徴を印象に残らないようにするための道具だったの』
「そんなレベルだったか? 一瞬、「消えた」ように見えたんですけど」
三山のその疑問に答えたのは開発者ご本人。
『仕組みは視線誘導の類だよ。顔を一瞬見られたとしても、すぐに、より印象に残る別の物の方へと視線を移すんだよ。壊れて「ジャンク」になったことで、顔だけじゃなくて全身の印象を消したってところか』
「なんで、壊れてるはずなのに強化されてんだよジャンクってのは……」
『お前は消えたように見えたって言ったよな』
「ええ、そうですが」
『日常で突然人が消えたりしたら「不自然」だろ。現に、消えたってことは強烈に印象に残ってしまっている。そんなこと尾行中に発生したら大惨事だ。そんな風に捜査に不都合にならない程度に出力を抑えてたんだが、ほとんどのジャンクはそういうリミッターが壊れてんだよ』
「で、なんのジャンクか分かったはいいが、どうするんです?」
三山はこれからの動向を瑠衣に確認する。
『直接の運動能力をあげるジャンクじゃないし三山くんなら多少離されても追いつけると思う。どの道、ジャンクの「修理」はナオが現場に行かないとできないからね。今は被害者が近くにいるなら、その子を安全な場所に保護をお願い』
「かしこま!」
『いい返事!』
『返事だけでしょ』
4
「お疲れ様です。東郷さん」
三山は被害者である来夢を保護した後、近くのコンビニに移動し、大人しく待っていると瑠衣とナオが到着した。
「お疲れー三山君、被害者の保護ありがとうね」
「おい、自分には挨拶もないんか」
「店長今日なんかしましたか?」
「ジャンクの特定しただろうがよ!」
「結局間に合ってないから一回取り逃がしましたが?」
「喧嘩売ってんのか?」
「ハイハイ、二人とも喧嘩しない。被害者が不安がるでしょうが。えっと取調べ以来かな河野 来夢くん、怪我とかない?」
瑠衣は三山たちの喧嘩を諫めたあと、来夢の方へと向き合った。
「え、あ、はい」
「あとはこの二人に任せておけば大丈夫だからね」
「任せる……そちらの二人にですか……」
「うん?」
そう言うと来夢は瑠衣の背後にいる二人の方を指さす。
「そもそも、お前が店を早く開けたりするから、瑠衣ちゃんと高田凛がすれ違いで店に来ることになったんだろ!」
「その時点では、黒かどうかも分かんないのにどーしようもないでしょうが、そもそもの話をするんだったら、開店早めていいって許可を出したのはアンタだろうが!」
「あ?」
「お?」
一度諫めたにも関わらず性懲りもなく、責任の押し付け合いを始めていた二人の方へ瑠衣はゆっくり歩み寄り、大きく息を吸い込んだ。
「お前ら!! 喧嘩すんなつったよな!!!!」
「……はい」
「……ごめんなさい」
瑠衣に怒鳴られ、大の大人二人がコンビニの駐車場で正座をさせられている様はなんとなさけないことだろうか。
「あはは……お二人が羨ましいです」
そんな三人のやり取りを見て、来夢は安堵したように微笑む。
「え、どこを見て?」
360度どこから見ても滑稽なのは間違いない。
「よく考えたら。俺、凛に喜んでもらおうとか、凛に心配させまいとか、そんなことばかりで、家のことも相談もせずに、そういえば、喧嘩の一つもしたことなかったなって、なんでも話せたら、凛もあんな風には……」
「河野くん……」
瑠衣は河野の好青年っぷりに思わず感涙しそうになるが、改めて考えると、この好青年が感心しているのは後ろの馬鹿二人であることを思い出す。
「うん、そう考えるのは凄く大事だけど、あの二人は見習わなくていいからね」
「良い話風だったのになんてこと言うんですか!」
「瑠衣ちゃん、僕は悲しいよ」
「責任転嫁し合ってただけでしょうが……まったく……」
しかしながら、こうして瑠衣が仕事を持ち込んだのは、偏に、二人への信頼であることに偽りはない。
「ほら、早くいってきな『:DDD』」
呆れながらも『:DDD』を瑠衣は送り出す。
「あの! 二人とも凛をお願いします!」
仕事に向かう二人の背中に来夢は深々と頭を下げる。
「了解です!」
「任された」
並んで歩く二人の表情は……いや、これ以上は無粋だろう。
間
「どうしてこうなったの……私はただ……来夢くんが大好きだっただけなのに……」
