第11話 悶々とした日



 見習い学校はアルスの街の北区、西区の工房地区に程近い所にある。元々は衛兵達の訓練場だったのだが、領主宅を改築する際に元の敷地では手狭になったことで場所を移す運びとなり、訓練場も現在の領主宅の近くに作り直したそうだ。そういった理由で旧訓練場はプレイヤーが現れるまで放置されていたらしいが、現在は旅人達及び冒険者を目指す住民達の養成学校として大活躍している。


「フラウ教官、ホーンラビットの討伐完了しました」


 俺は修了課題の監督役をしている白桜騎士団から派遣された騎士、フラウさんに声を掛ける。


「そうか随分と早かったな。では討伐証明としてホーンラビットの素材を提出しろ」


現在時刻は午後3時、20分程でホーンラビットを討伐したのだがどうやら早かったようだ。俺はインベントリからホーンラビットの角と肉を取り出しフラウさんの前に置く。


「こちらが素材になります」


「うむ、確かに」


 フラウ教官は鑑定スキルで確認すると素材を受け取り、角と肉を分けて袋に入れる。ホーンラビットの角はすり潰すことで薬の材料になるし、肉は干し肉にでもして騎士団の非常食にでもするのだろう。初の討伐成果が手元に残らないのは寂しいが、また狩れば良い。


「ではこれを」


 見習い学校を卒業した証明書である冒険者証を受け取る。旅人は身分が不明瞭なため一先ずの身分証代わりになるのがこの冒険者証だ。だが店を構えたい場合などは別途、商業ギルドで新たな身分証を発行してもらう必要がある。まあ何にせよ晴れて無職から冒険者【拳闘士】にクラスチェンジできたわけだ。


「ありがとうございました!」


 短い時間だがフラウさんには俺のジョブ選択やスキル選択、講義の案内などお世話になった。


「団長から君のことを頼まれたからな、気にするな。それより今後も団長の期待を裏切ることのないよう精進しろ」


「はい!」




 見習い学校を後にした俺は商業地区に向かう。


 一先ず武器としてグローブとグリーヴブーツは欲しい。手足を武器とする拳闘士としては肘、膝も立派な武器なので肘当てと膝当ても欲しいが所持金の都合上後回しにせざるを得ない。服は…初期装備で格好が付かないから今日中にドロップ素材を売って何とかする。


 商業地区に向かう道すがら所持金を確認する。銀貨3枚、銅貨9枚…これが現在の全財産だ。心配なのは果たしてこれで装備が買えるのかどうかだ。


「最悪グローブだけでも買わないとなぁ…」


 素手で戦えない事もないがたかがグローブといえどもあるとなしでは心持ちに大きな差が出る。


 ぶっちゃけ素手で殴ると手が痛い。痛覚レベルが低く設定されている《WWO》だが、痛みを全く感じないわけではないのだ。


 「さて、どの店に行けば良いのかわからん」


 とりあえず武具店を回って格安武器を探す。しかし新品となると1番安い物でも銀貨5枚からで手持ちが足りない。俺は仕方なく中古品を扱っている業者を探すことにした。


「ここ、か…?」


 疑問系なのには理由がある。武器屋のおっさんに場所を聞いて来たものの、辿り着いた店は商いをやっているようには見えないのだ。一応看板らしきものが掛かっているが文字が掠れており読むことができない。開店しているのかも怪しいがとりあえず入店してみる。


