26 はい、喜んで!

「――はい、もういいですよ」

 ブラムが手を離すので、レクスは上着の裾を直した。背後から斬り付けられた傷を見せたのだ。キングと護衛たちは医務室の外で待っている。さり気なく残ろうとしたキングは、カルラに問答無用で追い出された。

「回復魔法がよく効いています。もう大丈夫でしょう。ただし、魔力は回復しきれていないので、魔法は使わないでくださいね」

「わかった」

 護衛たちがいれば、もし再び戦いを挑まれたとしてもレクスは魔法を使わずに済むだろう。普段使いしている魔法もないし、充分に魔力を回復させることができるはずだ。

 レクスが医務室を出て行くと、真っ先にアンシェラが飛び付いて来た。

「無事でよかった~! 死んじゃうかと思った!」

「あなたたちも助けに来てくれたんですよね。ありがとうございました」

「レクスの護衛だもん! 当然のことですよ!」

 キングがレクスの肩を引き寄せてアンシェラから離れさせるので、アンシェラは反省しているのかしていないのか、ごめんなさい、と言いつつもニヤニヤしていた。

 人間が魔法による防護壁を越えて来たことも、空間分断の魔法を使えることも、魔族にとっては想定外のことだった。魔防壁を人間が越えることは容易なことではないはずで、空間分断もかなり高度な魔法だ。一介の人間の兵士に可能かと言うと甚だ疑問だ。

 キングによると、これらの原因は調査中だという。もし魔防壁を突破する方法を人間側に知られれば、先のような事件は町でも起こる可能性がある。民を守るため、慎重に調査しなければならない。

「レクス」カルラが言う。「お客様がお待ちです」

「お客様?」

「応接間にお通ししました」

「わかりました」

 首を傾げつつ、レクスは応接間に向かう。キングと五人の護衛は、先のことがあったためか警戒心が強かった。

 応接間のドアを開けたレクスは、思わず目を丸くする。

「母さん!」

 椅子に腰を下ろして待っていたのは、レクスの母だった。彼を認めると、母ティリーナはパッと表情を明るくする。

「コーレイン!」

 安堵したようにティリーナが抱き締めるので、苦しい、とレクスは唸った。腕の力が緩められると、レクスは言う。

「どしてここに?」

「ブラム様から報せが届いて、居ても立っても居られなくなったのよ」と、ティリーナ。「無茶をするのはあのひと似ね」

 ブラムが母に報せを出していたことは、レクスは知らなかった。もしかしたら回復魔法が効かなければ死ぬ可能性があったのかもしれない、とレクスは考える。ブラムが可能性の話をしたとは思えないが、母はレクスの危機を敏く感じ取ったのだろう。

「でも、これ以上の無茶は禁物よ。あなたが死んだら、私はひとりになってしまうわ」

「……はい、ごめんなさい」

 小さく言うレクスに優しく微笑みかけたあと、ティリーナはキングに視線を遣った。

「キング、この子を助けていただいたそうで、本当にありがとうございます」

「当然のことをしたまでだよ。それより……」

 キングが意味深に言葉を切るので、レクスとティリーナは揃って首を傾げる。キングは真剣な表情で再び口を開いた。

「息子さんをお嫁にください」

「――はい、喜んで!」

「ちょっと待って⁉」

 満面の笑みになる母に、レクスは思わず声が上擦った。ティリーナは、なによ、と呆れた表情になる。

「愛してくれる人のそばにいることが一番の幸せよ」

「なんでそのことを……」

 レクスは絶句するが、さあ、とティリーナは悪戯っぽく肩をすくめた。絶対にそうだ、とブラムを睨み付ければ、涼しい顔で流されてしまう。レクスは溜め息を落とした。

「キングがお嫁にもらってくだされば、私も安心できるわ。あなたは相変わらず危なっかしいもの」

「でも……」

「大丈夫。キングはきっとあなたを生涯、愛し続けてくださるわ」

「いや……そういうことじゃ……」

「もう、不満があるならはっきりおっしゃい。キングはそんなことでお怒りにはなられないわよ」

「ほんとにちょっと待って……」

 項垂れるレクスに、ティリーナは頬に手を当てて困ったような表情をしている。レクスの侍従たちは、魔族はティリーナの言葉に頷き、人間たちは苦笑いを浮かべていた。

「……お……」レクスは声を振り絞る。「お付き合いから始めさせてください……」

「えっ、私たち、付き合ってなかったの?」

「やめてください、その町娘みたいな反応」

 レクスがねめつけると、キングは悪戯っぽく笑った。ティリーナも安心したように微笑む。

「キング。コーレインをよろしくお願いいたします」

「全身全霊をかけて守り抜いて見せるよ」

 レクスはもう何も言うことができず、大きく溜め息を落とした。


   *  *  *


 その日の夕刻、人間の国から書面が届いた。キングが先の五人組に関する陳述書を送っていたのだ。その返答は、五人が勝手に行ったことであり王宮は関与していない、王宮に責任はない、といった内容であった。

「予想通りの返答だな」

 キングの手から戻って来た書面に、レクスも眉をひそめる。

「王宮が責任を認めれば争いの種になりますからね」

「これからも人間は魔族に接触を図るだろうね。いいか、レクス。絶対に私のそばを離れるんじゃないぞ」

 レクスは小さく頷いた。先の戦闘で、レクスは五人の人間を退けることができなかった。キングであったなら容易いことだっただろう。その弱さが浮き彫りになったいま、キングと護衛たちから離れることは自殺行為だ。強さは徐々に鍛えていくしかないが、いまは彼らのそばを離れないことが最善の策だろう。

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