逃げて逃げて、私にもここがどこか分からない。
昔から、私は誰にも見てもらえなかった。
真面目に真面目に、それだけが取り柄、呼ばれ方は野球部主将の妹、高田(妹)ってそんな風に兄の陰に隠れて、誰も本当の私を見てくれなかった、太陽みたいに眩しくって憧れていたあの人も、私を見てくれなかった。
三山……私、本当は大学デビュー、成功なんてしてなかったんだ……
見た目だけ垢抜けても、結局誰も見てくれなかった、ただ一人を除いて。
『俺、河野来夢っていうんだ、全然、来夢って顔してないけど、あはは、やっぱセンスないな……俺……』
『急な自虐ネタで驚いちゃっただけ。けど初めての飲み会で緊張してたけど、緊張ほぐれたよ。ありがとう』
『めっちゃキラキラした名前でよくからかわれたんだよ。それで小さい頃はよく母さんに泣いて文句いってさー、あれ? 怒られたから泣いてたんだっけ?』
『お母さんも河野くんのことを考えて付けた名前なんだからそりゃ怒るよ……それに、私は好きだよ『来夢』って名前、そんな卑下するようなもんじゃないよ』
『高田さん、あっちにタピオカやあったよ。埼玉にもあるもんなんだ』
『埼玉をなんだと思ってるの……まあ、私の地元は畑と田んぼばっかだけど、川越ってとこでね』
『り、凛!』
『え?』
『ずっと、名前で呼んでみたくて、嫌だったかな?』
ずっと高田(妹)でしかなかった私を、家族以外で初めて名前で呼んでくれた。
戸惑ったのは嫌だったからじゃないよ。一瞬、呼ばれたのが私だってわからなかったから。
『……っ! い、嫌じゃないよ! 来夢くん』
「来夢くん……凛って呼んでよ」
「いた、店長! 高田、発見しました!
あーあ……私を呼んでいいのは……
「もう、あんたじゃない……!」
「どーどー、落ち着けって」
私は三山を睨んだ。
暗くて表情すら分からないが、アイツは私と来夢君を二人にしてくれるあの『ベル』を狙ってる。絶対に渡さない!
「どうしてここが分かったの?」
私だってわからないのに……
「それは……企業秘密? てか店長しかわからん。それよか、河野さんにお前を助けてくれって言われて来たんだよ」
でたらめだ、上手いこと言って私から『ベル』を奪おうとしてるに違いない。
「嘘! あんたの助けなんかいらない……私は……来夢くんさえいれば――」
「陽動ご苦労」
「っ!?」
背後からもう一人、やっぱり嘘だった。仲間を連れて、ベルを奪い取ろうとしてきた。
「残念だったね三山ッ! 連れてきた仲間が間抜けで!」
私は力いっぱいベルを振る。こうすれば、一緒、あの時と。
あんたらの視界から私は消える!
「やっぱ自分じゃ無理か」
「不意打ちで声かけて空振りって、馬鹿すぎる……だろ!」
「え?」
なんで、私が追えてるの? なんで、私、捕まった……?
「ようやく捕まえた!」
腕を掴まれて近づいたからか、暗がりでよく見えなかった三山の顔が見える。
コイツ、目をつむっていた。
なんだ……やっぱり、あんたは最初から私を見てなかったんじゃん。
「ちょっと手荒だけど。店長、投げ飛ばします! クッション頼んだ!」
「は? 待て待て! 女性とは言え人間! ほぼ同じ質量のもん受け止めれるわけ――」
「くたばれぇッ!! 店長ッ!!!!」
「きゃああぁぁ!!」
「ふざけん――ぐはぼぁぁッッ!!!!」
「ふぅ……20時25分、対象ジャンク拾得者確保!」
間
高田と接触する少し前の話。
「そう言や、店長。なんで高田がジャンク拾得者だってわかったんです?」
「失踪した。河野の関係者の線に探りを入れてたんだが、決定的なのは天井と床の傷だ」
「なんすかそれ」
初耳である。
というか、いつもいつも。捜査とかは店長と東郷さんがいつの間にかやってて、俺は写真見せられて「捕まえてこい」だもんな。
……いよいよ、殺し屋じみてきたな。
「連続失踪者の家宅で見つかった共通した痕跡だ。ありゃジャンクでついた傷じゃない農機具だ。丸ノコみてぇな草刈り機だな、そんで「そういやさっき農機具を売りに来た女がいたな」ってなとこだ、しかも農機具なんかを馬鹿みてぇな数を保管しておける場所、死体を隠したり、監禁したりにはもってこいだ。んで、お前に探りを入れさせたってわけだ。サルでもわかる店長のありがたい解説だ。感謝しろ」