「掘り出し物に期待だな!うん!」


 ギィという音を立てて扉を開ける。


「御免くださーい…」


 店の中はまだ日が出ているにもかかわらず暗く、人の姿も見えない。商品らしき物の匂いはしないのだが、代わりに俺の鼻が確かに人の匂いを感じ取った。


「えっと…武器を買いに来たんですが。そこにいるのは店主さんですか?」


「……」


 反応はないが寝ているわけでもない。ただただこちらを窺っている。俺が気付いたことに対する微かな驚きの匂いがした。


「商品が見当たらないのですが、こちらは中古武具を取り扱っているお店で間違いありませんか?」


 【嗅覚増強】で匂いに集中すれば姿が見えなくとも相手の輪郭すら掴める。どうやら姿は年老いた女性のようだが何故か若い女性の匂いがする。


「えぇ…確かに武具は御座いますよ旅のお方。姿をお見せしなかったのは謝罪致します」


 老婆が嗄れた声でそう口にした途端室内に一斉に灯りが灯る。姿を現した人物は皺の深い顔、長く伸びた白髪、曲がった腰、裾の長いローブを着た老婆だった。


「っ!魔法、ではないですね。詠唱がなかった。ということはもしやあなたは…」


「えぇ…わたくしは魔女ですわ。今のは魔術で御座います」


 魔術は魔法と比べて威力と規模に優れるが、扱いが難しく、長い年月を掛けて修練する必要がある。魔術を扱う者を魔術師、その中でも女性の場合は魔女と呼ばれ住民達には恐れられている。魔術師が恐れられる最たる理由は強力な魔術故ではなく、寿命を引き延ばしているからだ。


「驚きました…しかし良かったのですか?私に…その、明かしてしまって」


「かまいません。貴方様がわたくしの正体を触れ回るようでしたらここを引き払うだけのことで御座います」


「そんな危ないことはしませんよ。姿を偽れる貴方を敵に回したら怖くて夜も眠れません」


 外見と匂いの不一致、その違和感は最初から感じていたが老婆が魔女と名乗ったことで確信に至った。


「…まさかあんたみたいなヒヨッコに気付かれるなんてね…」


 そう言うとみるみる姿を変えていく魔女。まるで人の一生を逆再生するように皺だらけだった顔は瑞々しいハリを取り戻し、長い白髪は色鮮やかな紅色に、曲がっていた腰もスッと伸び、出るところが出たナイスバディに大変身した。


「す、凄いですね…痛くないんですか?」


「あたしが何年魔女やってると思ってんだい。この程度で痛みなぞ感じるかっての」

 

 ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らす美魔女。彼女は俺に変身を見破られたことがお気に召さないらしい。


「なんで分かったんだい?」


 魔女はカウンターに寄り掛かりキセルを蒸しながら尋ねる。


「匂いですよ。貴方からは若い女性の匂いがしていましたから」


「ふぅ〜…なるほどねぇ…そいつがアンタの能力かい」

 

 流石は魔女さん。普通の女性なら匂いとか言われたらドン引きしていただろうが冷静に分析している。


「まぁ、そんなところです」


 俺は曖昧な答えを返すが彼女はそれ程気にした様子はない。相変わらず不機嫌そうに鼻を鳴らしてはいたが。


「まあいいさ。アンタ名前は?」


「マコトです」


「マコト、ね。あたしはリーゼロッテ=ヴァレンタイン、リーゼと呼びな」


 カッケェ名前だなおい。


「わかりましたリーゼさん。よろしくお願いします」


「ふんっ、武器を探しに来たんだろ?どんなのが欲しいんだい」


「グローブとグリーヴブーツです。肘当てと膝当ても欲しいですがお金が少ないので…」


 リーゼはふぅと煙を吐くと「ちょっと待ってな」と言い残してカウンターの奥に消える。


 数分後リーゼは黒塗りのグローブとグリーヴブーツを手に戻ってきた。


「マコト、アンタいくら持ってんだい?」


「銀貨3枚と銅貨9枚です…」


 俺が恥ずかしそうにそう言うとリーゼは大きく溜め息を吐く。


「ほとんど文無しじゃないか…ツケってことにしといてやるから全額出しな」


 魔女にツケとか怖いんだが?


「因みにそれっておいくらするんですか?」


「おまけして金貨10枚ってところだね」


「金貨10枚!?良いんですかそんな貴重な品をツケで渡してしまって!?」


 金貨1枚が銀貨100枚と言えばリーゼの申し出の破天荒さが分かるだろう。ツケと言ってもこちとらプレイヤーだ、回収し損ねる可能性は無くはない。引退とかな。


「アンタ自分で言ってたじゃないか、魔女を敵に回すことはしないんだろ?なら問題ないね」

 

「まあそうですけど…何か企んでませんか?」


 さっきから思惑ありまっせ的な匂いがぷんぷんだ。


「当然じゃないか。アンタ鼻が効くんだろ?その鼻で呪われたアイテムを回収してここに持ってきて欲しいのさ」


 呪われたアイテムに特徴的な匂いなんてあるのか?


