『猩々(しょうじょう)Remix_Ver1.2』

小田舵木

『猩々Remix_Ver1.2』

         『猩々しょうじょうRemix_Ver1.2』


【登場人物】


① 高野たかの かぜ ビールの売り子さん、大学生、女の子

② 猿野さるの  猿のような老人、球場に来るくせに野球に興味ない

③ 落田おちた 高野の友人1

④ 紀伊きい 高野の友人2


扮装ふんそう

① ビールの売り子さんの格好。ビール樽を背負っている

② えない老人ルック

③ 大学生風 

④ 大学生風


【舞台】


 試合中の野球場


【開始状況】


③落田、④紀伊、野球場で観戦中

①高野、そこでビールの売り子のバイト中


              [1 @球場 外野席]


③落「いやあ、野球、やっとるなあ」

④紀「投げて打ってますなあ」

③落「僕ら野球興味ないのに、なんで球場んねやろ?」

④紀「そらアレよ、ビールの売り子やってる高野たかのちゃん見に来ただけよ」

③落「その為だけに交通費プラス席代せきだい…僕らアホなんちゃう?」

④紀「ま。騒がしいトコロで酒むの楽しいからええやん」

③落「せやなあ。しっかし、ビールの売り子さんっていっぱいるなあ」

④紀「クソ重いビールだる背負ってご苦労なこっちゃで」

③落「背筋はいきんめちゃ鍛えられそうやなあ」

④紀「実際、高野ちゃんも女の子にしては筋肉質やもんなあ」


             《①高野、登場》


①高「あ、オッチーときーくん、来てくれたんだ〜」

③落「噂をすればなんとやら…おっす、高野ちゃん」

④紀「儲かってまっか〜?」

①高「ん〜?ボチボチかなあ。さっき、いつものお客さんがいっぱい買ってくれてさ…タンクからんなった」

③落「そんなに買うてくれたん?」

①高「ざっと10杯買ってくれたかな」

④紀「いや、それ、4、5リッターあんのと違う?」

①高「まあ、ね。でもいつもそれ位買ってくれるのさ」

③落「球場の席で10個のプラカップ広げるのは至難しなんわざちゃう?」

①高「いや、その場でぐいっといってくれるんだよ?」

④紀「その客、胃下垂いかすいかなんか?」

③落「バケモンやな…」

①高「実際、猿みたいな見た目のおっさんなんやけどねえ…って。あんまサボってるとバイト代減るからまたねえ〜」


             《①高野、退場》


③落「なんか凄いエピソード爆撃ばくげきらったなあ」

④紀「なんなんやろなあ、ビール鯨飲げいいんする猿みたいなオッサンって」

③落「鯨飲なのに猿ってのが最高に意味分からんよなあ」

④紀「俺ら、高野ちゃんにからかわれてるんちゃう?」

③落「あの娘、どっちかって言うと天然やん?」

④紀「いや、天然気取ってる娘に限って内面ドロドロやん?」

③落「全ての行動が計算ずくってアレ?紀伊くん、大概たいがい童貞ドーテイこじらせてない?」

④紀「やかましわ!!」

③落「否定しきってないで?童貞」

④紀「お前かて素人童貞やんけ!!」

③落「僕はアレや、特に興味ないから、生殖せいしょくに」

④紀「生き物としてどーなん?それ」

③落「落田おちたは僕で終わる予定や」

④紀「終わらしなや…お前の方がこじらせてるわ、童貞」

③落「いやあ、高野ちゃん、付き合ってくれへんかなあ」

④紀「おー身近な女性に欲情しとる、最低やな」

③落「あのくらいやで?僕らをゴミ見る目で見ないの」

④紀「単純に万人ばんにんに優しいだけでは?」

③落「それ言う?」

④紀「そらね。人生そんな甘くないやん?」

③落「せやなあ。今日だって僕らは彼女のビールを買うってカタチでみつぐもんなあ」

④紀「それ言う?」

③落「そらそうよ…ビールの売り子さんは出来高できだかのバイトやしな」

④紀「どーせ、俺ら以外もこうやって野球に興味ないのに球場来てんねやろなあ」

③落「やろうなあ…野球のユニフォームっぽい制服、そそるもん」

④紀「パンツルックがそそるわなあ」

③落「ちょいとした異性装いせいそうってヤツやなあ…お。長打ちょうだや」

④紀「俺らがウダウダ言うてる間にも試合は動いとんなあ」


