姉の詮索

 良い感じの好青年というのはやっていて疲れる。

「――どうだったの?」

 帰宅直後、春成の部屋にわざわざやって来た姉に春成はこれが冬野だったら……と思いながらも答えた。

「まあ、いつも通りにね。友情ってものを育んで来たよ」

「そう。あたしがあんたの慣れない口調に合わせて話してあげたからかしら?」

「そうかもね、でも、俺は姉さんにはこういう感じに話してたと思うけど?」

「少しばかり優しくなった気がするわ。前はもっと刺々とげとげしかったもの、何か変化があったのかしら?」

 詮索する姉に春成は語尾だろう……とすぐに分かった。

 けれど言わなかった。

 違和感はやはりあったか――。

「そうそう、あなた、風伊かいを行かせたのでしょう? あんたが住んでるあの屋敷に何故? 正月は家族で過ごすものだって知ってる?」

 ああ、これだ。

 これが嫌で機嫌を損ねないようにしてたのに裏目に出たか?

「いや……なんて言ったって、姉さんは知ってるんだろ? だから、言うんだ。いつだってそう」

 誰に聞いた? と言って良いのだろうか、まだ話して聞いて行くしかない。

 咄嗟の判断で春成はその名を伏せた。

 一人思い当たるが、可能性は極めて低い。

「確かに正月はそういうものだって知ってるよ。まだまだ浸透せず、正月に家族皆の誕生日をおせち料理を食べて祝うって。でも、風伊はそれよりも学びを選んだ。俺だって風伊に頼むつもりはなかった」

 あの靴磨きの少年は今頃どこか――明日には着いている頃か。冬野はちゃんとおせち料理を作るだろうか? 不安だ……。それをその風伊が食べたとしたら? うっかり、上手く隠れることをせず、敢えて堂々と出て行きそうだ、アイツの場合……などと考えていれば。

「何? 誰に訊いた? って聞かないのね?」

 と姉がまた話し掛けて来た。

「聞いて答えてくれるの?」

「ええ、明水あけみよ。これだけは言っておきたかったの。明水はね、なーさま! みたいになりたい! って言って、先日からあたしの所に来てるの」

「姉さんの? それはこの家に? それともあの喫茶店?」

「何? その怪訝そうな顔。大丈夫よ、明水はまだお子様だもの、そんなモダンガールだなんてさせてないわ。喫茶店に少し居させてるだけ」

(良かったぁ……。あの七歳くらいの幼女をあんな所で働かせているのかと思った!)

 一安心した所で春成は思った。

(それを言うってことは――もしかしたら、明水は兄を取られて寂しいのかもしれない。分かるよ、俺だって冬野と一緒に初めての正月を過ごしたかった! それなのに……)

「でも、かい! は忍びとして過ごしているから! って納得していたようだけど」

「そう……」

 ほっとする。

 己の考えを信じるわけではないが、やはり忍びの子。いや、もうそれは過去のものだ。

「優しい言葉の一つも出て来ないのね。安心したわ、やっぱり変わっていなくて」

 それが意味するもの――春成には分かった。

 それが自分だ。

 変わる事のない事実を物語っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る