朗読シナリオ一覧

One-shot Lover!

 バレンタインは一撃必殺。私はこの瞬間にすべてを賭ける。


 男子なら誰だって今日という日を意識しているはず。その隙をついて、絶対に彼を落としてみせるんだから!


 私の通う道場の先生も言っていた。「鉄壁の守りでも、懐に入れば勝機が見える」と。チャンスはある。

 柱の影で息をひそめ、廊下の窓を閉める彼をうかがう。

 一年B組、風間良樹かざまよしきくん。夕陽に照らされた横顔がカッコいい。

 誕生日は十一月七日。出席番号十二番。得意科目は国語と家庭科。趣味は読書と占い。好きな食べ物はツナレタスサンドと緑茶。高校から家まで徒歩で片道十七分。他にも身長体重上履きのサイズだって調査済み。


 「まず己を知り、相手を知ること」試合の前から勝負は始まっている。


 風間くんは体育祭で初めて見たときから気になっていた。友達は「目立たないし冴えない顔」って言ってたけど、ライバルが少ないなら好都合だ。


 青いラッピングの箱をぎゅっと抱きしめる。

 不器用なりに一生懸命作った、愛情たっぷりのチョコレート。


 お菓子作りは得意じゃない。子どもの頃から同じ道場に通っている圭祐けいすけに味見させたら「並みの男は気絶する」って雑巾のしぼり汁を飲んだような顔で訴えてきた。

 ひどい、次に組手をしたときは秒で沈めてやるんだから。


 私はがさつだし、頭も悪いし、可愛くない。

 でも風間くんを好きな気持ちは誰にも負けない。


 私は心の黒帯をぎゅっと締めて、憧れの人を見る。

 風間くんはかがんで靴ひもを結び始めた。


 チャンス! 背中がガラ空き!


 私は無防備な背後に向かって一歩を踏み出し――素早く元の位置に戻る。


 風間くんの前に現れた女子が、豪華な金色の箱を差し出した。

 あの子はC組の山城直美やましろなおみ、家が大病院でお金持ちのお嬢様! まさか風間くんを狙うだなんて。庶民なんて眼中になさそうな顔しているのに。


 戸惑う私の耳に、扉を開ける音が聞こえた。近くの教室から出てきた女子が、懐から上品な朱色の箱を取り出す。

 そんな、D組の佐々木静香ささきしずか⁉ 雑誌のモデルをしていて料理も上手いと評判の子がどうして……絶対に面食いだと思っていたのに。


 強敵の登場に焦った私は飛び出した。


 「これ、受け取ってください!」


 風間くんの前に両手を伸ばすと、ライバルたちが「校内で噂のストーカー女」と言って私をけん制してくる。だけど武道で鍛えたメンタルは、そんな言葉じゃくじけない。


 金色、朱色、青の箱が一人の男子を囲む。

 ゆっくりと立ち上がった風間君は、私のチョコレートに手を伸ばす。


 よし!

 今日のさそり座のラッキーカラーを選んで正解だった。占いが好きならきっと興味を示すと思ったから。


 勝利を確信した直後、彼の手は止まり、何か思い出したように離れていく。

 そして衝撃の一言。


 ごめん、先週のテレビで『二月は甘いものとショートカットの女性が運気を下げる』って言ってたんだ。


 同時にひざを崩す女子三人。風間くんはにこやかに私の横をすり抜け、玄関の方へと消えていった。


 私だって伸ばしたいけど空手の邪魔だからムリだもん……何チャンの番組よ……もう絶対見ない……。


 ライバルたちが去った後も、私は廊下に立ち尽くしていた。

 敗北感と行き場のないチョコレートを抱えて。


 背後に圭祐が立っていた。病院送りが出なくてよかったなと笑っている。今なら人生最速の正拳突きを撃てる気がした。


 構えるより早く、圭祐は私の手から箱を奪う。いびつな形のチョコレートをひと口で全部食べると、こう言った。


 苦いチョコも、頑張り屋で真っすぐなお前も、俺は好きだよ。


 ごつごつとした人差し指が、頬を伝う涙をぬぐう。

 その優しい目を見た瞬間——私は落ちた。


 <終>

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