「へぇへぇ、長くて途中から聞いてなかったっすよ」
最初の一行くらいでもう聞いてなかった。
「殺すぞ。それよか、ヤマ、高田凛に出くわしたら、目ぇつむってろ」
「は?」
ついに俺を、暗に殺しに来たか。
「「どこかでお会いしました――」
「「ベル型印象操作装置」な」
「ああもう、ベルでいい! ジャンクには一つとして同じモチーフはないからな」
「それでいいですよ」
「さっき高田に接触したときには、痕跡の件がジャンクによるものである可能性が捨てきれなかったから思い切ったことはできんかったが、ベルなら話は早い、アレは視線誘導を使って「消えたように見せてる」だけ、見えてなくても存在してる。見えなくなるんなら、最初から見なくていいのかもな」
「自分で本末転倒なこと言ってるってわかってます?」
「先入観を取り除くんだよ、さっきまであったもんが突然視界から外れると、脳が勝手に追おうとしてしまって見当違いのとこを探しちまう。
だったら最初から見えなくても声とか気配とかでそこにいると把握していればいい」
「後半適当だな」
「自分にはわからんかんな、お前の無駄に有り余った運動能力と獣並みの五感の活用どころだ」
「余計な言葉が多すぎるな……」
「何? 出来ないの?」
「は? 出来るに決まってますが?」
4.1
「二人ともジャンク回収お疲れ様!」
戻って来た三人を瑠衣は出迎える。
三山は投げ飛ばしたときに伸びてしまった凛を背負い、ナオはダメージ甚大な腰をさすっていた。一体誰がこんなことを……
「ふぅ、肩こりましたよ」
「ヤマ、マジで許さん……」
「残念ながら悪のマッドサイエンティストは仕留めそこないました」
「それは残念」
「瑠衣ちゃん!?」
「まあ冗談は置いといて、ジャンクは修理済み?」
「はあ……。ん、もう、これでベルに精神汚染効果はないよ
「難儀ですよねぇ、諸悪の権化である店長でないと。ジャンクを修理して、安全な状態での回収が出来ないなんて」
「んだと?」
「こっちは虫の居所が悪いんですよ。これ超過労働ですからね! 11時入りでほぼ休憩なしで現在20時半ですよ!」
「んなもん、瑠衣ちゃんが持ってた仕事なんだから瑠衣ちゃんに言えや! ほらさっき見たいな憎まれ口を叩いてみろよ、この瑠衣ちゃんになぁ! へっへっへ……」
「東郷さん、やっぱこの人屑ですよ。とっとと豚小屋にぶち込みましょう」
「そうしてもいいんだけど、一応、ナオが懲戒処分で済んでるのは、ジャンク回収って危険な作業をさせるためでもあるから。現在進行形で罰を受けてるってことで」
「お前ら……そんな自分が嫌いか!」
「……」
「……」
「何とか言えや」
「あ、あの!」
「お、河野くん、今回はごめんね、警察の不手際で怖い思いをさせてしまっていえ、とんでもない。もとはと言えば俺がちゃんと凛と向き合えてなかったのが原因だと思うので。改めて、お礼を、ありがとうございます。東郷さん三山さん店長さん」
「よかったね、彼も無事で」
「んんっ! 刑事として、いえ警察官として善良な市民を助けるのは当然ですから!」
「それで……凛は、これからどうなるんですか?」
「……確かなことは何も言えない。ってのが正直なところ、失踪中の人たちがちゃんと見つかるかにも寄るしね、けど、ジャンクの影響による心神喪失状態ってこともあるから、そこまで重い処罰は下されないとは思うかな」
「そうですか……」
「だけどね、心神喪失って言っても、やってしまった事は、高田さんの中から消えないかもしれない。もし罪悪感に彼女が押しつぶされそうになったとき貴方はどうする?」
「俺は、今度こそ彼女を不安にさせたくありません。話さなくちゃいけないことは、多分、たくさんあります、母親のこととか、けど、なによりも俺は――」
間
私は眩しくみんなを照らす太陽に憧れたこともあった。それは太陽の熱さと残酷さを知らなかったから。
今はもう日陰でいい、暗くて寒い日陰でも、一人じゃないなら、貴方が傍にいるなら。
「俺はただ彼女に寄り添ってあげたい」
(終わり)
リサイクルショップ『:DDD』 文月イツキ @0513toma
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