猫をかぶったネコ

「よし、完璧……にゃ!」


 鏡の前で、せいいっぱいのキメ顔を見せる一匹のネコ。

 ていねいにブラッシングした三色の毛並みを確認してから、震える手で家のドアを閉めます。


「今日こそあの子に告白する、にゃ!」


 向かうのは雑木林ぞうきばやしの中にある、古くて小さいお寺。


 賽銭箱さいせんばこの隣には、今日も白いネコが座っていました。

 揃えた前足は姿勢が良く、毛足はシルクのようにツヤツヤ。パッチリとした青いひとみのネコです。


 出会ったのは一か月前。好きな本の話題から話が弾み、楽しそうに語る声にかれて好きになったのです。


 三毛ネコは白いネコの隣に座ると、一輪のお花を差し出しました。

 おこづかいを貯めて買ったチューリップです。


「よかったらボクと、おいしいミルクを飲みに行きませんか! にゃ!!」


「ごめんなさいにゃ」


 あっさりと返ってきた言葉に、三毛ネコは涙を抑えて聞き返します。


「なんでダメなの……?」


「猫を被っているからにゃ」


 白いネコは音もなく立つと、ゆっくり林の中に消えていきました。



 翌日。フラれた話をクラスメイトのキツネに話すと、けらけらと笑われました。


「なんだよ『にゃ』って。お前そんな話し方したことねえだろ。気持ち悪いな」


「カッコつけたかったんだ。ちゃんとした猫だって見せたくて……」


「そんな芝居に馬鹿されるやつぁいねえよ。付き合ったら化けの皮なんて剥がれるんだ。騙すなら完璧に化けろ。それができなきゃ、最初から猫なんて被るな」


 話したあと、キツネが売店でいちごミルクを奢ってくれました。

 なんだか、いつもより味が薄い。そんな気がします。

 


 学校の帰り道。三毛ネコは土手に流れる川を覗き込みました。

 映るのはイケメンとは程遠い、冴えない見た目。テストの点数も良くないし、かけっこだって早くない。自分に自信なんて持てません。


 それでも浮かんでくるのは、好きな相手と話した時間。

 白いネコに対する想いは、ずっと心に残ったままです。

 

「カッコつけてもダメ……だったら今度は、ありのままで告白しよう!」


 三毛ネコはいても立ってもいられず、雑木林に向かいます。

 お寺に到着すると、目つきのとがったオオカミが白いネコに絡んでいました。


「こ、こわい……でも助けに行かなきゃ! やあー!」


 三毛ネコは飛びかかりましたが、紙ふうせんのように跳ね飛ばされます。

 そのとき、白いネコの手がもこもこと膨れて、ゾウのように太くなり、オオカミを一撃で林の奥に吹き飛ばしました。


 元に戻った白いネコが、驚いている三毛ネコに話しかけます。


「助けてくれてありがとうにゃ。でも見たでしょ? だから……さよならにゃ」


「待って! これ、受け取ってください」


 三毛ネコは四葉のクローバーを差し出しました。土手で偶然見つけたものです。


「今のはびっくりしたけど……それでも、よかったら僕と、公園でお散歩してくれませんか?」


「……ごめんなさいにゃ」


 白いネコはしゅんとして答えました。


「私は、あなたが思っているような猫じゃないにゃ」


「君も猫を被っていたから? 大丈夫、僕も被っていたんだからお互い様だよ」


「ちがうにゃ。本当に被っているにゃ」


「……どういうこと?」


 悲しそうな白いネコから煙がもくもくと立ち上り、ぽん、と音が鳴ります。


「ごめんなさい。私……本当はタヌキなの」


 煙が晴れると、ころりと丸い体が現れました。


「私はぽっちゃりしてるし、毛並みもくしゅくしゅして可愛くないから、キレイなネコに化けていたの。今まで騙していてごめんなさい」


 タヌキがすんすんとこぼす涙を、三毛ネコの肉球が受け止めます。


「猫でも狸でも関係ないよ。君が好きなんだ。だからもっと、君のこと知りたいな」


 柔らかなオレンジ色に包まれた夕暮れ。四葉のクローバーを握る手が、そっと重なりました。


<終>

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