第10話 初めての手触り




 草木の匂いに混じる獣臭、気配を絶ち獲物が油断し近づくのをジッと待つ。


 ガサッ


 ここだ!


 俺が隠れていた草むらから飛び出すとその物音に反応し、慌てて逃げようとする獲物。俺は獲物の発する匂いから素早く行手を塞ぎ、驚愕する獲物をむんずと掴み上げる。そして一息に首を絞め苦しめる事なく殺める。


「よし!ホーンラビット討伐クリア!」


 ホーンラビットの素材である角と肉をインベントリにしまう。初めての経験値が入るが魔物とはいえ兎一匹ではレベルは上がらない。残念だ。


 俺が今何をしているのかといえば、見習い学校の修了課題に挑戦していた。ホーンラビットの討伐がそれだ。騎士団での取り調べの後、多少色々とあったが俺は無事、見習い学校に入校できた。安心して欲しい、俺のインベントリの中にはほっかほかな4足の靴下?がちゃんと入っている。




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「団長達には靴下をいただければと」


 俺の言葉にポカンとするフロル団長。


「もちろん理由は「靴下だな!良いぞ!ほい!」


 ベティは俺がわけを説明する前に靴下を脱ぎ出し、ニコニコしながら差し出してくる。ベティの靴下は無地の白いクルーソックス。流石ベティだ話が早い、でも変な人にほいほい着いて行きそうで心配になる。


「あ、ありがとうベティ。とても助かるよ」


 俺がお礼を言い靴下を受け取ると、気にすんなと笑顔を見せるベティ。惚れても良いですか?


 俺がベティに心掴まれそうになっているとフロル団長がおずおずと聞いてくる。


「そ、その…理由を聞いても良いか?君のことだから本当に靴下が必要なのだろうが…」


 俺はベティの靴下をインベントリにしまいフロル団長に向き直る。


「はい、もちろんです。カイラさん、わたしの言葉に嘘偽りがないか確認してください」


 カイラさんには是非とも真偽判別してもらいたい。靴下を欲するのにやましいところがないのを証明できるからだ。


 俺がカイラさんにそう提案すると、カイラさんは俺をジロリと睨む。


「言われるまでもなくそのつもりですが?」


「そ、そうですか。よろしくお願いします」


 あはは、と愛想笑いを浮かべる俺を見てカイラさんはさらにその眼光を鋭くする。まじでおっかない。俺がカイラさんの鋭すぎる眼光に晒されてる間、シェリーさんがベティに注意していた。


「だめよベティ〜マコトがベティの靴下で変な事したらどうするの〜?」


「変な事ってなんだー?」


「例えば匂いを嗅いだり〜?」


「そんなの別に良いぞー?」


「違うのよ〜匂いを嗅いで興奮されたら嫌じゃないの〜…ナニされるかもしれないし〜」


「マコト興奮するのか!面白いなー!…ところでナニされるってなんだー?」


「も、もういいわ〜」


 シェリーさん…あなたは頑張ったよ、ベティが鉄壁すぎるんだ。心の中でシェリーさんに敬礼する。


 俺はコホンと咳払いをし注目を集めると靴下が欲しいと言った理由を語り始める。


「わたしが他ならぬ皆さんの靴下を欲する理由、それは俺の能力に関係しています」


「君の能力とは?」


「わたしの能力は《嗅覚》です。先程わたしにも相手の言葉の真偽を確かめる術があると言いましたが、その術がこれです」


 カイラさんは特に何も言うことなくジトっとした視線を向けてくる。それを見たフロル団長とシェリーは続きを促す様に頷く。ベティは「そうなのかー!すごいな!」と言ってくんくんと自分の匂いを嗅いでいる。かわいい。


