第13話 聖女がなすべきことその1

 

「ミネルバはこれまでの聖女と違っていた。最初は他の聖女と同じだったが、顔に皺が増え始めた頃から我に話しかけてくるようになった」

「?」

「今までの聖女は皆、我の姿に怯えて話しかけてくることはなかった。だがミネルバと、お前は違う。ミネルバは我に『人の姿を取れば、人に話しかけられるだろう』と教えてくれた。だから次の聖女には、その……この姿を! 見せたかったのだ! 練習に五年もかかってしまって……その、なかなか……むう……」

「……え、ええと……」


 前任のミネルバ様は、お年を召されてからヴォルティス様に話しかけるようになった?

 それまではヴォルティス様に話しかけなかった、ということ?

 みんなヴォルティス様の姿に怯えて——。

 ああ、確かにあの竜の姿は魔物のようで恐ろしいのかもしれないわね。

 私にとってはどこぞのやんごとないアホの方が、よほど魔物だったけれど。

 だって同じ言語で話しているのに会話が成立しないのよ?

 目の前にいるのに、私の言葉が一切届かないの。

 これほどの恐怖はないわ。

 姿形など関係なく、私は目の前にいるのに話が通じない方がずっと恐ろしい。

 それでも他の聖女様は竜のお姿の方が恐ろしかったのね。

 そして、だからヴォルティス様は人の姿になることを覚えられた。

 その練習のために五年も?

 ……次の聖女に——私に——怯えられないために。


「……けれど、それで邪竜になりそうだったのですからご自重くださいませ」

「うっ!」

「私ども紫玉国の民は、ヴォルティス様の健康が一番でございます。此度、ヴォルティス様からの魔力供給が止まってしまうことの方が大変なのです。事実、昨今の紫玉国は魔法が使いづらくなり、各所で防護結界が消えて村や町が魔物に襲われる被害が多発。作物の実りも減り、魔物は強く強大化しています。……ですから、私は刻印の力を使い、国を救わねばなりません。どうか——ヴォルティス様のお力をお貸しください」


 カップを置いて、頭を下げる。

 ここに来た目的はヴォルティス様に刻印の使い方を学ぶこと。

 刻印を使い、各地を巡って魔力が絶たれた弊害を取り除き、苦しむ民を助けなければいけない。

 それがこの国の貴族として生まれてきた者の務め!


「……そうか。やはりお前は今までの聖女とは違うのだな」

「?」

「いや、よい。使い方を教えよう」

「! ありがとうございます!」


 やったわ、ヴォルティス様直々にご指南をいただける!

 ヴォルティス様はご自分のコーヒーを一口飲み、私の左手を出すよう言う。

 手の甲を上に向けてカウンターに差し出すと、こほん、とひとつ咳払い。


「まず、我の力は今この竜の塔を中心とした半径一キロにも及ぶ勇者と聖女の作りし結界の中に封じられている状態だ」

「は、はい」


 そこは伝承で聞いているので存じておりますとも。

 しかしそれでも竜の魔力は膨大。

 生きているだけで、生成され続ける。

 魔力を消費することしかできない人間にとって、魔力を生み出せる竜王たちの存在はもはや命綱。


「で、力というのは簡単に言えば魔法を使う力のことだ。つまり我は結界の外に行くと魔法が使えない」

「は、い……」

「だからこその“聖女”である。まあ、我を結界に閉じ込めたのも半分は聖女だが」

「は、はい」


 しかしながら勇者の末裔がアレなので、妙に勇者と聖女の方が悪いような気がしてしまう。

 先入観かしら?


「……というか初代の聖女は聖女などと呼ぶに到底相応しくない腹黒女だった。これまでの聖女が聖女の伝承を語ると虫唾が走るほどにはとんでもないクソ女だ。なにが我の反省を促し改心させるために竜の塔に残った、だ。都合よく伝わりすぎだろう、訂正してほしい」

「え」

「いや、それはまた今度でよい。お前は我の話を聞いてくれる人間らしいからな」

「は、はぁ……?」


 いったい初代聖女様はなにをなさったの……。


「ともかく、我の魔法は封じられており、生み出す魔力は刻印を通して王都にある『対紫水晶』に送られ、そこから国中に広まる。紫玉国はもっとも広大な土地を有する大国故、魔力が末端の辺境に届くのには時間がかかるだろう。お前は聖女として刻印を用い、その辺境に魔力を供給する『水晶柱すいしょうちゅう』を建てるがいいだろう」

「水晶柱……。それは、どのように建てるのですか?」

「聖女の刻印には、封じられた我が魔法を使う力がある。呪文と魔法陣を教えるから、現地へ赴きその魔法を刻印をかざして使う。国土の広さを思うと、この国を囲うように最低でも八つの柱を建てねばなるまい。あまり隣国に近くなりすぎれば、隣国の竜王の魔力に触れるだろうから、国境から少し内側ぐらいが好ましい」

「な、なるほど」


 ヴォルティス様が指を鳴らすと、どこからともなく地図が現れる。

 しかも勝手に開いて、紫玉国の国内——国境に近い辺境八ヶ所に赤点が光った。


「この辺りが好ましいな。ここに向かい、水晶柱を建てるといいだろう」

「わかりましたわ。こちらの地図はお借りしてもよろしいでしょうか」

「好きにするといい。だが、聖女を護衛もなしに向かわせるわけにはいかない。表の紫水晶から、護衛と移動に使う晶霊を好きなだけ召喚するといい」

「まあ……! 晶霊をベル以外にも召喚してよろしいのですか!?」


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