24 私は王だ

 レクスの右手の薬指に光る指輪には、侍従たちはすぐに気が付いた。それが誰から贈られたものなのかも。しかし、ようやく、と安堵する侍従たちの気持ちにレクスは気付いていなかった。

「おふたりは本当にお似合いのカップルですね!」

 嬉しそうに微笑むアンシェラに対し、

「私とキングはカップルではありませんよ」

 と、こんな調子である。

 レクスの背後で、フェンテとキールストラがキングの肩をたたいた。当のレクスはキングの心中などつゆ知らず、今日の仕事のことを考えている。侍従が説明することも可能だが、こういうことは本人が気付かなければ意味がない、と彼らは考えているのだ。

 ブラムが来たら書類を確認して、カルラがまた報告書を持って来るかもしれない、とレクスは考える。そろそろ王都に視察に向かい、収穫祭の準備の進捗を確認しなければならない。

 そのとき、不意に周囲の空気が変わった。耳の奥を突くような静寂に辺りを見回すと、そばにいたはずの侍従たちの姿が消えている。ぞっと背筋が凍った。

 これは空間分断だ。次元に干渉する魔法で、対象者を他者から引き離す。主に、攻撃のために使われる手段だ。

 警戒に身を固めるレクスの前に、重厚な鎧を身にまとう四人の男が姿を現した。見覚えのある顔はなく、胸の奥がざわめき立つ。

「何者だ」

 レクスは手にしていた書類をアイテムボックスに飛ばした。空間に干渉する収納の魔法だ。

 男どもは間違いなく人間だ。この堅牢な確固たる防護魔法を越えて来るなど、通常では考えられない。男どもの中には魔法使いもいるようだが、一介の魔法使いでは防護魔法を通過することはできないはずだ。

「こんなお嬢ちゃんがレクスなんてな」

 男が卑しく笑う。レクスの顔を知るはずがないが、なんらかの方法で彼がレクスだと確信を持った上で接触して来たらしい。その目的は、火を見るよりも明らかだ。

「どうやってここに入った」

 険しい表情になるレクスにも、男たちはにやにやと笑っている。

「そんなこと、どうでもいいだろ」

 次の瞬間、背中に走る衝撃と激痛。背後から剣で斬り付けられたのだ。いつの間に背後を取られていたのか、王として情けなく思えた。

 床にどうと倒れ込むレクスに、彼の背後を取った男が喉の奥でくつくつと笑う。

「魔族なんか人間より劣っているくせに、偉そうにしやがって」

「……人間のほうが優れていると言うなら、聞いて呆れるな」

 背中が熱い。それでもレクスは立ち上がった。

「誇り高き魔族は、こんな卑怯な真似はしない」

 この者たちが、魔族に強い敵意を持っていることは間違いない。そうでなければ、危険を冒してまでレクスと接触うしようなどと思わないだろう。レクスを下したら続けざまに民を害する可能性もある。

「奇襲でなければ勝てないなら、実力も高が知れているな」

 レクスは足に力を込め、宙に手をかざした。彼が杖を取り出した瞬間、男の中のひとりが杖を掲げる。その途端に肩に何かが圧し掛かったように体が重くなった。アンチマジックだ。

「勝てればなんだもいいんだよ」

 剣を手に三人の男が向かって来る。レクスは舌を打ち、杖を消すと腰の剣に手を伸ばした。フィリベルトの教えが少しでも通用するといいのだが。

 男たちの剣の腕は確かだった。レクスは避けるのが精いっぱいで、反撃などできるはずもない。そうして徐々に追い詰められ、ひとりの剣の切っ先が腕をかすめた。レクスは動きの鈍くなる足に強化魔法をかけ、力を振り絞って背後に跳躍する。

 息が苦しい。レクスの服は足元まで真っ赤に染まっていた。

 そのとき、喉が詰まってむせ込んだ。手のひらに溢れた鮮血に、ぞっと背筋が凍る。

「おいおい。魔王にも効くのかよ、これ」

「ははは! こいつは売れるぞ」

 凍った背筋が粟立ち、指先が痺れた。きんと突き刺さる耳鳴りに顔をしかめると、ひとつ息をついて静かに目を閉じる。体内の隅から隅へ魔力を行き渡らせ、宙に手をかざした。

 この者たちを民のもとへ行かせてはならない。

 ――ここで食い止める。私はレクスだ。

 レクスが目を開くのと同時に、パキン、とガラスの割れる音が辺りに響き渡る。魔法使いの男が目を見開いた。

「アンチマジックの強制解除だって⁉」

 男たちから余裕の表情が消える。レクスは宙から杖を取り出し、男たちが再び攻撃を仕掛けるより早く振りかざした。杖から溢れた光が、男たちの足元に弾着すると同時に大きく破裂する。

「どうなってやがる!」

 怯む男たちに構わず、レクスは次々に魔法を撃ち込んだ。しかし、こみ上げてくるものを堪えられず再び血を吐く。だが、攻撃を止めるわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかないし、この者たちが他の魔族を害することを防がなければならない。

 杖を持つ手に力を込めたとき、ふと目の前に影が現れた。

「そこまでだ」

 その声に、レクスは全身から力が抜けるのを感じる。

「よく耐えた。あとは任せろ」

 自分の出番は終わりだと確信を持った瞬間、レクスは意識を手放した。

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