「呪いの匂いってのがどんなものなのか分からないと難しいですよ?」


「ここには解呪済みの物もまだの物もたんまりあるから安心しな。触れるだけで呪われるような物も偶にあるがこのグローブをしてれば心配ない」


 なるほど、それ込みでこのグローブを出してきたわけか。というかこれイベントフラグじゃないか?


「分かりました、お引き受けしますよ」


【ユニーククエスト[魔女と呪物:リーゼロッテ=ヴァレンタイン]を受注しました】

クエストを開始しますか? 

 →はい いいえ


 うお、やっぱりユニーククエストだったか。もちろんYESだ。


「そうかい、そりゃ良かった」


「ただ何故今日会ったばかりの俺にそこまでして依頼するのかお聞きしても?」


 俺が尋ねるとリーゼは再びキセルを持ち上げ不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「アンタ、店に入った時からあたしの存在に気付いていたろ?」


「?暗かったですけど人の匂いがしてましたからね」


「…それが異常なんだよ。姿隠しの魔術だけじゃなくここには人避けの香が焚かれてる。大抵の人間は扉開けて中を覗いたら回れ右さ」


 お香の香りなんて感じなかったぞ?俺の鼻が感じ取れないってことは無臭…?完全な無臭の香なんてあるのか?


 俺が思案げな顔をしているとその姿を見てリーゼは溜め息を吐く。


「その様子じゃ香の匂いには気付いてなかった…いや、そもそも香を嗅いでいないってところかねぇ…」


「嗅いでいない?」


「人避けの香は匂いを嗅ぐことで精神に働き掛けるんだよ、アンタの鼻は自身に有害なもんを勝手に遮断するみたいだねぇ」


 なんと嗅覚さんに隠された機能があったとは!毒やなんかも鼻で息している分には影響ないということではないか!素晴らしいぞ俺のお鼻!


「おまけにあたしの変身の魔術を見破ったときてる。魔術の魔の字も知らない素人なのに、だ」


 どうやら彼女のプライドを傷つけてしまったらしい。得意魔術なのだろうか。


「それについては俺の鼻は異性に対して特に鼻が効くようで…というか一応お店なのに人避けするの変じゃないです?」


「あぁそんなことかい…ここは確かに「元」中古屋さね」


「元、ということは今は違うと?」


 俺がそう言うとリーゼはフッと笑う。


「あたしの仕事は解呪が専門でねぇ、呪われた装備の解呪を教会から依頼されてんのさ。この建物は元が店だからか倉庫が充実しててね、それで買ったってだけさ。本来売り買いはしてないよ」


「えぇ…武器屋のおっさんに聞いて来たのにそもそもお店じゃないとか…本当の中古屋は何処へ…」


 武器屋のおっさんのせいで多額のツケが出来てしまった。武器屋のおっさんのおかげでユニークキャラと知り合い、装備を手に入れた。ユニーククエストも。


 そう考えると悪くないな!うん!むしろ武器屋のおっさんグッジョブ!人間ポジティブが1番!金貨10枚なんてちょちょいよ!多分。


 俺が武器屋のおっさんに対する脳内裁判に判決を下していると、リーゼがキセルでコンコンとカウンターを叩く。


「アンタに渡すのはあたしが自分で見つけた品さ。教会からの依頼品じゃないし解呪もしてあるから安心しな」


 教会に睨まれるのはお互いに好ましくないだろうからその点は心配していなかったのだが、俺が考え込んでいたから気を利かせてくれたようだ。


「話が逸れたね。なんで今日会ったばかりのアンタにって話だけど、要するにアンタに興味が湧いたのさ」


 リーゼが舌舐めずりをすると、その髪色と同じく紅い瞳に艶っぽい光が灯る。


「リーゼのような美女に興味を持っていただけるとは光栄だ」


「そうかぃ?ならツケの分はアンタの身体で払ってもらおうか…?」


 そう言ってローブを指先で持ち上げ、裾口から艶めかしい生脚を見せつけてくる。思わず視線が吸い込まれる。俺の反応に気を良くしたのか、リーゼはカウンターに腰掛けると膝を曲げた状態の両脚を持ち上げ、隠された秘部を--------------