             《①高野、再登場》


①高「オッチー、きーくん…助けて!」    ト小走りに登場、手にはプラカップ

③落「どないしてんよ…そんなあわてて」

④紀「変な客に絡まれたん?」

①高「いや…さっき話してたお客さんから変なモノもらったんだけど…」

③落「変なモノ?高野ちゃんが持ってるプラカップの事?」

④紀「別に変なモノではなくね?」

①高「パッと見はね…ただ―」

③落「ただ?」

④紀「変ならんから!!」

①高「このプラカップ…注いだモノが永遠に増えるみたい!!」

③落「…僕らからかってんの?高野ちゃん」

④紀「ノッた方がさげ?」

①高「いやいや…からかってないよ!!ていうか見て、コップん中!!」   トコップを落田の顔に近づける

③落「ん?んー?なんか…ビールの液面えきめんが上がってきてる?」

④紀「高野ちゃん、マジックできたっけ?」

①高「いや、なんもしてないから」

③落「こらあ…マジかも分からんね」

④紀「マジか…」

①高「理解早っ!!意外とすんなり受け入れたね?」

④紀「俺ら―アレな事態じたいを引き寄せる才能あるから…」

③落「ヘンさ値が高いんよ…」



           [2 @球場 外野席]


④紀「さて。どうすんべ?これ放置したままやったら―」

③落「この球場はまず沈むなあ、ビールで」

④紀「ほんで、そのうち街が沈むなあ、ビールで」

①高「で、ほにゃらら県が沈むよねえ、ビールで」

③落「そのうち日本沈没にほんちんぼつやな…ビールで」

④紀「んで、地球も沈むな…ビールで」

①高「最後には宇宙が沈むよね…ビールで」

③落「なんてこった、宇宙の危機やん!!」

④紀「こういうハナシ、ドラ●も●であったよなあ」

③落「栗まんじゅうのアレね」

④紀「アレってどうやって解決したっけ?」

③落「宇宙に放りこんだんやなかった?」

①高「それって解決になってなくない?」

③落「無限に膨張ぼうちょうする宇宙ってモデルが正しければ―まあ、妥協だとうあんちゃう?」

④紀「そうか?お前、『チェスばんと小麦』のハナシ知ってるか?」

③落「なんなんそれ?」

④紀「簡単に言うと、倍々ばいばいゲーはやばいってハナシ」

①高「雑な解説だなあ…」

④紀「だってそういうハナシやし?2倍を64ステップ踏むだけで莫大ばくだいな数になるって事」

③落「いや、宇宙は永遠に広がるんやろ?」

④紀「いや、終わりのない倍々ゲーなら宇宙が広がる速度を凌駕りょうがしかねん」

③落「ほな、どないせいちゅうねん」

④紀「ブラックホールでも探す?」

①高「いや、そこらにブラックホール有るわけないじゃん…」

④紀「落田ー?出番やぞー」

③落「僕を一休さんばりの便利キャラにしなや…」

④紀「そう言われてもなーこういう時はお前やろ…なんかトンチはないんか?」

①高「ほら、宇宙の危機だよ?頭フル回転させてよ!!」

③落「イマイチ緊張感がない…って高野ちゃん?カップからビールがあふれてる!!」

④紀「あー俺らがウダウダしてる間にインフレが始まってもうたらしいな?」

①高「どうしよ…取りえず―タンクに…戻せない、どうしよ…」   

③落「そらビールだるは戻すこと考えた設計ちゃうやろうからな」

④紀「取りえずむか?」

③落「いや、すぐ限界げんかい迎えるっしょ」

①高「かと言って放って置いたら―」

③落「沈むな、色々と」

④紀「無限に向かうモノを収める器、なあ…」

③落「取り敢えず収まれば―良いんよな?」

④紀「…おん?まあそうだな」


③落「なあ、高野ちゃん?」

①高「何?良いこと思いついた?」

③落「いやさ、高野ちゃんにそのコップくれたオッサンって、まだ球場にるの?」

①高「まだると思うよ?」

③落「…おし、その人んトコに案内してーや」

④紀「どした落田?やっこさんシバくんか?」

③落「いや、アホみたいにビール呑むんやろ?責任負わせようと思ってな」

④紀「元はと言えばそのオッサンのせいだしな…」



        [3 @野球場 内野プレミアシート席付近]


