Well-dying Robot

asai

Well-dying Robot (SF Prototyping)

「次のニュースです。昨晩、研究者と起業家で知られる田井中遙さんが脳卒中によって亡くなりました。43歳でした。神奈川県厚木市出身。生まれつき足に障害を持ち、孤児施設で育った経験から、人々にとってより良い生活を考え東京大学工学部卒業後に研究者として活躍。ウェルビーイングの研究や、サービス開発企業を興すなど社会実装を通して、人々が過ごしやすく安心できる生活の礎を構築し、2038年には夫の田井中優一さんとともにノーベル平和賞を受賞しました。喪主は共同研究者で夫の優一さんが務めます。」

 優一は力なくテレビを眺めていた。ニュースが終わると、政府が掲げる健康推進対策としてメタバース内でも筋トレができるヴァーチャルジムのCMが流れはじめた。これも優一が遙とともにサービス開発から取り組んだ仕事である。二人は大学の人間工学研究室で出会った。車椅子に座った遙の第一印象はお人好しだった。ボランティアサークルに入り、研究室では後輩の面倒や同僚の、ひいては先輩の相談相手としていつも弱音一つ吐かずに明るく対応した。優一は遙の利他行動について当初疑いの目を向けていた。しかし彼の穿った考えは研究や日常を過ごしていく中で少しずつ変わっていった。


“歩幅を合わせる” 


遙の行動を見て優一が感じとった信念だった。出自に寄るものもあるだろうが、彼女は置いてかれた人に対して寄り添って歩むことが何よりも大事であり、それが自分の役目だと信じていた。彼女の行動理念が偽善ではないことは、彼女の行動と他者の助けになったときの笑顔を身近で見てきた優一には明らかだった。遙の喜びはいつしか優一の喜びにもなり、遙への興味が次第に異性としての魅力に変わっていった。二人は卒業後付き合い、結婚してよりよい生活を目指すウェルビーイングの研究と開発に力をいれた。ワークライフバランスを充実するために分人化して仕事や社会に実装したり、家事と育児の負担を軽減するサポートシステムの構築や、残された時間で子供に最大限投資出来るNFT利用法、40を過ぎてからは自立して生活できるような健康管理。二人はライフステージごとに課題を見つけては解決策を模索し実装にまで移し、それが社会に浸透した結果、一躍大きな注目を浴びた。優一と遙が41歳の時、夫婦でノーベル賞を打診されたが優一は当初拒否した。遥との活動が平和というくくりでまとめられたのが気にくわなかった。その反応をなんとなく予想していた遙は、彼に一生の思い出だからと授賞式出席を促した。優一は遥が言うならと首を縦に振った。授賞式では緊張のせいか、優一は終始仏頂面であったものの遙はその表情が好きで、何度もことあるごとに見返しているようだった。優一は遥からからかわれることに妙な心地よさを感じつつ、2人の豊かな生活はこれからまだまだ続くと思った。

 そんな遙が突然死んだ。あまりにも唐突すぎて遺言すら託されていなかった。二人で推進してきたウェルビーイングとはなんだったのだろうか。遙は満たされた人生をおくれたのだろうか。もっとやってあげられたことはあったのではないだろうか。そして自分は遙の歩幅に合わせられてたのだろうか。解決しない自問自答が続いた。優一は遥との大義を優先して目の前の研究に着手した。それが人々の生活が良くなると信じて出来ることに取り組み、定年まで研究を続け成果を残していった。


 研究者として最終講義が終わり、企業からの誘いや、研究仲間の労い、そしてサービス享受者からの感謝などほうぼうから大量に届いているメールをチェックしていた時だった。メールボックスの中に届くはずのない宛先からのメールを見つけた。遥からだった。スパムやいたずらの可能性も考えたが気づけば開封していた。書き出しに思わず笑みがこぼれた。

