第14話:不穏な知らせ



(かなりのグロ描写がありますので、苦手な方は注意してください。)






多嘉子の作る味噌汁の香りで目を覚まし、我ながら手際よく身支度を整えて朝食の準備をする。

箸を取りに行くついでに多嘉子がかき混ぜている鍋を覗く。ほほう、今日はシジミか。


この世界に来てから、飯が旨いせいか食べる量が増えた。しかし、修行や戦闘、勉学でエネルギーを消費しているのが効いているのか、脂肪は殆どつかない。いやはや、だらしない体になる憂いもなく腹いっぱい食えるというのは、何とも素晴らしいオマケがつくものだ。よし、今日も魔法少女倒しに行こう。


程よい塩気の熱い味噌汁を啜りながら、食後の運動に付き合わされているとも知らずに全力で向かってくる魔法少女のために、今日も新しい術式を考えるのであった。







多嘉子が何気なくテレビをつけると、朝のニュースが映った。しかし、いつもと違ってアナウンサーの話し口調に明らかな重みがあった。その理由は、画面を見れば言うまでもなかった。


『昨日夕方の通り魔事件で負傷し、意識不明だった数十名の男女が、昨夜全員死亡しました。遺体からは複数の毒物が検出されているとのことで、警察とヒーロー連合は、計画的犯行である可能性を念頭に共同で捜査を進めています。』


無差別殺傷事件、か。結局どこの世の中も変わらないのだな。ユートピアに見えるこの世界でさえ、このような痛ましい事件が起きる。


俺が茶碗を空けて席を立とうとすると、次のニュースが流れてきた。....のだが、その文面に俺は硬直した。


『続いてのニュースです。ヒーロー連合より、群馬県玉村町に出現した魔王に対する討伐隊の編成が完了したと報告がありました。魔法少女プリティー・メロン氏をはじめ、5名の魔法少女とレンジャー戦隊2部隊の計15名で構成され、この規模の討伐隊が出動するのは『破戒の魔女』イスラの出現以来となっています。』


「.....何、だと。」


横を見れば、多嘉子がニヤニヤと黒い笑みを浮かべている。


「おーおー、有名じゃんか、ミランガ。」


「有名なら良いってものではないだろう!大体、破戒の魔女イスラってのはあの時の口の悪い水着女だろう、たぶん序列第二位の!!アイツの時と同じ規模の討伐隊が来るなんて、どう対処すればいいんだ!!」


俺がわめくと多嘉子は、誇らしげに笑って何やら握った手を出した。

...もしや、何か特殊な魔道具を...


「ファイト!ミランガ!」


...と、握った手をそのまま前に突き出してきた。


俺は笑顔を浮かべながら、思い切りスタームで加速したグータッチで応じてやったのだった。







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椅子ごと後方に吹っ飛んだ多嘉子の姿に思い出し笑いしながら、俺はいつものごとく堤防の上の道を歩いていた。

いつまでも逃げ隠れしたくはなかったので、敢えて見つかりやすいようにいつものコースで買い物に行ったのだ。計画としては、遭遇し次第適当にやり合って、頃合いを見計らって逃げる。そうすれば俺がそこまで大物ではないことのアピールにもなるだろう。


だが、その日は歩けど歩けど、俺を討伐しに来る者たちはおろか、いつも俺に喧嘩を売ってくるストロベリーの姿もなかった。






とうとう何事もなくいつものグラウンドを通過してしまった俺は、いよいよ不審に思って周囲を調べ始めた。

顔の周囲の光の屈折を利用して顔を変えて見せる変幻魔術で、周囲の人間に聞き込んだり、アウラや魔力の残滓がないか探ったりした。


...あれ。俺は今、敵を探しているんだよな?俺を倒そうと向かってくる奴を、自ら探しに行ってるんだよな?...何でだ?


自分でも何をやっているのか良く分からなくなってきたその時、街の方からズズンという爆発音と共に白い土煙が上がった。

気がつけば俺は、その方向へ一目散に駆けていた。もしかしたら、という漠然とした予感だけが、俺の体を突き動かしたのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






県内最強と言われた魔法少女、キューティー・ストロベリーは、目の前の光景に戦慄していた。


そこに転がっていたのは、色とりどりのヒラヒラしたコスチュームを揃って真っ赤に染め上げた、『かつて魔法少女だったモノ』。


紫色の衣装の長身の女性は、首を抉られて頸椎がわずかに露出し、丸く綺麗な断面の動脈から、コポコポと音を立てて赤黒い血液が湧き出していた。


オレンジ色のふわふわ衣装の女の子は、お腹を裂かれて飛び出した腸を必死に押し戻そうとした姿勢のまま、動かなくなっていた。


その他の三人に関しては、ズタズタになったコスチュームがなければ、原型がヒトであったなどとは思えないほどに、ぐちゃぐちゃに引き裂かれていた。


震える足でその場から後ずさろうとして、彼女は何かに滑って尻餅をついた。

奇妙な感触に足元を見ると、彼女は自分が何に滑ったのか理解した。

そこには、上半分がなくなった丸っこい塊が転がっており、そこから薄赤色のブニョブニョした塊が転がり出ていた。


....彼女が踏んだのは、自分よりいくらか幼い女の子の脳だった。


流石にこれには耐えられず、彼女はその場で胃の中のものを全て吐き戻した。

そして、かろうじて機能していた彼女の思考回路は、力の入らない彼女の足をひたすらに動かした。



逃げなければ。殺される。誰がやったかはわからない。でも、魔法少女を一気に五人も惨殺するような相手に、勝てるわけがない。

そう思いながらただひたすらに走って逃げ、走って逃げ、彼女が行き着いた先には。







「あああーーー!!!もう一個ぉぉ、見ぃつけたああああああああああ!!!!」





と、両手に持った大きなナタを振り上げて歓喜する、返り血で真っ赤に染まったガリガリの男が立っていた。

周りには、ピチッとした全身タイツに身を包んだ人たちの腕や脚、首なんかが、鶏もものような肉片と一緒に散乱していた。魔法少女たちと一緒に派遣されていたヒーロー戦隊だ。


