重罪勇者ハ異世界ニ狂フ

「なんで……なんでこんな世界になっちゃったんだよっ!」


 息も切れ切れに、それでも僕は走り続ける。

 あいつらに捕まったら人生の終わりだ……!


 背後から無数の足音。追跡者たちが迫ってきた。

 街の人々は白昼の逃走劇を見向きもせず、手元の端末に神経を注ぐ。


「お前ら現実見ろよ!」


 追跡者との距離が縮まる。

 引きこもり中学生のステータスじゃ、奴らに太刀打ちできるわけもない。


 きっとこれは悪夢なんだ……負けイベントなんだ。とにかく逃げるしかない!


 ビルの隙間に飛び込み、入り組むダンジョンのような路地裏を駆ける。


 錆びついたドアが目に入った。

 僕はとっさに飛び込む。


 薄暗い室内。都合がいい。

 物陰に隠れて、乱れた息を押し殺す。


 ……すべては『あの日』のせいだ。

 

 僕はこんな世界、望んでなかった。

 こんな国が存在するわけがない。

 あり得ない、リアルじゃない、みんな狂ってる……!


「そうだ……僕は事故で異世界に転生してきたんだ。そうに違いない。そうじゃなきゃ……こんな目にあっていない……!」


 破裂音が響く。

 ドアが破られ、たくさんの追跡者が押し寄せる。


 駄目だ。もう、逃げられない。


 僕は拘束された。

 ゲームオーバーだ。



 この国が異世界と化したのは、三年前に施行された『法律』が原因だった。


 ゲーム産業の著しい発展に伴い、政府も海外向け政策の一環として資金を援助。

 結果として、この国の経済を支えるコンテンツとなった。


 同時に中毒性の高い文化としても国内に広がり、みんながゲームを最優先にして生きるようになる。


 すべての中心がゲームになった。

 生活も、仕事も、人間関係も、争いの火種も。


 だから新たな法律が生まれた。


 僕だってゲームは大好きだ。

 でもそれは、リアルの世界を侵食するものじゃない……そう思っていたのに。


 新しいルールは、現実と空想の垣根を曖昧にした。


 そのせいで僕は罪を背負う。


 

 公園で友達と対戦ゲームをしていたときだ。


 僕が何百時間と費やし、育てたキャラクターは、あっさりと負けてしまった。

 寝る間も惜しんで育成した、努力の集大成だったのに。


 泣いてしまった僕はさんざん馬鹿にされて、笑われて、悔しくて、腹立たしくて……それで相手のゲーム機を叩き落としてしまった。


 気づいたら走っていた。


 捕まれば、狂ったルールに裁かれる。


 それが怖かったから、路地裏で拘束されても叫び続けた。


 こんな世界はありえない、と。



 逮捕から二か月後。

 僕は法廷で裁判官の無慈悲な声を聞いていた。


 被告人に対するセーブデータ消失事件について、次の通り判決を言い渡します。

 主文、被告人を懲役九年に処す。


 僕が叩いた衝撃で消してしまったのは、千時間以上を費やした育成データ。それが三つだ。データコピーできないゲームで、復元も不可能。


 二度とキャラクターは戻ってこないし、失った時間は取り戻せない。

 だからこそ、セーブデータ消失は重罪とされた。


 僕が罪を償うあいだ、国のゲームテクノロジーは発展し続けた。


 ネットワークの進化に伴い、通信対戦は有線から無線へ。

 数年後、オンライン上での記録保存が可能になった。

 データ保管の安全性は高まり、物理媒体だけに記録を残すことはなくなる。


 やがてセーブデータ消失に関する法律は廃止された。

 必要なくなったから。


 けれど罪は消えない。


 だから信じている。

 この独房の中で。


「僕は異世界に転生したんだ……この狂った世界を救う勇者なんだ……はは、あはハ、はハハ……!」


<終>

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