             《視点は席の後ろから》


①高「お猿のおじさ〜ん!!」   ト席に座るオッサンに後ろから話しかける

②猿「…たかちゃんか?もうビールはまんぞ?」   ト振り返らず返事

③落「いや…アンタが高野ちゃんに渡したモンに文句言いに来たんや」

④紀「ろくでもねーモン渡しやがって…」

②猿「なんじゃあ?高ちゃん、その野郎どもは何じゃ?」   ト振り返り返事

③落「僕らは彼女の友人ですわ…で、オッサン?アンタが渡したもんやが―」

④紀「注いだモンが―永遠に増える…どういう事だよ!おかげで地球の危機だ、馬鹿野郎!!」

②猿「地球の危機だあ?何を言っておるんじゃ、コイツらは?」

④紀「いやいやいや…注いだモンが増え続けるんだぞ?」

③落「高野ちゃんはそれにビール注いでもーたんや!!」

②猿「…なるほどのお…そりゃ、地球の危機じゃな…」

④紀「そうだよ!単純に2倍になっていくって考えても―地球が沈むのは時間の問題だっつーの!!」

②猿「高ちゃんはマジメなんじゃなあ…コップ渡されたら反射でビールを注ぐぐらいには」

①高「いやあ…仕事で使うコップとごっちゃにしちゃってさ、別にマジメな訳じゃないよ」

③落「むしろガサツやんねえ」

④紀「お前ら、呑気のんきに会話楽しんでるんじゃねーよ!!特にジジイ!!」

②猿「あんじゃ?若造わかぞー?」

④紀「今回の件、お前が全面的に悪いからな!!」

②猿「高野ちゃんを祝福したつもりなんじゃがなあ…まさかビールを注ぐとは…」

③落「モノが悪いねん、プラカップて!!そら注ぐよ液体!!」

②猿「ワシも耄碌もうろくしてもうたのう…そこまで考えてなかったわい」

④紀「まったくだ、もっと気の利いたモンだせや!!」

①高「プラカップのオーパーツ具合ぐあいには突っ込まないんだね…」

③落「突っ込んだトコロでハナシ進まんやん?」

①高「それもそっか…」

④紀「ジジイ…アホみたいにビール呑むんだよな?責任、とってもらうぜ?」

③落「地球がビールに沈むとしても―おっちゃんの腹、タプタプにしてからや!!」

①高「申し訳ないけど―まあ、そういう事だから、お願い、お猿のおじさん!!」

②猿「…」

③落「黙ってても―無駄やで…僕らは確実にアンタの腹にビールぶち込んだるから」

④紀「羽交はがめにしてでも―ぶち込むからな、死ぬ前にそうしてやらんと気が済まん」

①高「おじさん…なんとか言ってよ…このままは、なんか気が引ける…」

②猿「…」

④紀「落田、ジジイ、確保するぞ…」   ト②に詰め寄る

③落「しゃーない…恨みっこナシやで?どうせ僕ら死ぬんやし」   ト④と逆方向から詰め寄る


②猿「…若モン、まだ焦るような時ではないぞ?」

④紀「どういう事や?」

③落「なんか策でもあるん?」

①高「コレを宇宙にでも追いやれるの?」

②猿「その必要はない…」

④紀「シバかれたないからって適当言うてる場合ちゃうぞ?」

③落「おっちゃん、なんかトンチ思いついた?」

②猿「ワシの腹の中に…全部収まる」

③落「…なんぼ胃下垂でも永遠に増えるビールは厳しいんと違う?」

④紀「…どっかで吐くのがオチだろうな」

②猿「ワシの腹の中に―『底はない』…問題ないんじゃ」

③落「ついに気ぃ触れんたん?」

④紀「『底がない』、な?それは比喩かい?ジジイ」

③落「見栄はってる場合ちゃうで?」

②猿「文字通り―『底がない』んじゃ…」

③落「なんだい?神様カミサマかなんかなん?」

④紀「今更―驚きはせんけどなあ」

①高「二人共ヤケになってない?」

③落「そらヤケよ、おっちゃんにビール呑ます時点で」

④紀「で?ジジイ?アンタの腹の中に何が収まってるん?」

②猿「―『奈落ならく』かのう?」

③落「『奈落』言うたら地獄やんけ!それはないわ」

④紀「…『奈落』は比喩だろ?」

②猿「まあ、そうじゃな…じゃが、ワシの腹の中は―何物も存在し得ない」

④紀「なんでだ?」

②猿「無限に圧縮され―二度と出ることができなくなるからじゃ」

④紀「そうなると―アンタの腹の中に『ブラックホール』が有るって事になる」

③落「それはないわーなんぼ神でもありへんやろ?神は万能ばんのうと違う、出来ることは人の想像出来る範囲や」

④紀「落田、ブラックホールの理論を打ち立てたのは人間や、神にも触れる」

④紀「…が。地球上にブラックホールは存在し得ない…はず。あったら地球は―滅ぶ」

①高「そう?地球をブラックホールにしたとしたら―おおよそ2センチだよ?」

④紀「理論としてはそうだろうが、んなモンあったら地球という天体は潰されてなくなる…と言うか―時間と空間という概念すらなくなる…存在そのものがなくなる…そんなモンを経験した知的生命体はこの宇宙に存在しないし、俺らには理解も出来ん」

