Report32. 黄色い雪と赤い雨

エルト王国正門前、魔法を使うことができないエルト兵士たちは、ジリジリと後退を強いられていた。


「マーク!ラス!そっちは大丈夫か!?」


そんな中、ディストリア兵士たちを蹴散らしながらイサミが応援に駆けつける。


マークは盾を構えながら、イサミに現状を報告する。


「ああ!何とかな!幸いにもまだ全員無事だ!だが、もうこれ以上は持ちそうにない!後は頼めるか!?」


マークの問いにイサミは力強く頷いた。


「もちろんだ。よくここまで引きつけてくれた。さあ!全員門の内側に入るんだ!」


イサミの号令を皮切りにエルト兵士たちは一斉にエルト王国内部へと退却を開始する。


「誰が逃すかよ!待てコラァ!」


一人のディストリア兵士が退却するエルト兵士に向かって火炎球を放つ。


しかし──


バシィッ!


イサミは片手でその球をいとも簡単に弾いてみせた。


「お前らの相手はこの俺だ。まとめてかかって来い。」


「この…馬鹿にすんじゃねえ!」


ディストリア兵士たちは、イサミに向かってありとあらゆる攻撃魔法を繰り出す。


「そうだ、それで良い。」


イサミはニヤリと笑うと、ヒラリヒラリと攻撃魔法をかわしていく。


そしてMODE-Fighterの脚力を生かして、あっという間に敵との距離を詰め、得意な接近戦へと持ち込むのであった。


「意識断絶拳。」


「がっ…く……は。」


イサミは、ハリルにも使った技でディストリア兵士の一人を気絶させる。


それを見たディストリア兵士たちは戦慄し、再びイサミに攻撃を仕掛ける。


だが、


「あ…当たらない!くそっ!全然魔法が当たらないじゃないかっ!なんなんだよ、こいつ……かはっ!」


敵の背後を取ったイサミは、瞬く間にもう一人のディストリア兵士を気絶させるのであった。


その時、城壁の上からラスの声がイサミの耳に入ってくる。


「イサミさん!エルト兵全員退却完了ッス!やっちゃいますよ!」


ラスの確認にイサミは大きく頷いた。


「ああ!頼む!やってくれラス!」


イサミからの承認をもらったラスは、中身がパンパンに入っている大きな麻袋を背後から取り出し、その口を開ける。


「んじゃ、リーゼロッテさん!行きますッスよ!」


「はいは~い。いつでもどうぞ~♪」


ラスの合図に、風の召喚獣であるリーゼロッテがどこからともなく現れる。


「そぉーーーーーーれッス!」


掛け声とともに、ラスは城壁の上から麻袋の中身を思い切りぶちまけた。


麻袋の中身には黄色い粉が大量に入っていた。


それを高所からぶちまけたことにより、辺り一帯は黄色い雪が降っているかのような景色に様変わりするのであった。


「さて、私の出番ね!さあさあ、風ちゃんたち!あそこのわるーーい兵隊さんたち目がけて吹くのよー♪」


リーゼロッテの合図によって、ディストリア兵士たちとイサミがいる場所に向かって風が吹き始める。


その風は、ぶちまけた黄色い粉を多量に含みながら吹いていた。

やがて、その黄色い風がイサミたちのいる場所へと到達する。


「ぐあっ…なんだ…この黄色い…こ…な……は…?」


その粉を吸ってしまったディストリア兵士は黒い煙を吐きながら倒れた。

一人、そしてまた一人とディストリア兵士たちは煙を吐きながら倒れていき、最終的に戦闘を行っていた場所では、イサミ一人だけが立っているのであった。


「や…やったッス!レーム茸の胞子でシビレ作戦大成功ッス!」


「うんうん♪これで、敵の兵士たちを一網打尽にできたわね!」


ラスは満面の笑みを浮かべながら、大きくガッツポーズをする。

その横でリーゼロッテも頷き、ラスと一緒に喜びを分かち合うのであった。


一方で、大喜びをしているラスたちを現場から見ていたイサミは小さく微笑んだ。


レーム茸の胞子を吸い込んだディストリア兵士たちは漏れなく麻痺状態に陥っており、誰一人として動くことはなかった。


「……流石に、ガーレンのように復活する奴はいないか。さて、後はこの麻痺したディストリア兵士たちをエルステラ王とメアリーの次元空間に閉じ込めて捕縛する手筈になっているが……どうした?何か手間取っているのか?」


イサミは、ラスたちのいる城壁より更に後方にあるエルト城のバルコニーをじっと見つめる。

そして、あることに気づいたイサミに衝撃が走る。


「エルステラ王が…いないだと…!?」


そこで陣頭指揮を執っているはずのエルステラがいなかった。


何か嫌な予感がする。


そう思った時には、イサミの足はもうエルト城に向かって走り始めていた。


頼むから杞憂であってくれ。


そう願いながら、イサミはスピードのギアを更にもう一段上げるのであった。



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イサミが異変に気付く数分前、エルステラはエルト城のバルコニーから、レーム茸の麻痺作戦が成功したことを確認していた。


「うむ、これで残存勢力も無力化できたな。それにしてもイサミ……あやつは大した男だ。使ということを見越して、魔法に頼らず敵を一網打尽にする作戦を立てたのだからな。あやつがいなければ、このエルトは滅んでいたやもしれぬな。」


エルステラは苦笑いを浮かべた後、気を引き締める為自身の両頬をピシャリと叩いた。


「さて、後は我らの仕事だな。メアリーと共に空間魔法を使い、あやつらを閉じ込めねば。む?はて、メアリーは一体どこに行ったのだ?」


エルステラは、共に空間魔法を使う妹のメアリーがいないことに気づき、王の間をキョロキョロと探し回る。


「お待たせ。姉さん。」


大扉を開けて王の間に入ってきたのは、メアリーであった。


「おお!どこに行ってたんだメアリー。今しがたイサミが例の作戦を成功させた所だ。さあ、後は我々の仕事だ。一緒に空間を開く準備をするぞ。」


魔法の準備を促すエルステラに対して、メアリーは静かに首を横に振る。


「それは出来ないわぁ、姉さん。」


「おい、冗談を言っている場合ではないぞ、メアリー。イサミとエルト兵たちがここまで頑張ってくれたんだ。それに応えるのが王の務めってものだ。さあ、早くやってしまおう。」


「姉さん…あなたはもうたくさんの人たちの期待に応える必要はないの。



だって───



あなたはここで死ぬんだから。




クスッと笑ったメアリーはローブの内側から素早く拳銃を抜き、何の躊躇もなく引き金を引く。




パンッ───!




乾いた破裂音が王の間に響き渡る。


メアリーの放った弾丸は、エルステラの左胸を貫いていた。


その撃ち抜かれた胸からは血飛沫が舞い、辺り一帯を赤く染める。


「ど……して…。メ…アリー……。」


「さようなら、姉さん。」


薄れゆく意識の中、エルステラの目には返り血を浴びながら虚ろな笑みを浮かべる愛しい妹の顔が映る。




それが、エルステラの見た最期の光景となった。

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