「俺の保有するスキルの中に【嗅覚増強】というものがあります。このスキルは嗅覚を鋭敏にし、匂いを嗅いだ対象の強さに応じて俺の力を高めてくれます」


「なるほど、それが私たちの靴下を求める理由か…」


「はい」


 フロル団長は納得してくれたようだがここで今まで黙っていたカイラさんから声が上がる。


「1つよろしいでしょうか?今の説明では私達である必要も、靴下である必要も感じられませんが」


 この指摘は確かにごもっともだ。


「…【嗅覚増強】がその真価を発揮する対象は臭気、それも異性の臭気です。加えて、誰でも良いというわけではありません」


 俺はそこで言葉を切る。その先を口にするのが躊躇われたからだ。ぶっちゃけ恥ずかしい。


「わ、わたしが異性として魅力的だと感じた異性の臭気、なんです…」


 俺が言い切るとシンっと静まり返ってしまう。カイラさんは俺の言葉に偽りがないことが分かり何とも言えない表情を浮かべ、フロル団長はほんのり頬を染めて俯き、シェリーはニコニコしながらジト目を向けてくる。


 そりゃそんな反応にもなるわ。俺自身顔が真っ赤だ。


 そんな微妙な空気を吹き飛ばしたのはベティだった。


「アタシは魅力的だったのかー!?」


その言葉でみな吹き出した。

 



 ベティのおかげで空気は和んだがカイラさんの視線は相変わらず厳しい。


「では靴下と言った理由はなんですか?」


「靴下と言った理由は、その…下着を求めるわけにはいかなかったから、ですね」


「それは…そうですね」


 どうやらカイラさんも説明自体には納得してくれたようだ。


「変な事に使わないって約束できるの〜?」


 さて、最後はシェリーさんか。どうやら彼女が気にしているのは俺が彼女達の靴下でナニすることらしい。


「はい、あくまで戦闘時に切り札として使うとお約束します」


「ふ〜ん…その約束破ったら〜…チョン切るからね〜」


 思わず大事なところを押さえてしまう。実はシェリーさんが1番あぶねぇのかもしれない。


「決して破らないと誓います。はい」


「それなら〜良いよ〜」


 そう言うとシェリーは靴下を脱ぎ、差し出してくれた。シェリーの靴下は黒のハイソックスだった。手渡されたそれをインベントリにしまう。


「大切にしてね〜」


「ありがとうございます。大切にします」


 シェリーはひらひらと手を振って元いた扉の前に戻った。


「マコト、これを」


 声を掛けられた方を向くとそっぽを向いたフロル団長がこちらに手を差し出していた。差し出された手には、はき口にフリルがあしらわれた白地のオーバーニーソックスが。


「よろしいんですか?」


「良いから早く受け取れ!」


「は、はい!ありがとうございます!」


 相変わらずそっぽを向いたままのフロル団長に慌ててお礼を言って受け取り、そのままインベントリにしまう。少しの間無言のフロル団長だったが、一度溜め息を吐くと背後に声を掛ける。


「カイラ、もう良いか?」


「?」


 そういえばカイラさんの姿が見当たらない。この部屋から出たわけでないとしたら姿が見えないのは異常だ。そしてこの場にカイラさんの匂いすらしないことに今さら気付いた。


「はい、ありがとうございました団長」


「おわっ!びっくりした!」


 突然団長の背後にカイラさんが現れた。今の今まで姿どころか匂いまでしなかったのにだ。


「ふふっ、どうやらカイラの認識阻害スキルとわたしの持つ結界スキルの合わせ技は君の鼻にも有効らしい」


「ま、全く気が付きませんでした」


「それはなによりだ。もし気付いていたら君はカイラに殺されていたかもな」


 フロル団長はそう言ってチラッとカイラさんを見る。


「ええ、少なくとも記憶を消しますね」


 い、一体何事!?めっちゃ怖いんですけど!とりあえず気付かなかった俺、グッジョブ!


