あこがれのおまわりさん

 いつもより駅前がにぎやかだと思ったら、今日は祝日だった。

 たしか……子どもの幸せと成長を願う日だったかな? 由来は覚えていない。


 そらを見上げれば、魚の親子が気持ちよさそうに泳いでいる。色とりどりの模様がきれいだ。


 平和な雰囲気に当てられて、私は大きく伸びをする。

 交番のおまわりさんにとって、今は理想の世界だ。

 今日もこのまま、仕事をしないで帰りたい……なんてね。


 道行く家族連れを眺めていると、ぴゆぴゆと泣いている男の子がやってきた。

 旅行の途中でパパやママとはぐれてしまったらしい。これだけの混雑だ、無理もない。


 男の子をなだめて、名前やはぐれた場所を尋ねる。両親との連絡手段がなかったので、交番で保護して待つしかない。

 おそらく親御さんも探しているはずだ。すぐに来てくれるだろう。


 男の子と話していると、将来はおまわりさんになりたいと教えてくれた。


 悪いヤツをたくさん捕まえて、この銀河を守りたいんだっ。


 やんちゃな身体から熱を吹き出し、腕をぶんぶんと振りまわす。


 うん、うん。わかるなあ。

 私も昔はテレビを観て、同じことを考えていた。

 いつの時代も、男の子はヒーローに憧れるもの。


 だけど今の仕事に就いて分かった。


 おまわりさんが何もしないということは、困っている人がいない証拠だ。

 だから空を眺めて一日が終わる。これが理想。

 仕事をしないでお金がもらえるなんて、最高じゃないか。


 ……なんて話をして、男の子をがっかりさせる気はない。

 私は、正義の味方のひとりとして伝えた。


「君は悪いやつになんて負けやしない、銀河のヒーローになれるよ」


 男の子の大きな目が、一等星みたいに輝く。

 今日は子供の成長を願う日だ。未来への希望は育てないとね。


 ふいに悲鳴が聞こえてきた。私は交番を飛び出す。

 ピンク色のバッグを抱えた男が、大通りの雑踏を乱暴に走っていく。離れた場所には座り込む女性。

 引ったくりだ。


 素早く銃を構えたが、ここから撃てば無関係な命を巻き込む。

 だから地面を蹴って空へ飛ぶ。体は放たれた弾丸のように大気を裂く。逃げる男の真上まで来ると、今度は一気に急降下。


 気づいた男は、ギザギザの口を大きく開けて火を吹いてきた。私は全身の皮膚を分厚くしながら飛び込み、そのまま男に体当り。手足と口をいっぺんに抑え込むと、男は抵抗を諦めた。


 ひったくり犯は拘束、誰にも怪我はない。バッグを女性に返して一件落着だ。


 交番に戻ると、興奮した男の子が私を迎えてくれた。何度も足踏みして地面が揺れる。

 街の平和と一緒に、小さな夢も守ることができたようだ。


 ほどなく男の子の両親が訪れ、引き取られていった。

 私は幸せと成長を願って見送る。

 小さな背中に生えた翼と、頭の角に、銀河の未来を託して。


 駅からアナウンスが流れ、ゆっくりと大型船が降りてくる。

 小惑星を経由して、天王星からやってきた船だ。


 宇宙そらを見上げれば、魚の親子連れが気持ちよく遊泳していた。メタリックの鱗が恒星の輝きを散らして、黒い砂漠に虹をまぶす。


 遠くの公園では、子どもたちが触手を絡ませてじゃれあっていた。目からレーザー光線を発射する子もいて、とても楽しそうに遊んでいる。


 先ほど男の子に言われた言葉を思い出す。


 いつかおまわりさんみたいなヒーローになるから。


「私がヒーローね……いやぁ、はははっ」


 妙にくすぐったくなり、私は十四本の腕で全身を掻きむしった。


<終>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る