第3話 ハチ公、目をつけられる

「森本さん、ちょ~っといいかな?」


「……何?」


 不意に別の方向からこだまを呼ぶ声が響き、彼女と狛哉の視線がその声の主へと向けられる。

 こだまの席のすぐ隣に立つ男子生徒は、椅子に座る彼女を真正面に捉えた状態で自己紹介もそこそこに話を始めた。


「今日、この後HRをやったら解散でしょ? クラスの何人かで集まって遊びに行かないかって話をしてるんだけど、よければ森本さんもどうかな?」


「……ふ~ん、そうなんだ」


 先程までの楽しそうな笑顔を引っ込め、不愛想な態度で男子生徒に対応するこだま。

 今朝、初めて顔を合わせた時の彼女の様子を思い出す狛哉であったが、彼女がここまで不機嫌になっている理由もわかっていた。


「どう? クラスの親睦も深めるってことで、遊びに行こうよ!」


 軽い雰囲気で話しかけてくる金髪の男子は、それを見る相手に好感を抱かせるような明るい笑みを浮かべているが……その視線が、ちょくちょくこだまの胸に吸い寄せられていることが狛哉からも見て取れている。

 上方向から彼女の顔を見ているようで、結構な頻度でブレザーの胸部分を押し上げている大きな膨らみへと不躾な眼差しを向けている彼は、それがこだまにバレていないと思っているのだろうか?


 わかりやす過ぎるというか、良くも悪くも裏表がないというか、欲望を隠そうともしていないその男子の反応がこだまの機嫌を損ねていることは明らかだ。

 まさかとは思うが、胸の方にばかり集中しているせいでその機嫌の変化にすら気付いていないのではないだろうなと不安になってきた狛哉の前で、こだまが淡々と男子に対して質問を投げかける。


「何人かで遊ぶって、具体的にどれだけの人が来るの? 男女比はどんな感じ?」


「う~ん、今んところは十人くらいかな~? 別クラスの俺の友達も含めると、男子七の女子三って感じ? あっ、森本さんは含まずにね!」


「……どこに行くの? 女子はスカート履いてるし、あんまドタバタ動くような遊びはできないでしょ? ファミレスで駄弁るとか?」


「いや、どうせならカラオケにでも行って、大騒ぎしようよ! 時間はたっぷりあるし、楽しそうじゃない!?」


 具体的な内容を聞いてきたことから、こだまが自分たちとの遊びに乗り気になってくれていると勘違いした男子がここが正念場とばかりに強く彼女を勧誘する。

 そんな彼の様子に逆に冷めた雰囲気の表情を浮かべたこだまは……ちらりと横目で狛哉の方を見た後、これまで自分に見せていた不機嫌な表情が嘘であるかのような無邪気な笑みを浮かべながらその男子へと言った。


「ごめんね~! 誘ってもらえたのは嬉しいんだけどさ、今日は先約があるから遊びに行くのは無理かな~!」


「えっ!? そ、そうなんだ。あの、もしもその先約っていうのが他の女の子と遊ぶことならさ、その子も加えて俺たちのところに来ない? 森本さんが協力してくれると、男女比がとんとんになっていい感じなんだけどな~……」


「ああ、ごめん! 遊ぶ相手、女の子じゃないんだ!」


 もうこの時点で、狛哉は嫌な予感がしていた。

 できる限り朗らかに、相手に悪印象を与えないようにしながら誘いを丁重に断っているこだまが、その直前に自分に向けた意味深な視線の理由をなんとなく察してしまった彼が自分の席で硬直する中、唐突に伸びてきた彼女の腕に肩を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。

 体を傾け、二人の話し合いに強引に割って入らされる形になった狛哉は、自分を指差すこだまの底抜けに明るい声を耳にした。


「今日、あたし、こいつとデートするから!」


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