空の意味を言葉に

 空の遠くをいつか知ると言葉にした。それが時折り怖くなり、私の願いは夢に漂い続ける。

 泡沫な切情と沫と声に色の青さに、遠くでみたいつかな空に意味を見つける。

 いつか、その空の意味を言葉にできればと、屋上から一人蒼い天空を見上げていた。


 声高らかに声援を送る野球部の戦士たち。

 真夏の昼に汗を滝に燃え上がる闘志と要らないものをすべて攫う唯一の風を指に感じ、少しの息と整えた胸の鼓動を心地よく、投手は腕をしならせて指先でボールの網目にスピンをかけ遥かな先、どこかな未来へと意味を空に届けた。


「せいやぁ!」

 似つかわしくない掛け声はかっこよく、叩きつけた大きな筆が黒質の意味を白質に描いていく。鋭く凛と緩やかにでも強く強くかっこよく。

 白の上をなぞるは幾千年を紡がれし歴史と残された言葉の数多。黒いそれはいずれ光、ただただに意味を空に書き写す。

 世界に知らしめる黒質をその者たちは常に求めている。

「せいやぁ!」

 似つかわしくない掛け声はかっこよく、空に意味を言葉にするのだろう。


 チェロの低音を重圧するようにユーフォニアムとトロンボーンの岩を砕いては積み上げる作業に晴天が意味を与える。トランペットの恰好な弾みにドラムスの連打が嵐を呼び寄せ、他の楽器も一斉に快晴を怒号の空に変えてしまう。重く重く苦しく辛く。

 しかし、すべては一瞬にして薙ぎ払った。

 たった一音の主線ソロの凱旋。バイオリンの響きが音を意味にして空に奏で刻み込んだ。

 晴れ晴れに軽やかな美音に楽器の王様が凱歌する。ピアノが青に光を打ち上げた。

 それは真昼に見る月のようで、薄暮に光る星のようで、夜明けに見る海のよう。

 数多の音はそれを意味として、空に青さともう一つを付け足した。


「好きです」

 空が夜を迎え入れようとする夕暮れのオレンジの時。

 放課後の誰もいない教室で、彼女の声がオレンジを纏って意味を夕暮れに差した。

 一握りの星の微かな粒子のような恋心。言葉にするのも難しく、蒼さの中に胸の熱と瞳の熱を宿した夕暮れ色の言葉。届くか届かないか。

 彼は言った。

「ありがとう、俺も好きだよ」

「————‼」

 届いた言葉。意味を知り、色をつけ、空のその音を響かせる。

 突き抜けた意志が誰かに届き、描いた心臓を黒質に刻み、鳴り響かせる音の粒を光にしては風に乗せて彼方に響かせる。

 ただ一人へ、空の意味を言葉にして。

 紡がれるそれらをきっと——『わたし』と言うのだろう。


 私はそんな空を見上げる。

 数多の人々の軌跡が想いが詰まった意味となる空の姿を。

 言葉になる空の世界。

 いつか、どこかの誰かの想いが届くことを密に願いながら、私は今日も空に見上げる。

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