彼女は、全身が冷たくなっていくのを感じた。

手にも足にも力が入らず、なす術もなくその場にへたり込んだ。


男は、妖怪のように口角を異常に釣り上げて笑みを浮かべると、両手をだらりと垂れ下がらせてクネクネした妙な歩き方で彼女に近寄った。

目を見開いてボサボサの灰色の髪をふり乱す様は、もはや悪魔そのものであった。


「ねぇー、君も僕と遊んでよぉ。あの人たち、ぜーんぜん強くないんだぁ。マスターがさぁ、強い人と戦わせてくれるっていうから我慢してゴミ掃除してたのにさー。やっぱりあれじゃぁつまんなーい。」


「....あ、ああ、あ....。」


もはや、動くことすらかなわなかった。涙に揺れる視界に男の姿を捉えたまま、彼女は自分がひき肉になる瞬間を待った。


すると、突如男が高い位置で高速でナタを振るい、激しい金属音とともに火花が散った。


「邪魔するのー?だったら君もおいでよぉ。一緒に遊ぼうよ!!ねえ、いいでしょー?ねえねえねえねえねえねえ!!!!」


そう言って男が見上げる先にいたのは、ワイシャツに黒いズボンを身につけた少年。


「....ミランガ....!」






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完璧に決まったかに見えた小石での狙撃を易々と弾かれたことに舌打ちをしつつ、俺はゆっくりと降下して彼女の隣に降り立つと、彼女を庇うように前に出た。


「無事だったか、魔法少女。」


「....えっ...?」


「何だ。俺がお前を助けるのが、そんなにおかしいか?」


「...だって、あんたヴィラン....」


「ああそうだよ。....だがな、ヴィランとかヒーローとかの話の前に、俺はこいつが許せない。何の罪もない人の命を遊びで奪う奴を、俺は許したくはない。」


「...ミランガ...。」


俺はナタ男から視線を外さないようにして、彼女に言った。


「立てるか?俺がアイツを足止めするから、お前はその隙に逃げろ。目くらましのバリエーションには自信があるんでな。」


「....でも、あんたは。」


「お前、魔法少女が魔王の心配をするな。いいから逃げろ。俺は俺で何とかする。」


そう言って術式を発動しようとした時、突如周囲に多数の人影が現れ、俺たちを取り囲んだ。


「なっ...!?」


「ははは、俺はワスプマンのエルク!!俺たちのナワバリで暴れるとは良い度胸じゃねえか、このナタ野郎!!」


俺たちのさらに前に降り立ったお化け蜂、エルクは、声高らかに名乗ると、周囲に引き連れていた魔族たちに指示を飛ばした。


「おい、お前ら!俺たちのナワバリで好き勝手したがった阿呆に、思い知らせてやれ!!」


そして、魔族たちの雄叫びが周囲に響く中、俺はエルクがわずかにこちらを向いてコクンと頷いたのを見た。


...逃げろ、という合図か。確か彼は怪人部副統括とか言ってたな。それなら、俺よりは時間稼ぎできるだろう。魔族もあれだけいるのだから、肉壁くらいにはなるはずだ。


何の合図もなく、彼は魔族たちを一斉にけしかけた。魔族たちは、コウモリのような翼を広げておめきながらナタ男に向かっていったが、次の瞬間、『それ』は起こった。


バン、という音がしたと思ったら、エルクの首がズズッと斜めにずれ、そのままぼとりと地面に落ちた。美しいまでの直線を描く断面からは、二、三回青い液体がドパッと噴き出し、胴体は時間にして三秒ほどで、グシャッと音を立てて崩れ落ちた。


...俺は、絶望した。


まさか。あれだけの魔族に囲まれた状況から、どうやって。そう思って男の周りを見ると、魔族のものと思しき体のパーツや肉片が道じゅうに散乱し、文字通り血の海ができあがっていた。

あの一瞬で周囲の魔族を全員細切れにし、あまつさえエルクの首までも切り落とした。その事実が示すことを悟るのは、容易なことだった。



「.... 勝てない...。」



まずい。今あいつが間合いに踏み込んできたら、術式を発動させる暇もなく首が落ちる。ましてや、彼女を逃している暇なんてない。しかもこいつ、同胞ヴィランであるはずのエルクや魔族まで殺しやがったぞ...!?

何がどうなっているのか理解が追いついていなかったが、ただ一つ分かっていたことがあった。


「....俺たち、死んだな...。」


どうやら俺が来たところで、守ることはできなかったらしい。例の核自爆術式も、この距離では彼女も巻き込んでしまう。


そして、男はこちらに視線を移すと、口角を吊り上げて言った。








「.....それじゃあ、いただきまぁす。」

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