忘れられた城

 表層が風化しかかった古代遺跡。

 小型蒸気機関によるハンドライトは玄室の闇を抉っている。

「……全く。教会聖典は第一二番までしかなくて『第一三番聖典』なんて存在しないのに」

 古い石床に座ったデイジーが探検服から剥き出しにしたすねには無数の傷がある。

「あったから来たんじゃよ。大学の地下倉庫で見つけたんじゃ。ほれ」

 年のわりに達者なローム考古機械学教授は、背嚢から四枚の円盤を取り出した。

「何ですか、それは。LPレコードの様な……でももっと大きくて金属製で穴がポコポコ空いてますね」

「自動オルゴール用の演奏ディスクじゃ。これを入れ替えてオルゴールは奏でる曲を変えるのじゃ」

「それが第一三番聖典なんですか。この探索はそれを演奏機で聴く為に来たんですか」

「そうじゃない」と教授。「旅の目的は音楽を聴く事じゃない。聖典とはディスクの名。これはいわばコンピュータの起動ディスクなんじゃ」

「こんぴゅーた? おーえす?」

「そうじゃ。わしが生まれた異世界では……おっと、そんな事はいい。オルゴールにセットするぞ」

 ローム教授は石室に融合した様な有機的な演奏機の四つのスリットに、助手の手も借りてディスクを挿し入れた。

 ゼンマイだと思われる、壁の大きな蝶型ネジを二人でめいっぱい捻る。

 固い蝶型ネジがゆっくり戻り始めると同時に、石室が地響きと共に軋み始めた。

 石室がではない。古代遺跡全体が重く低く唸り始めたのだ。

 床や壁が歪み、天井から年代物の埃が落ちてくる。

 城内に照明が点り、闇を削っていたデイジー達の周囲が影がないほど明るくなった。

 立体的な映像が玄室中央に現れる。城外の光景と、簡素な地図、人型をした全身像だった。

 教授は、床から生えた何本もの金属のレバーの一本を全身を使って押し倒す。

「何百年かぶりに動かすぞ! 人型戦略戦闘オルゴールを!」

「こ、これは先史文明のマニック・フォートレス(人型要塞)!?」

 上昇感覚。映された外景はぐんぐんと高みに昇っていく。全身像は立ち上がる姿勢をアニメーションしている。

 荒野で崖と一体化していた風化した遺跡は、身を岩から引き剝がし、岩肌の巨人として立ち上がろうとしていた。

「これは蒸気機関じゃないの!? いわゆる魔法!? 嘘!? 身長何百メートルあるのよ!?」

「歩くぞ!」

 塔の様な二本の足で『忘れられた城』だった遺跡がゆっくりと歩き始めた。荒野が足型に割れる。地上は激震だろう。

「教授! 大発見じゃないですか! これで考古機械学部も大学に存続を許されますよ!」

「これを見つけたからにはもう大学に未練はない! わし……いや、俺は、元の世界に戻る為に魔界に戦いを挑む!」

 ローム教授は小瓶に入った液体を飲み干した。

 白髪が一気に黒髪へと色を染めた。

 背筋がピンと伸び、枯れた肢体が若返っていく。

「え!? 嘘!? 美形!?」

 青年になった教授にデイジーが驚いた時、荒野の映像に一頭の巨大な怪物が飛来してきた。

 赤い鱗肌の長い首。黒い革張りの翼。鞭の様な尾。金色の眼。

 この世界の最強生物の一つ。ドラゴンだ。

「魔族め! 早速、止めに来たか!」

 青年ロームが叫ぶのとドラゴンが紅蓮の炎を吐き出すのはほぼ同時。

 灼熱の火炎が、人型要塞の上半身を包む。

 熱波は二人のいる玄室にまで押し寄せてきた。

「熱い熱い熱い熱い熱いッ……!!」

 デイジーは身を自分の腕でかばった。ドラゴンの炎は鉄をも溶かすが、そこまでの熱さは届いていない。

「そのレバーを力一杯押し倒せ! 跳ぶぞ!」

 ロームが叫んで二本のレバーを引き倒し、デイジーもレバーをとっさに倒す。

 全身図が屈んで跳躍する。

 外界映像がまた高みに移動した。巨大な岩巨人が地を蹴ってジャンプしたのだ。

 ロームが一本のレバーを大きく回すのと、人型要塞が右腕を振る動作はシンクロしていた。

 岩の巨大な拳が空飛ぶドラゴンの腹を大きく抉った。

 蒸気銃の弾丸程度では傷つかないドラゴンの鱗が花びらの様に散った。

 拳ごと地面に叩きつける様に、巨人とドラゴンは重なって墜落した。大きな亀裂が荒野に走る。巨人は膝をつけて立ち上がるのに比べ、血を吐くドラゴンは無様に地に崩れたまま。

「凄いわ! ドラゴンも一撃なのね!」

 デイジーは喜び、ロームはクールに笑った。

「このドラゴンは先兵にすぎない。……始まるぞ、俺達が元の世界に戻る冒険が」

「ちょっと待って。何故複数形? 私も含まれてる?」

「来るんだろ。この美形の俺と」

「面と向かって言われるとちょっと腹立つわ」

 言いながらもデイジーも若返ったロームと一緒に行くと決めていた。面白そうなイベントは彼女も大好きだ。

 沈む夕陽が巨大な城人をドラマチックなシルエットにしていた。

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