②猿「それを理解するのが―貴様らがひねり出した『神』じゃ…」

③落「おっちゃん…詭弁きべんで僕らをけむくんめてくれんか?」

②猿「なんじゃ、頭の固い奴らじゃのう」

④紀「そりゃ、な。理解できない事を言うヤツは神だろうが信じがたい」

②猿「普段はいのすがる癖に、か?」

③落「だからこそ、や。理解出来ないモンを信仰するのは難しい。そんなんやったら、まだ『科学』を信仰してるほうがマシや」

②猿「なら―『科学』とやらと心中しんじゅうするがいい」

①高「オッチー、きーくん!!お猿のおじさんを責めても―ハナシは進まない…けようよ」

③落「それっきゃないんかね…」

④紀「―ジジイの言うことが事実だとして、だ」

①高「どしたの?」

④紀「無限のと永遠のゆう…コレが混ざりあったとして―何が起きる?」

①高「想像もつかない…そもそも無限の無って矛盾してない?」

④紀「頭が悪いから、こう形容するしかないんだよ、矛盾してたとしても、だ」

②猿「ごちゃごちゃうるさいのう…男ならスパッとせい」

④紀「人類未踏みとうの領域に踏み込もうってんだ、迷わんはずがないだろ?」

③落「いやあ。まさか―こんな事になるとはなあ…」

①高「『神はサイコロを振らない』なんてアインシュタインは言ったけど―人はサイコロを振るんだね…」

④紀「量子論りょうしろん的に言えば―サイコロ振りまくりだけどな、人類も、その発明たる神も」

③落「ま、どっちにしろ―僕らはやるしかないんよな」

①高「と、いう訳で覚悟めていこう!」

④紀「ったく、ヤケとあんま変わりはねーが…やるか」

④紀「つー訳でジジイ頼むわ」   トビールがあふれ続けるプラカップを渡す

②猿「任せい」  トプラカップを受け取る

③落「コレが―今際いまわきわの光景やと思うと大分だいぶ滑稽こっけいやなあ」

④紀「まったくやな…ま、文句言うてもしゃあないが」

①高「諦めるのは―早くない?」

③落「とは言え、僕らには理解できない事象が起きるんや」

④紀「そうそう楽観もしてられんぜ?」

②落「あーあ、せめて女の子と付き合ってからにしてほしかったわ―」

④紀「な?童貞ドーテイのまま終わるのは忍びないぜ―」

①高「…二人共、煩悩ぼんのうまみれだね―」

②猿「人類というのは―進歩せんのう」

③落「神様オマエにだけは言われたくね―」


         《舞台、光に包まれる、ホワイトアウト》


            [4 @???]


            《視界が回復するが―背景は見えない》

         《ホワイトバックに野球場のシートがポツリと存在する》

           《そこには③落田おちたと④紀伊きいが座っている》


③落「…」    と寝息を立てている

④紀「…眠ってたみたいだ」   ト目覚める

④紀「おい!!落田?」

③落「…なんや紀伊くん?」   ト目覚める

④紀「俺達―なんか途方もない夢を見てなかったか?」

③落「…何言うてんの?」

④紀「…気のせい、か?」

③落「…と違う?」

④紀「俺達…なんでココに居るんやろ?」

③落「何でやっけ?」

④紀「なんか理由があった気がするんやけどなあ…」


            《SE―野球の打球音―》


                【終劇】




 ※今作、『猩々Remix』を執筆するにあたって、以下のサイト、書籍を参考にしたことを明記します



『能楽名作選 上』―「猩々」 天野文雄 KADOKAWA 2018

『絵でわかる宇宙の誕生』 福江 純 講談社 2018

『宇宙創生』 サイモン・シン 著 青木 薫 訳 新潮社 2009

『ゼロからわかるブラックホール 時空を歪める暗黒天体が吸い込み、輝き、噴出するメカニズム』 大須賀 健  講談社ブルーバックス 2011

『巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る』 本間稀樹 講談社ブルーバックス 2017 

『[図解]相対性理論と量子論』 佐藤勝彦 監修 PHP研究所 2006

『2の冪』 https://ja.wikipedia.org/wiki/2の冪

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『猩々(しょうじょう)Remix_Ver1.2』 小田舵木 @odakajiki

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