ファストフードショップの席を立つように、日本の将来を決めてしまおう

 投票用の『黒いハガキ』が家に届き「そうか、そういえば今回も『アレ』があるのだったな」と『思い出し』た。

 散歩には丁度いい午後の昼下がりだったので、マスクをつけ、一番近所のアレまで『投票』に出かける事にする。

 世間一般では参議院議員総選挙一色で、選挙ポスターやら選挙カーやら駅前演説やら、TVやネットで討論会だの所信表明だの、新聞や雑誌で信条公表だので町が騒がしくてにぎやかだが、俺はそれを風景程度に眺めながら赤とんぼの群と一緒に近所の商店街の奥へと向かう。その途中で、スマホを見ながら、立候補した各政党の公約を真剣に吟味した。これは国民の義務だ。

 商店街の奥にはファストフードショップがあり、やたら小奇麗に身を整えたお年寄りや仕事帰りのOL、やたら品格のある高僧っぽい人、見るからにホームレなどスが集まってきている。

 俺は店内に入ると「投票に来られた方ですか」とろくろ首の美少女ウエイトレスに声をかけられ、自分の投票用の黒いハガキを見せて「ではこちらの列にお並びください」とレジカウンターまで一番短い列を紹介される。

 バックヤードを一つ目小僧やカワウソが歩き回るこの店は、レジカウンターでの仕事はテキパキと進んでいて、あっという間に俺の番が来る。

 カウンターには隣を覗けないように仕切りがついている。

 俺はカウンターの若い男性店員に黒ハガキを見せ、マイナンバーカードで本人確認をすませると、早速投票に入った。

「投票は政党一括ですか?」と店員。ちなみに美形の猫まただ。オスの三毛。

「いやオプションで」と俺。

「では経済政策はどうしますか?」

「それは〇〇党で」

「COVID-19関連は?」

「△△党で」

「分配金の公約は?」

「××党で」

「財源の確保は? 国民の税金ですか、国債発行ですか?」

「△△党の言っている通り国債で」

 俺が口頭で言う注文を、猫またの男性店員はテキパキと書類に記入していく。

 『裏の投票』はストレスなく進んでいく。

 『表の投票』しか出来ない人は「この政党の××の公約はいいんだけど、〇〇の公約については◇◇党の方がいいなあ」とか、自分の願望にぴったりくる政党がなくて、歯痒い思いをした事があるだろう。

 この裏の投票では、まるでファストフードでオプションメニューを選ぶ様に、立候補した政党の各公約をかいつまんでそれぞれ投票する事が出来るのだ。

 こうして(選べる範囲内では)理想の政治形態へ投票する事が出来る。

 どうやら日本という国を裏から大きく動かす、日本の『調子』を決めるシステムは妖怪変化がその中核をなしている事から考えると、随分と太古から続いているらしい。

 勿論、一般に知られているわけはない。

 どうやら、ここへ来る為の黒い投票ハガキが送られてくるのはある程度の霊格を持っている人間だけらしい。

 霊格が高いと言っても宗教験者や霊能者、見える人やオカルトに詳しい類ばかりではない。

 俺の様な中流程度のサラリーマンや、近所の優しい未亡人、宗教結社のお偉いさんから身体を電飾で着飾った電ギャルなんか、ここに来る者はどうやら同じ様に霊格が高いらしい。

 霊格というのは真面目に生き、表で恥ずかしくないそれなりの生活をきちんと送っていれば、思想信条修行に関係なく勝手に身についてしまうものらしい。

 実際、隣の列で大真面目に投票をしてるのは、世間一般ではオカルト否定派として有名な理系大学名誉教授のはずだ。ちらっと顔を見た。

 恐らく反オカルト界隈で一番霊格が高いのは故アメージング・ラ△ディだろう。

 ともかく、投票を自分の好きに選び終わった後、俺はオーダーを繰り返された。

 この投票が何処まで日本の『表の政治』に影響を与えるかは解らない。ただ「結構、昔から表に影響を与えてるんだろうなあ」というのが俺の何となくの感想だ。

 裏から日本を動かすのだろうだから、強力なんだろう。多分。霊的に、とか、そんなので。

「比例代表は?」

「〇〇党で」

「では最後に」とオスの三毛猫またが念を押す様に。「推しの日本人はいますか?」

 推し、ね。俺はちょっと緊張した。

 この最後の質問は、政治とはまた別に訊いてくる。

 相手が日本人なら誰を答えてもいいのだ。自分だっていい。

 老若男女、職業、信条。何でも関係はない。アイドルだって、近所の兄ちゃんだって、自分の母親だって。

 どうも、この裏の選挙では推された日本人は表世界で随分と上り調子になるみたいだから、ちゃんと推しは決めておくべきだ。

 どれくらい上り調子になれるかは、どれだけ『推し』が集まってるかで変わってくるだろう。

 まさに俺の一票が一人の未来を変える。ひいては日本を変える、といって過言でないだろう。

 ま、要は日頃から自分の好き嫌いを把握していればいいのだ。ミーハー気分でいい。

 俺は「△田太郎」で、と即答していた。政治家だ。若手だが、与党を内部から作り変えてくれるという、その期待があり、素直に名指し出来る。

 ここら辺の奇妙なムードが如何にも「妖怪がやってます」って感じの不思議でメルヘンな選挙だ。

 裏の選挙投票は終わった。

 選挙なんて、ギャンブルみたいなもんだ。勝てばいい人生が出来る。それくらいに俺は思っている。

 IRに誘致しようなんてのより、よほど健全なギャンブルだ。

「では投票を終わります。……選挙投票セットはご注文になりますか?」

 投票が終われば、無料でセットがついてくる。セットというのは勿論、軽食セットだ。これがこの店の『Go To 選挙』作戦だ。

 俺はハンバーガー、ホットコーヒー、フライドポテト、スマイルの選挙投票セットに自前でハンバーガーをもう一個足して、席に着く。ハンバーガーには日本国旗がはためいていた。

 眼の前をトレイを持った唐笠小僧が器用に跳ねていく。

 俺は食べながら考える。

 この店を出たら『裏の選挙』の事は夢の様にスーッと忘れてしまうだろう。

 そして日常に戻り、今度は表の選挙に「不自由だなー」と文句を垂れながら投票するのだ。

 表と裏は完全に分断されている。

 次の選挙が始まる頃、俺の霊格が落ちてなければ、例の黒い投票ハガキが何気なく届き、また俺は『思い出す』のだ。多分。

「……本当の『永田町の妖怪』と戦っているのは俺達かもな」

 ふと、そんな言葉を思いつき、俺はごみを捨てて、トレイを戻し、まだマスク姿が目立つ街へと戻っていった。

 気持ちはリセットされ、俺は気持ちい土曜日の散歩から家へ戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る