そんなあの子は鬼娘《オーガール》

 俺は知っている。

 彼女が『鬼』であることを。


「お前らぁ!サボってないで掃除しろぉ!!」


 教室内に轟く咆哮。左手一本で椅子を軽々と掲げ、遊んでいる男子を追いかけ回している。


 そんな彼女の名前は男鹿おが香菜子かなこ


 父親は昔「鬼」と呼ばれた有名なレスリング選手。

 その血を引いて、厳しく育てられた娘もまた、去年の中学生レスリングの全国大会で準優勝を果たした。


 力が強くて、気が強くて、口調が強い。

 三拍子そろった性格のせいで、いつからか、西洋の鬼とかけて「オーガ」とか「金棒カナゴン」なんて呼ばれるようになった。今の様子じゃ、否定はできない。


 右手にも椅子を持って怒り狂う鬼を眺めながら、俺は窓際で今日の日誌を書く。

 換気をするために入ってくる二月の風は猛烈に冷たい。

 それでも、サボリ男子どものとばっちりを食らうよりマシだ。


 あっ。


 逃げ回っていた一人が俺にぶつかり、手の中からシャープペンが飛び出した。

 四階からフライハイして、校舎裏の池にポチャリ。


 マジか……。


 池の前まで降りてきた俺は、腕をまくり、靴に指をかける。


「ちょっと、まさか入る気!? いま二月よ!?」


 追いかけてきた香菜子にシャープペンが落ちたと伝えて、池に足をつっこむ。


 ……ッッ!!!


 極寒の電流が、足から頭のてっぺんまで一気に駆け上がった。


 思ってたよりすげぇ冷たい……!


「早く出なさい! 聞こえないの!? 国語のテストが十八点でも日本語分かるでしょ!」


 個人情報を開示され続けても、俺は池の中を探した。

 いよいよ小学校のつうしんぼまでバラされそうだという直前で、ようやくシャープペンを見つける。よかった。


 陸地に上がっても、香菜子の責め苦は終わらない。


「頭悪すぎる! 風邪引いても知らないから! そんな古くて安いシャープペン、また買えばいいだけでしょ!?」


 値段は知らないけど、そういうわけにもいかない。

 お前のせいじゃないと言って、俺は教室に戻った。


 翌日、俺はおでこにタオルを載せて、ベッドの中で天井を見つめていた。

 これは……絶対にめちゃめちゃ怒られるぞ……。


 予想はその日の夕方に的中した。


「だから言ったじゃない!」


 ベッドの隣で香菜子の説教が始まった。宿題やノートの写しを持ってきてくれたのは感謝するから、そろそろ寝かせてくれ。


「最高気温が何度か教えたよね! 一桁の数字も理解できないの!? シャープペンなんて他に持ってるんだから困らないでしょ! 短絡的! 考えなし! そういうところ昔から理解不能! 言ってる意味分かる? 馬鹿すぎるって言ってんの!」


 顔を真っ赤にして、八重歯を尖らせて、怒鳴り散らす。


「どうして取りに言ったの!!」


 お前がくれた誕生日プレゼントだからだよ。


 布団の中から伸ばした指先で、鬼の目に溜まった涙を拭ってやる。


「信じらんない……ほんとばか……。二度としないでよね……」


 俺は知っている。

 彼女が『鬼』であることを。


 口が悪くて、気持ちを素直に言えない、ひねくれ者。


 そんな彼女は『天邪鬼あまのじゃく』。

 厳格な親に弱音を取り上げられ、強い言葉しか吐けなくなった、本当は優しい女の子。


「……なんでニヤニヤしてるの。きしょい」


 別に。

 かわいい鬼だな、って思っていただけだよ。


〈終〉

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