てるてる坊主のジレンマ

 窓ガラスに映る姿を見て、私はてるてる坊主なのだと認識した。

 生まれ持った使命を理解すれば、疑問は何も浮かばない。


 頼りない細糸ほそいとでぶら下がる私は、下手な顔で笑っていた。

 何がそんなに楽しいのか。


 からっ風に吹かれて、全身がくるくると回る。

 雲ひとつない空と眩しい太陽、点々と建つ茅葺かやぶき屋根の家。土地の大部分を占める田んぼには、喜怒哀楽を描いた大きな仮面が設置されている。独特の害獣対策だ。


「やあ。素敵なてるてる坊主さん。はじめましてだね」


 上から挨拶をしてきたのはスマートなくちばしを持ったツバメさんだった。軒先に住んでいるらしい。


「これからはご近所同士だ。できることがあれば、何なりと言っておくれ」


 それから近場に生息する方々が挨拶に来てくれた。どなたも感じがよく、毎日挨拶に来てくれる。

 恵まれた場所に吊るされたものだ。


 空は快晴が続く。

 私は己の使命を全うしていることに安心した。

 晴天を呼ばないてるてる坊主に存在価値はない。


 数日が経ち、田んぼの地割れはひどくなる一方だ。何日も雨が降らないため、土地が干からびている。

 緑の稲たちは一様に肩を落とし、暑さと干ばつの苦しさに耐えていた。


「おはよう。てるてる坊主さん」


 軒下からカエルさんが顔を出す。いつも穏やかで物腰が柔らかい方だ。


「毎日いい天気だねえ。ただこの体には少し、暑いかな。ははは……」


 日ごとやせ細る身体を引きずり、人間が撒き水をした木陰の土壌で青空を見上げる。


 私は高みから、カエルさんの大きな瞳に浮かぶ願いを感じ取っていた。


 今日は突き刺すような日差しだ。遠くのあぜ道が炎のように揺らめいて見える。

 挨拶に訪れる方はいなくなった。みなさん無事だろうか。

 心配とは裏腹に、私はいびつな笑顔で乾く世界を見つめるしかない。


「おはよう……てるてる坊主さん」


 カエルさんの優しい声は、その身体と同じくしわがれていた。


「きっと、これが最後の挨拶だ……みんなと同じ場所に行ってくるよ。こんな自分に毎日笑顔を向けてくれて……どうもありがとう」


 絞り出すような感謝を聞き、私は決意した。


「ツバメさん、ツバメさん。どうかお願いがあります」


「どうしたんだい、てるてる坊主さん」


 軒先の巣から、ツバメさんがすっと顔を出す。


「どうか私の糸を、そのくちばしで切ってください」


「何を言っているんだい、そんなことをしたらキミは地面に落ちてしまう」


「いいのです。この数日、ずっと考えていたことですから」


 何日も続く日照りは私のせいに違いない。私が使命を全うしているから。

 それは同時に世界から命を奪っていく行為でもある。


 窓ガラスに映る自分の笑顔が、たまらなく憎らしい。


「自分の存在が心苦しいのです。望まぬ世界に仕立てる私を誰も責めず、優しく接してくださる。一方的に与えられ、奪い続ける自分が許せないのです」


 地面に落ちたてるてる坊主なんて縁起が悪い。二度と吊るさず処分されるだろう。

 それでいい。


「……分かった」


 ツバメさんは巣から出て、私を吊るす細糸を食いちぎった。


 ぱさり。

 生きる意味を捨てた音は、あっけない。


 見上げる空にみるみる雲が渦巻く。

 やがてぽたり、ぽたりと恵みの音が響き、世界に幸福が降り注いだ。


 どんどん重くなる身体のそばで、カエルさんが感謝を述べていた。もったいない言葉が沁みていく。


 家の中から小さな人間が出てきた。歌い踊りながら空に手を伸ばしている。

 それから私を拾い上げ、こう言った。


「てるてる坊主さん、雨をふらせてくれて、ありがとお!」


 のちに私は言葉の意味を知る。


 この村には「てるてる坊主が地面に落ちると雨を呼ぶ」という風習があるらしい。

 だから私は、晴れているのに吊るされたのだ。


 本当の使命を果たした私は今、家の神棚に置かれている。

 雨をもたらす“縁起の良い”てるてる坊主として。


 雨音に混じり、外からカエルさんの歌声が響いてくる。

 楽しそうな音色に、私は心から笑顔を浮かべた。


<終>

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