 俺が何に気付かなかったのか、その答えはカイラさんの手に握られていた。


「ベティやシェリーだけでなく団長もあなたに渡して、私だけが渡さないというわけにもいきませんから」


 そう言って差し出されたのは


「こ、これは…パンスト?」


 それはまさしくパンティーストッキング、略してパンストと呼ばれる一品。パンストマニアなる紳士がいる程のブツだ。そりゃ認識阻害に結界まで使うわけだ。脱いでるところを見せるわけにはいかないだろうしな。


「なにか問題がありますか?」


「いえまったく!」


 俺はありがたくカイラさん印の黒のパンストを受け取る。パンスト特有の手触りを感じつつインベントリにしまう。人生で初めてパンストを手にするのがゲームの中でとは。


「カイラさん、ありがとうございます」


「感謝なら団長にお願いします」


 カイラさんはそっけなく言うと先程までと同じようにフロル団長の背後に移動する。


「さて、なんだか疲れたな」


「すみません…」


「いや気にしないでくれ。協力すると言ったのはわたしだからな。内容は少々予想外だったが」


「ご、ご迷惑をお掛けしました。お返しというわけではないですが、妖精姫の件以外でもわたしに協力できることがあれば言ってください」


「ああ、その時はよろしく頼む。三本締め?とやらの検証にも協力してもらうからな」


 チッ、まだ覚えてたか


「あはは、その件はまた後日ということで」


 今から検証を始めたら、まだ昼前とはいえ終わるのがいつになるかわからない。


「そうするとしよう。君はこの後見習い学校に行くのだろう?」


「はい、急いで強くならないといけませんから」


「そうか、ではこれを渡しておこう」


 


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「流石は白桜騎士団団長さまだよなぁ」


 フロル団長が最後にくれたのは所謂紹介状というやつだ。恐ろしいことに紹介状を見せると優先的にジョブ選択、スキル選択、薬草学の講義、鉱物学の講義、戦闘訓練を受けることができた。おかげさまで今日一日で見習い学校からは卒業だ。


 選択したジョブはもちろん拳闘士だ。レベル1から習得できるスキルとして提示されたのは鑑定スキルだった。【魔物鑑定】【鉱物鑑定】【植物鑑定】の3つの内1つしか習得できないらしく、【魔物鑑定】を選んだ。今回選ばなかった【鉱物鑑定】【植物鑑定】は図鑑を読み込むことで習得できるらしいので、時間ができたら図書館に篭ることになりそうだ。


 薬草学の講義は【植物鑑定】を、鉱物学の講義は【鉱物鑑定】を習得しなかった者が受ける講義らしく、内容は初歩的なものだった。戦闘訓練では拳闘士のスキルである【破砕掌】【居合抜拳】【烈襲脚】【パリィ】の4つを選択した。


 

 【破砕掌】は手のひらで触れた相手に防御無視のダメージを与え、相手をスタンさせるスキルだ。一瞬溜めが必要になるのでパリィなどで隙を作らなけばならない弱点はあるが、それ込みでも防御無視は優秀だ。


 【居合抜拳】はボクシングでいうところのフリッカージャブのように軌道が読みにくく急所を狙うのに優れている。攻撃モーションの発生が短いため相手の攻撃を見てから【パリィ】に繋げやすいスキルだ。威力は高くない。


 【烈襲脚】は連続蹴りスキルで手持ちの中では最も威力の高いスキルだが、攻撃モーションが大きく、外した場合の隙がデカい。【破砕掌】でスタンした相手に撃ち込むのが無難なスキルだ。


 【パリィ】は拳闘士の代名詞とも言えるスキルだ。拳や足で相手の攻撃を弾くことができる。タイミングがシビアではあるが、嗅覚により相手の動き出しが分かる俺との相性は抜群だ。



 現状の俺のスキル回しは【居合抜拳】→【パリィ】→【破砕掌】→【烈襲脚】だ。


 勝ち筋というのは多いに越したことはないが、最初は1つの択を通す動きに慣れた方が今後応用が効きやすいと判断した。


 フィルは拳闘士として成長したら来いと言っていた。恐らく拳闘士のジョブレベルをカンストしろということだろう。



「見習い学校の修了証明貰ったら森にでも行くか」



 俺は見習い学校に戻るべく足を踏み出した。




 

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