第四話 式年遷宮やりたいよ

桑名で縁あった木下藤吉郎という無職の一団と一緒に伊勢までやって来た。

一人旅は自由で悪くはないが、このご時勢街道の治安には不安がある。

野盗、山賊、追い剥ぎ、蛮族が闊歩する、時はまさに世紀末の様相だ。

そんな折に警護として人を雇うには金がかかるが、こいつ等は「なんとなく」俺について来ると言い一緒に伊勢まで来てくれたのだ。

人数がいればそれだけで面倒事共は避けてくれる、特に偉丈夫な小平太は遠目からでも出来るだけ避けたい風貌を醸していた。

酒を奢っただけなのにありがたい話だ。


そんな小平太は俺のおかげで信長公の霊が枕元に立たなかったと言って喜んでいた。

なんだかかわいい奴過ぎてそれは口から出まかせだったと言い辛い、まぁ世の中知らぬが仏という事もあるだろう。


道中藤さんからは既に故人となった信長公のうつけ話を聞かせてもらう。

藤さんは信長の事になると本当によく口がまわった。

なんでも信長の馬廻り役をやっていて大抵の悪事に関わり、その尻拭いをして回っていたそうだ。

俺より若そうなのになかなかの苦労人。

笑える話からマジで笑えないドン引き話まで嬉々として語ってくれた。

迷惑案件、炎上案件、ポリス案件諸々、本当にツイッターの無い時代で良かったな信長…

藤さんの記憶力の良さもあっていくらでも話が出てきた、コイツほんと信長好きだったのだなと感じる。

そのお蔭で道中退屈する事も悲しむ暇もなかった。


◇ ◇ ◇


伊勢の街は戦火の跡もあり少し寂れた感じがした。

天下に名高い伊勢神宮、もっと賑わっているかと思っていたのに、これも戦国の世だからなのか、世知辛いものだ。


「さて、俺のお伊勢様に参るが、藤さんらはどうする?」


一応藤さんの今後の方針を聞いておく。


「そうじゃな、ワシらは精進落としに花街に繰り出すかな!」


ウッキウキで応える藤さん、最初からそれが目的だったのか。

熱田にも色町はあった、心清く大神に詣でた後に色町で楽しむという流れで神社の側に色町が並ぶ事は多い。だが…


「…それは参拝後にするもんじゃないか?」


「細かい事はええやろ!!」


まるで遠足に来た小学生のように駆け出す藤さん、連中の後ろ姿へ声を掛ける。


「ありがとな藤さん!」


別れ際此処までの礼を言う。


「たまたまおんしと行き先が同じで好きで来ただけじゃ!またの!!」


と笑って応えてくれた、気のいい奴らだった。

短い時間ではあったがまた縁があると良いなと思った。


◇ ◇ ◇


伊勢の外宮に参拝する。

参拝者の少ない宮内、だがその分神域の空気は澄み切っていた。

やはりこの神々しさは流石天下のお伊勢様だ。

だが御正宮は…控え目にいって少々…いや大分…荒れ果てていた。

宮司を務めていた身としてはこの御正宮の様子と参拝客の少なさから神宮の懐事情が気に掛かったが、それでもつつがなく参拝を済ますとそれを見ていた伊勢の宮司と思しき男に呼び止められた。


「これは熱田の大宮司殿ではござりませぬか?」


…なんだコイツ俺の事知ってるのか?

だが俺も季忠の記憶からこの男に面識があった事を思い出す。


久志本常興きしもとつねおき


信長との繋がりで何度か席を同じにした事があった、伊勢神宮の宮司で同じ神職だったのでなんとなく記憶に残っていた。

再会を喜ぶほどの仲ではなかったが、信長が死んでしまった今では無性に懐かしい気持ちにもなった。

常興つねおきさんに誘われ、茶の席でお互いの苦労譚を語り合った。


「やはりお気付きになりましたか」


常興つねおきさんはそう言うと言い難いであろう伊勢の窮状を話してくれた。


「神宮の御正宮は二十年毎に建て替えを行っておる…ということになっております」


常興さんが溜息を漏らす。


「恥ずかしながらここ外宮は最後に行ってから既に百二十年、予算の目処が立たず遷宮ができずにおります」


「百二十年…ですか」


思った以上に懐事情は厳しいようで、式年遷宮の費用が捻出できない事を悩んでいるようだった。

だがむしろそれは既に途絶えているといっても過言ではないのでは…?


「老朽化も激しく度々補修はしておるのですが、大風が当たるといつ崩れてもおかしくないといった有様です」


思った以上に深刻だった。


「信長公は神宮の窮状にご同情下さり将来資金を捻出したいと言って下さりましたが…そのお話も信長公亡き今となっては…」


常興つねおきさんは一層大きな溜息をつく。

自嘲した笑みを浮かべる常興つねおきさん、百二十年というとこの窮状はもう生まれる前からずっとなのだ。

だから常興つねおきさん年のわりに老けて見えるのか…?


「寄進も思うように進まず、このままでは式年遷宮自体が途絶えてしまいます」


常興つねおきさんは頭を抱え嘆く。

正直な感想として……まだ途絶えてないつもりだったんだ?

だが同じ神職に携わる者として同情する、しかし俺も身一つで家を出た故、先立つものが無い。


「宝くじでも当たりませんかなー」


ふと口に出す。

年末ジャンボなら前後賞合わせて三億円だ、遷宮の一助になるやもしれん。


「たからくじ?…ですか?」


…?この時代年末ジャンボは無いのか?

…まぁ冷静に考えて無いだろうな。

無いなら作るか、それで一枚しか発行しなかったら俺が三億円当てられるし。

ああ、でも前後賞込みだから三枚買わないと…と考えた所で真顔になる。


「宝くじの…胴元になる…?」


これは清くもなく正しく糞を垂れた人生を送った俺に神が与えたチャンスなのでは!?

そう思った俺は常興つねおきさんに宝くじを語る。


「式年遷宮の寄進を一口百文で募り、その受領書に寄進した年(永禄三年)四桁のくじの番号そして神宮の割り印を施して渡し…」


常興つねおきさんは突如として早口で語る俺に驚いているようだ。


「それを以て正月、松の内明けに抽選会を行います」


「抽選会…ですか?」


ピンときていないようだ。


「大当たりには……米三俵」


「米三俵とは…また随分と大盤振舞いですな」


「運が良ければ百文が米三俵に化けるという仕組みです」


にやりと俺は口角を上げたが常興つねおきさんは眉を顰めた。


「ですがそれですと外れた者は不公平に思うのでは?」


常興つねおきさん真面目そうだし賭け事に対する忌避感があるのかもしれない。


「あくまでこれは寄進!その寄進の御礼に提供する他愛ない娯楽を提供するのです」


ふむ…と唸る常興さんだがまだ納得はしていないようだ。


「ただ寄進を求めるだけでなく寄進に娯楽という付加価値を付け、町でその娯楽と伊勢神宮、そして式年遷宮の復活を話題にし易くする事で関心を集め、式年遷宮復活の一助になるでしょう」


賭け事の話から神事に話を戻す。


「なるほど…しかしそのような催しをどう伝えるべきか…」


情報をバズらせるのは案外難しい…だが


「それにも、少し考えがあります」


俺は信仰心の欠片も無いくせにいっちょ前に精進落しに行った藤さんの顔を思い浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る