第15話:第四勢力







その一言は、ほかに解釈のしようがない死刑宣告だった。

魔法少女五人とヒーロー戦隊十人、大量の魔族と幹部クラスの怪人。それらを容易たやすく肉片に変えた男の前では、俺の体などで庇ったところで、紙切れ一枚の守りも為さない。

魔術を使おうにも、これでは魔力を流す前に決着がつく。目くらましすら使えない状況で、どうやって逃げれば。


そしてそれが「解なし」であることに気づくのには、そう長くかからなかった。


「....期待させたところ悪いが、どうやら俺たちはここで仲良く死ぬらしいな、魔法少女。」


俺は、後ろでへたり込んだまま震える彼女に言った。だが、彼女から返事は返ってこなかった。チラッと見ると、目が虚になって何か口を小さく動かしているのが見えた。


....心が壊れたか。確かに目の前であんな事態を見せつけられたら、無理もないだろう。


死の恐怖に苦しまずに死ねる彼女を少し羨ましく思いつつ、俺は最後の賭けに出ることにした。奴に悟られないように術式を組み立て、クネクネ歩み寄ってくる男のリーチに俺たちが入るまでのわずかな猶予で魔力を操作する。

例の、プルトニウム自爆術式を使うのだ。ただし、ここで使えば彼女が巻き込まれてしまうため、奴のナタが俺に触れ次第俺もろとも最大火力のスタームで上空に突き上げ、そこで自爆するよう術式を改変した。

序列第一位から第三位までの魔女すら葬った術式だ。即席版とはいえ、致命傷くらいは負わせることができるだろう。



男の足は、あと数歩で俺たちを間合いの内に入れんとしていた。

俺は術式を完成させると、静かに目を瞑った。


....随分と短く、奇妙な人生だったな。

これだけたくさんのことを経験できれば満足だが、強いて思い残すことがあるとすれば、また多嘉子と食事をしながら喋りたかったな。他にも、魔導書の術式も全部覚えたかったし、科学のことももっと学んでみたかった。それに、この魔法少女とも、術式が尽きるまで戦いたかった。


俺は心の中でため息をついた。....全く、全然満足できていないではないか。

だが、今日で人生が最後なのは変えようのない事実だ。諦めをつけた俺は一言、声に出してつぶやいた。


「....ありがとう、多嘉子。」


それを言い終わると同時に、男の顔がニヤッと不気味な笑みに変わり、一気に目の前まで近寄った。


...終わった。そう思ったその時、先程の俺の遺言は一瞬で無駄になった。




ボグッという嫌な音に続き、間近にあった男の顔が、一気に引き離されて前方に消えた。


「....な。」


何が起こったか理解が追いつかぬうちに前方で巨大な土煙が上がり、俺の片頬を後方から突風が掠めた。その時初めて、男が後方からの一撃によって吹き飛んだのだと理解した。


慌てて後ろを振り向くと、先程まで半分意識がなかった魔法少女が、死んだような目をしながら前方に平手を突き出していた。そしてその体からは、あり得ない量のアウラが溢れ出ていた。


「....嘘だろ...?」


俺にすら敵わなかった彼女が、不意打ちとはいえあの男を吹き飛ばした。それも、たった一発のアウラ弾で。

彼女はスッと立ち上がると俺の前に躍り出て、土煙の中から一直線に向かってきたナタ男の一撃を素手で受け止めた。膨大なアウラによる内外の強化が為された彼女の手は、水飛沫のごとく振るわれる凶刃を、尽くなまくら同然に受け止めた。


「なんでぇ!?何で切れないんだよぉおぉお!!!!!すごいなぁあ!!あははははは!!!」


男は、実に楽しそうな顔でナタを振り回していた。だが、彼女の手は切れるどころか、逆にナタの刃を打ち砕いていった。


そして、時間にして5秒ほどのうちに数十発は打ち合ったかと思われた時、ついに男のナタは限界を迎え、刃が砕けて柄が粉々に弾け飛んだ。

それを見た男は飛びすさって間合いをとると、残念そうな顔で長いため息をついた。


「はぁぁぁ。なーんだ、もうダメになっちゃったか。これじゃぁ、もう今日はお肉捌いて遊べないじゃーん。...まあいいや、今日はもういっぱい遊んだから、また今度来るね。バイバァイ。」


そう言って、建物の屋上を伝って逃げていってしまった。


俺は、ぼうっと立っている魔法少女に目を移した。彼女まるで太陽のように、しばらく莫大なアウラを放出し続けていたのだが、突如それをやめたと思うと、体がぐらついてその場に倒れ込んだ。


俺は彼女の体を咄嗟に抱き止めると、声をかけつつ揺さぶった。


「おい、大丈夫か!!聞こえてたら返事をしろ!!おい!!」


だが、彼女は目を瞑ったまま苦しそうにうめいただけで、意識が戻る様子はなかった。

このまま救急車を呼んで病院に運ばせてもいいが、そこにまたあの男が来ないとも限らない。安全性を考えれば、連れて行くべき場所は自然と定まった。


「連れて帰るか。」


俺は彼女を抱き抱えると、最近開発した【飛行術式】を発動し、全速力で家に向かって飛んだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「....ナタを持った狂った男、か。...多分、奴らだな。」


