藤川の次期当主

雷が怖い冬野

 食後にお茶を淹れる。

 冬の寒い夜だからと油断していた。

 一瞬の強い白い光で気付いてしまった。

「ひあっ!」

「どうした?!」

 その場に居た春成がとても心配した声を出した。

 何でもありません! とは言えなかった。

 お茶の入った湯呑み茶碗はこぼれなかったが、自分的には焦っていた。

 どうしよう! 雨戸を早く閉めたい。

 でも、それは叶わなかった。

 もう一度強い光が見えてしまった。

 その音はもうそれで、またしても感じたくないそれはついに冬野の思い掛けない行動を呼び起こすものとなった。

 また眩しい閃光、音を出す。

 ゴロゴロとうるさい雷だ――。


「冬野?」

 そう戸惑う春成の声にハッとして顔を上げて見れば、もう全てが遅かった。

「冬野、大丈夫か? 震えているが?」

「は、はははははい!!」

 動揺した、離れようとした。

 けれど彼はその手から離さなかった。離してくれなかった。

 どうして自分はこうなるとこうなのだろうか。

 思いっきり今、向き合う春成に冬野はしがみ付いていた。

 乱れた自分の着ている着物が示すことは……。

「あ! あの!! 変な意味はないんですよ!? 本当! 私、ただ……雷が怖くて」

 そう言って、下を向く冬野に春成は笑った。

「子供みたいだな……」

「いえ、理由はちゃんとありまして……。だから、離してください。春成さん!」

 ちゃんとした時にはちゃんと『春成さん』と言うようにしていた冬野を思えばこそ、春成は放したくないと思った。

 こんな機会は二度とないかもしれないと分かっていたからかもしれないが、そのままの状態で話をすることに決めた。

「離して、またくっ付かれるのもな……」

 うっ……という表情、それ以上何も言えなくなったのか、黙って落ち着いたように冬野は口を開く。

「たぶん、大丈夫ですから……」

 本当か? と思いながら放そうか……と思った時、また雷が光った。

「はぅん!!」

「いやいや、冬野さん? 本当に大丈夫ですか?」

 何だか嫌な感じだ……。もっと冷静に言わなくては! もうこの状況じゃ、何をしても無駄だと思うが。

「別にまた……怖くて! 光って、しがみ付いてしまっただけですから!!」

「おー……よく言う、顔をもろに人の体にうずめといて」

「いや~だから離してください! と言ったんです! 早ければ済みますから!」

「何がです?」

「……この状況、楽しんでませんか?」

 墓穴を掘るというのはこういう事か……。

「いえ、楽しんでいませんよ?」

「敬語って、変です。春成さんに敬語なんて使えたんですね?」

「使えますよ、普通に。悪いとは思いますが、ちゃんと理由を教えてくれても良いじゃないですか。きっと、あなたはまたしがみ付く。そうでしょう?」

 見透かされたように言われて、少し頭に来たが、こくんと頷いてしまった。

 当たりだったからだ。

「私、本当に雷が苦手で、呆れましたよね、いつもは釈然としているというか、春成さんに一切手を出させないようにしてるのに」

 心掛けていたのか、冬野はそんなことを言う。

「それで、理由は?」

「……父が、雷落ちて死んだんです。その時、私、目の前に居たらしく……。でも、自分は覚えていないんです。でも、何故か覚えているのでしょうね、小さい時なのに。そんな記憶もない頃なのに……それから母は病気で亡くなりましたけど」

「それで従姉妹の家に?」

「ええ……。だから、離してください。私、別にやましい気持ちであなたにしがみ付いたわけではないので。ただの条件反射です」

「そうですか……。とても良い条件反射だ」

「褒めてもらわなくて結構です。不覚でした……。小さい頃からそうで、従姉妹の家に行ってからはこんな時、こういう風に従姉妹のどちらかにしがみ付いていたものですから……」

「ほ~……興味深い話だ」

「そうですか? 私にはとても恥じな話ですけど」

 もう心がしっかりして来たようだ、離すか……。

 春成がそう思った頃、冬野はまた口を開いた。

「でも、あの、もしまたこういう時は……してしまうと思うんです。こういうの……」

 本当に恥を忍んで言っていると分かるくらいに正直に話す子だった。

「良いですよ、それで冬野が心安らぐなら、いくらでも」

 少しばかり真摯な春成に冬野は目を丸くした。

「大丈夫ですか? 本当に」

「何が?」

「春成さんも雷にびっくりして、いつもの春成さんになれなくなったんじゃないかと……」

 心配されていた。

 こちらの方がびっくりだ。

「いつまでもこうしていてもな、俺が持たん」

 そう言って、冬野を解放したが、正直もう少しそうしていたかった。

「あ~良かった……。あの夜のようにずっとではなくて」

「ずっと? あの夜?」

 はっ! と息を吞む冬野の音が聞こえた。

「どういうことだ? それって……」

「知ってますよ、私、春成さんが初めて私に留守番させて帰って来た日にした事」

「え?」

 それはつまり……。

「ずっと頭を撫でていましたよね? 私の」

「え、あ……」

 気付いた時には遅かった。

「どうしてそんな事したんです?」

 これでは立場が逆だ。

「いや、それは……」

「ずーっと、してくれていましたよね? あの夜、私の部屋にこっそり来て、満足するまで」

「う、嬉しかったんだ! やっと会えて! それで……ずっと見てたら、したくなって……それで」

「どうしたらそうなるんですか?! 分かりません!」

「それが男というものだ」

 それでは解決しないことを春成は知っていた。だが、そう言ってしまった今、どうしたら覆せるだろう。

「いや……もう離したくなくて、守りたかった……それが一番だな」

「はい? どういう意味でしょうか? それは」

「いや、守って行くよ~これから……っていう意思表示であって、冬野に知らせる為にしたわけでは」

「そうでしょうけどね!」

 ますます怒られそうだと悟った春成はすぐさま冬野に謝った。

「気が抜けてた! すまん!!」

 それで終わりにしたくはなかったが、自分も自分でやらかしてしまった経緯がある。

 それに免じて冬野はもう何も言わないことにした。

 代わりに、こう言った。

「分かりました。でも、私はたぶんまたやるので、その時はよろしくお願いします。春さんを信じて私は言っていますからね!」

 自分ばかり……という目で春成は冬野を見たが、素知らぬ顔で冬野はそれをかわした。

 幼い頃の習慣はとても変えられそうにないのを冬野自身、一番分かっていたからだ。

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