「このメールが届く頃には私はこの世にいないと思います・・・。ってこれ一回言ってみたかったの!」

何と暢気な文章だろうか。ただ優一の中でどの感情よりもうれしさがこみ上げてきた。そしてこの文面からなぜか本物の遙からだと確信した。

「突然ごめんね。自分が何が原因で死んだのかわからないけど、私は体が丈夫じゃないから万が一のためにこのメールを準備してました。そして、」

スクロールする。

「このメールはあなたのApple Watchとつながっててあなたがある状態になったら送られるように設定したの。だからあの世からの連絡とかじゃないから怖がらないでね。」

茶目っ気のある文章が優一は懐かしかった。

「このメールを書いてる30歳の私は元気なのだけど、こんな元気なのに遺言というか、、こういう話をするのは恥ずかしくてダメだね。だけど少し思い出話も挟みつつ!伝えたいので記します。」

一文字ずつ、大事に目で追う。


「初めて出会った時、君はすっごい尖ってて私の性格を利己的だとかいって絡んできたの覚えてる?はじめはムッとしたけど確かに、私の行動は回り回って自分の利益になってるのかもしれないって思ったんだ。でも私もその時むきになって、口論というかほとんど口喧嘩状態になったのだけれど、それが面白かったのか周りの人を引き寄せて友達も増えて、私の人生は君という外因でもっと豊かになったの。いつも自分のしたいことばかり考えている私にとって、興味を持って話しかけてくれる君はとっても大きな存在でした。」

続きを早く読みたい気持ちと終わらせたくない葛藤の中、指が動く。


「君との研究や議論はとても楽しかった。君は議論が飛躍したり熱くなったり突っ走っていくけどたまに自分の間違いに気づいても強がってすぐには認めなかったり笑。でも一貫していたのはその研究が誰にとって幸せなのかをずっと考えてるところ。私以上にね。あとは熱い分、寂しがりなとこがよくもあり、とても心配なところです。デートの後の帰り道で寂しいんだろうなって伝わってきたりでね。おそらくあなたは仕事に一生懸命だから猛進して働いている間は気分が紛れて大丈夫かもしれないけれど、晩年の君には君を理解してる誰かが横にいないとダメだと思うの。願望としてはそれが私で、最後までいっしょに過ごせたらいいんだけどね。多分叶わないんじゃないかなと思って、それで利己的な私が伝えたいのはね。」


「君にゆっくりと死んでいってほしい。それだけです。」


優一はギョッとした。

そしてなんの脈絡もない一文でメールは締められた。

「ってことで、この後君に届く子をかわいがってあげてね。Apple Watchは引き続きつけておくようにね!」

久しぶりに感じたこの振り回されるような感覚。何十歳も若返った気持ちになった。

メールを開封してから二時間後、遙が差出人の郵便物が届いた。開けるとレトロな犬型ロボットだった。最近ではデジタル骨董屋でもほとんど見ない型である。

 説明書も特になく、とりあえず腹部の電源ボタンを押した。ロボットは身体の動きを確かめるように手足で空をかいた。優一が床におろしてやると、元気に走り回った。

Apple Watchを見ると何やら心拍、血圧、歩行スピードなどあらゆる生体情報がこのロボットに送られているようだった。


「遙、お前、一体何考えてんだ。」


優一はつぶやいた。家の立体情報をスキャンして走りまわるロボットがやや目障りだったが、遙が残してくれたものだったのでしばらく様子を見ることにし夕飯の支度をしに立ち上がった。

