寒茜

 日々季は何も言わず去ったようだ。

 それで良い。

 少し気にしていた冬野に声を掛け、春成は寒茜かんあかねの広がる外に出た。

 歩いて考えるのはアイツのことだ。

 あそこには正月と書いてあった。

 正月は普段なら忙しいはずなのに、何故?

 ちょっとした時間だけだろうから良いが、本当は行きたくない。

 何をしに来た? と言われるのがオチ。だが、この手紙を書いた人は皆楽しみに待っているという。どういうわけだ? 腑に落ちない。

 はたと気付けば足早な若い着物姿のお嬢さんとすれ違った。

 あれは――。


 何も考えず歩けるのは冬野と歩く時ぐらいか、彼女はおせち料理はどうします? とはまだ言って来ないがそろそろ言って来るだろう。

 自分の生まれた日に年を取り、その日を祝うというのはなかなかに浸透せず、未だに数え年でお正月に全員一つ年を取り、家族皆の誕生日を祝う為におせち料理を食べるというのは続いている。

 そうなると冬野はあの家に帰るのだろうか。

 夢の中で会ったなどと言ったからにはそれを貫き通さなければならないが、現実にそれを見た。

 だが、そう言えば、彼女は何を思うだろうと考えてそんなことを言ってしまったわけだが。

 ふと気付けば、こんな所にこれがあったのか? というような場所に居た。

 誰も居ない寂しい忘れ去られた寺のお堂の前で座り込む一人の男性。

 こちらを見ている。

 知り合いにそっくりだ。

「やあ!」

 と彼は普段はしない挨拶をした。

「お前」

 日々季だった。

「こうして見つかるとはね、奇遇だね」

「どうだか……」

 いともあっさりと見つけたいと思っていた男を発見した春成はそちらに向かって歩を進めた。

 向こうはとても機嫌が良さそうだ。

 自分から声を掛けるなど、それを意味せずに何を意味するのか。

「どうだ? 何の不自由もなく、美味しいご飯は食べられているか?」

「ああ。冬が美味しく調理してくれるからな。冬野が来たばかりの頃に訊いたあの魚もお前らの誰かが密かに置いて行ったんだろ? 冬野はその魚はここに来た時にはすでにあって、使ってはいけなかったのですか? と言っていた。俺はそんな魚を買った覚えがないから、怪しいとは思ったが……。毒はなかったのはこれまで普通に生きて来た自分達が証明してる。あの物々交換の婆さんといい、勝手知ったるお前らの仕業だろう?」

月朋つきほはやらかしてはないと思うけどね。お前の顔を見た瞬間、怖くなったと言っていたよ」

「それでもお前から与えられた任は全うした。だから、逃げるようにここから居なくなったのか? 若いお嬢さんとなって」

「いや、それが彼女本来の姿だ。それにお前と接触したからにはここに置いておく意味がない。お前はすぐに分かったんだろう? のそれだと」

「ああ、お前の配下の事はそんなに詳しくはないが、あれは……」

めろ」

 それ以上言うなという。

 別に恥ずかしい事でもないし、誰しもやる事だ。

 気にする事はないのに日々季はそれに対してなのか、こう言って来た。

「それで、来てくれるんだろ? 忙しくなる正月に、お前の弟のそれをするそうだ」

「まあ、行きたくはないけどな……挨拶だけなら、という所だ。だが、他に用が出来れば行かない」

「そうか、分かった。それだけ分かれば良い。俺達は戻る。あまり無茶をするなよ? 心配をさせる」

「分かってる。それだけはしないさ。そんなことになったら、母さんがまたうるさいからな」

「何かあれば手紙でも送ってくれ。どうにかする」

「ああ」

 日々季はすくっと立ち上がって去って行った。

 誰が見ているか分からないからそこから姿を消すというのはしなかったが、そうなると一人置いておいてほしいものだが。

 まあ、アイツが言っていた手紙でも送れば良いか。時間はまだあるし、アイツの家はうちの家とは違うし、アイツは絶対的に俺の方の人間だしな……そうなったとしてもそれは変わらない。それは覆せない。

 強い信念がそこにはある。だから自分は今、こうしている。

 そういえば、他にも言う事があった。

 その女、月朋を冬野は化け物だと言っていたと書いてやろう。化けは化けでも化け物じゃない。あれは違う化け方だ。由緒正しき、くノ一の家系に生まれた者がする忍術。

 そういえば、冬野は巷で流行っている忍術ごっこの事も日々季に言いたそうだったな……。

 思い出して笑いそうになって来る。

 可笑おかしいと自分が笑える立場じゃないのは分かっているのに笑ってしまう。

 心休まる時もそろそろ終わりか、またアレが暴れるか……。

 その為に結界を強くして改めようとしていたのに。

「面倒だ」

 化け物退治がなければ、もう少し冬野に構ってやれるのに――と思いながら春成も帰途に就いた。

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