「リーゼ、そのへんで勘弁してくれ」


 もう少しで見えそうというところで待ったをかけた。ちょっと惜しい気もするが。


「チッ、ヘタレだね!」


「そんな気ないのによく言うよ、まったく。多感な年頃の男子を揶揄うな…分かってても流されそうになっちゃうだろ」


 リーゼからはエキサイトした時のミラのような甘ったるい匂いが少しもしなかった。その代わりに知的好奇心を感じさせるような匂いがしていたのだ。まるで実験するときのような。


「別にまんざらでもなさそうだったじゃないか。あたしはアンタの能力の秘密を知り、アンタはあたしで気持ち良くなれる。何が問題なんだい」


「…き、気持ちよくって!そ、そういうのはまだ早い!具体的には後一年は!とても残念だけれども!」


 18歳未満のプレイヤーはパンツを脱げない。とても残念だがシステム上不可なのだ。


「なるほどねぇ…アンタ、女の味を知らないね?」


 リーゼが可愛らしいものでも見るような目でこちらを見てくる。


 悪いかこんにゃろう!こちとら中学時代、男の娘相手にアレな妄想で夜な夜なハッスルしてたんだぞ!真実を知ったら女性不信にもなるわ!


「確かに知らん!もういいだろ…悲しくなってくる」


 俺が不機嫌そうに言うとリーゼもやり過ぎたと思ったのかバツの悪そうな顔をする。


「悪かったよ許しておくれ。ほらこのグローブとブーツはアンタの物だ、持ってきな」


 リーゼは慌ててカウンターから降りるとグローブとブーツを差し出してくる。俺はそれを乱暴に受け取るとインベントリに仕舞い込んだ。


「…助かるよ、呪われたアイテムを見つけたら持ってくる。それじゃあまたな」


 苛立っていたこともあり、すぐに店を出ようとした。だが踵を返しそのまま店から出ようとする俺の首に後ろから抱きつくような姿勢でリーゼの腕が回される。背中の柔らかな感触が非常に毒だ。


「そんなに邪険にしないでおくれ」


「み、耳元で囁かくな……!俺もムキになって悪かったから!ちゃんとまた来るから!」


 耳元で囁かれると背筋がゾクゾクとするのでやめていただきたい!先程と違ってリーゼからはミラ程ではないが甘い匂いがしている。なに?DT狩りがご趣味なのですか?


「ならお楽しみはその時に取っておこうかねぇ。あたしを抱きたくなったらいつでも来ていいからね?」


 そう言って俺から離れるリーゼ。俺はというと悶々とした気持ちが胸の中を渦巻いており、リーゼの方を向けない。


「抱くうんぬんは別として…呪われたアイテムは持ってくる」


 何とか絞り出せたのはそんな言葉だった。俺は今度こそ店を出た。その瞬間、システムアナウンスが脳内に鳴り響いた。


【称号 解き明かす者】

【称号 魔女の使い】

【称号 D.T.】

を獲得しました。


【ユニーククエスト[魔女との逢瀬:リーゼロッテ=ヴァレンタイン]を受注しました】

クエストを開始しますか? 

 →はい いいえ


 ワッツ!?これ恋愛イベントじゃないか!フラグいつ立ったんだよ!やっぱりリーゼはDTを狩る者なのか!?そうなのか!?あとなんだD.T.って!大昔の名作映画E.T.みたいに言うんじゃねぇよ!





 …YESで。だってねぇ?まさしく美魔女ですよ?姿を変えられるんですよ?夢が広がりますよね?そういうことですよ。所詮高校男子は性欲に忠実なお猿なんですよ。ウッキー!


 俺が脳内言い訳タイムをしている背後でリーゼが手を振っているのが匂いで分かった。俺は振り返り手を振り返すとその場を後にした。




 爽やかに別れた筈だった。次に来るのは随分先だろうと思っていた。それが数分後また戻ってくることになるとは。呪われたアイテムの匂いを嗅ぐのを忘れたせいで。俺は「なんだいやっぱり我慢できなくなったのかい?」とリーゼに身を寄せられ、再び悶々とした気持ちを抱えたまま店を出るハメになった。



 そうして俺は宿への帰路に着いた。まだ狩りに出ようと思えば出られる時間だったのだが、狩りに出る前に現実ですることができたからだ。紳士諸君なら分かるだろ?そういうことだ。





 大変捗ったということだけは伝えておこう。



 

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