「おい、そこをどいてくれ」

部屋中を走り回るロボットにぶっきらぼうに言った。


それからしばらくロボットと優一の生活が続いた。

「おい、出かけるからな。大人しくしとけよ」

「おい、充電の時間だぞ」

「おい、明日のアラームは6時にセットしてくれ」


ロボットからの応答はApple Watchのディスプレイを通して表示された。

優一は特段そのロボットに名前をつけてなかったが、呼びかける際の「おい」がそのまま名前として認識されたようだったのでそれを採用した。


「オイ、書斎の電気をつけてくれ」

「オイ、次の病院の時間はいつだっけ」

「オイ、ヴァーチャル福祉の最新論文はダウンロードできるかな」

IoTと繋がったオイは家電やネットにアクセスして優一の一人暮らしをサポートした。古い型ながらも十分な機能に優一は快適さを覚え楽しい生活を送った。

 優一が体調を大きく崩したのはオイを迎え入れてから三年経ってからだった。居間で倒れているのをオイが発見し救急にアクセスしてくれた結果、大きな後遺症もなくほどなく退院することができた。しかし調子のいい日は普通に過ごせるものの、悪い日はほとんど寝たきりだった。身体がしんどい時は知り合いが様子を見にきてくれたが、これまで普通にできていた家事や仕事が出来なくなっていることに今までにない消失感と孤独を覚えた。


これまで的確にサポートしてくれたオイの様子も少しばかり変わっていった。点ける照明を間違えたり、あれだけ好きだった充電も必要以上にしなくなった。そのたびに優一が照明を点けなおしたり、充電を施したりとケアした。不思議なことに優一は煩わしさを覚えなかった。優一がしんどい時はオイが面倒を見て、オイの調子が悪い時は、優一が面倒を見る。優一とオイの調子の波は山と谷でちょうど重ならないようになっていたのが不思議だったが、お互いが補完しあえる関係性が心地よかった。優一はそんな生活を楽しみながらも自身の命が短いことも悟っていた。

 2年後、優一は病院で寝たきりになっていた。そのすぐ横にはオイも専用のベッドに横たわる。

「オイ、今日の天気はどうだ?」

優一のか細い声に反応してオイは昨日の天気を音声で提示したが、すぐに気づいたのか今日の天気を知らせた。優一は優しく笑ってオイをなでた。優一の死がもうそこに近づいているのは明らかだったが、さみしくも孤独でもなかった。最後まで歩幅同じく歩んでくれたオイがいるからこその気持ちだった。


優一は遥といつか交わしたやりとりを思い出した。

「尊厳死って知ってる?」

『きみに読む物語』を見てると遥が唐突につぶやいた。

「ん?なんだっけ安楽死的なやつだっけ。」

「そうそう。これからは終末患者だけじゃなくて健常者にも適用すべき考え方じゃないかって気もするんだよね」

「なんで?」

「人ってさ、テクノロジーを使ってどれだけ人生を謳歌しようかっていうところに目がいくじゃん」

「うん、そりゃいい生活を送りたいからね。現に俺らもそれでメシを食ってるし」

「そうなんだけどね、それだけ便利になって豊かな人生をさ、いかに穏やかに終わらせるか、も考えた方がいいんじゃないかな。Well-beingならぬWell-dying的な」

「うーん、それサービスになるかなぁ。具体的にはどうするの?」

「人生の下り坂の人が、元気な上り坂の人の姿を見て孤独にならないように並走してあげる、そんな役割を担うロボットを作るの。一緒に生きて、一緒に衰えてくれるロボット。」

「そんなの夫婦とか家族とかがついてくれるでしょ」

「まぁ。そうだといいけどね。」

遥の寂しそうな笑みが浮かんだ。



あれは自分を考えてくれてたのかと、横にいるオイの頭を撫でた。

優一はオイが自分の体調や健康状態と同期して動きが緩慢になり衰えていっていることに気づいていた。

ロボットはいつも同じパフォーマンスを発揮すべきものである。そう考えていたが今となっては同じスピード、目線で人生の坂を下っていることに幸せを感じている。

そして死んでもなお、夫である自分のより良い生き方を考えてくれた遥に頭が上がらなかった。


「ありがとうな」


優一は誰に語るでもなくつぶやき目を閉じた。

オイの主電源ライトはゆっくりと消えていった。

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