熱を出してベッドの上でうなされている魔法少女を眺めて、多嘉子は言った。

口元を緩く結んで、一点を見つめるその顔は、以前ノーサンたちに呼び出された時以来の緊張をはらんでいた。


「....奴らとは、何なのだ。」


俺が意を決して聞くと、多嘉子は俺に視線を移し、俺の目を覗き込むようにして言った。


「...いよいよ、話さねばならなくなってしまったようだな。ここから先は、ヴィランの中でも上層部しか知らない情報だ。絶対に他言するな。」


「...ああ。」


俺の返事を聞き届けた多嘉子が語ったのは、ヒーローとヴィランの二項対立という仮面に隠された、この世界の真の構造だった。





「平和な生活を求める、力なき民衆。特殊な技能や戦闘力で以って、悪を討つヒーロー。そして、人々の生活を脅かし、平和を乱すヴィラン。大抵の人間はこの三つの勢力のうちのいずれかに属すると言ったな。」


「...ああ。」


「これは決して、嘘ではない。真実を言い切っていないだけだ。...アタシは何故、『全ての人間は』ではなく、『大抵の人間は』という言い回しを使ったと思う?」


「...一般人、ヒーロー、ヴィラン、そのどれにも属さない人間が存在するからか?」


「その通りだ。アタシたちヴィラン上層部は、奴らのことを『第四勢力』と呼んでる。」


「...第四勢力。」


「他人がどうなろうが構わない、世界がどうなろうと知ったことではない。そうやって自分達のしたいことをするため、或いは自分達が正しいと思うことを行うためだけに、その強力な能力を振るう個人や集団、そいつらをまとめて『第四勢力』と呼んでいる。」


確かに、今日出くわした奴も、単純に殺戮を楽しんでいる様子だった。それに、今回死んだエルクも以前、『俺たちの敵』とやらを警戒していた。それが第四勢力のことだったとすれば、ヴィランである彼が魔法少女の警護をしていた理由も説明できる。

多嘉子は、目つきをより厳しくして続けた。


「奴らの最大の特徴は、その狂った思考回路と、異常な戦闘力だ。お前が会った男のような人間は、通常はヒーローやヴィランによって排除される。しかし、ヒーローもヴィランも手に負えないような強力な人間が残存し、第四勢力を形成してしまったのだ。結果として彼らの大半は野放しにされ、一種の天災のような扱いになってしまっている。」


「それはつまり、あの男はノーサンやイスラたちですら手に負えないということか...?」


「いいや、そのレベルの個体なら、強力なヒーローやヴィランなら十分に始末できる。おそらくはどこかのグループの庇護下にある戦闘員だろうな。だが戦闘員を殺せば、そのグループ全員に喧嘩を売ることになる。そうなってくると、彼女たちですら対処は難しくなってくるんだ。」


「あの魔女たちですら対処できないグループが存在する、ということか...。」


「ああ。それも複数存在するらしい。だが彼らの大半は中立的な者たちで構成され、武力で人類を滅ぼそうとするような過激派は彼らの内部抗争で殆ど死んだといわれている。だからこそ世界の秩序は一応保たれているが、彼らの気が変われば、世界など一夜で滅び去るだろうよ。」


「....彼女達ですら手が出せないのだとすれば、当然そうだろうな。」


「だから、世界の命運は彼らの掌の上にあるといっても過言じゃないね。...だが、そんなことを知れば世界中がパニックに陥る。ヒーローも存在意義を失ってしまう。だから我々は、第四勢力の存在を隠してきたんだ。今回の事件とて、おそらくヴィランとヒーローの相討ちとして処理されるだろうよ。」


そう言って多嘉子は一つ息をつくと、ベッドの上で苦しそうに肩で息をしている魔法少女に目をやった。


「...んで、彼女がその男を撃退したんだって?」


「...ああ。いつもの彼女からすればあり得ないくらいの膂力だった。それに目も死んだようになっていて、訳が分からん。」


「...おそらく、暴走だな。」


「暴走?」


「追い詰められた魔法少女に時折見られる現象でな。種類もきっかけも様々だが、大抵は何らかの重大な副作用がある。彼女が熱にうなされているだけで済んでいるのは、それだけ彼女の魔法少女適性が高いからだ。」


「....。」


俺も彼女に視線を向ける。


俺と戦っている時の活き活きした表情は消え失せ、その顔は苦痛に歪んでいる。それを見ていると何故だか、俺まで苦痛に苛まれるように感じた。


夕飯を作りに台所へ行ってしまった多嘉子の代わりに、俺は彼女の額に当てる布を替えたり、汗を拭ってやったりしていた。

彼女の苦しそうな顔を見ていると、何故かそうせずにはいられなかったのだ。








そして、この事件が俺の人生に於いて一二を争う大きなターニングポイントであったということを、俺は後に知ることになるのだった。

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