第14話 奴隷解放!

 焔の古代竜サラマンダーを倒し終えると、俺たちはそのまま前にある扉から出ていく。

 廊下が広がっており、血判の地図ブラッディ・マップを見ると、左に奴隷部屋がある。

「奴隷を解放したい」

 俺がそう告げると、立ち止まる一同。

「本気? この国は奴隷の売買で成り立っている国よ?」

「そうじゃ。奴隷が農家の人手不足を、採掘の手助けをしておるのじゃ。そうおいそれと解放できるものじゃないのう」

「そうなの? アイラにはよく分からない☆」

 やはり、この世界と日本とでは価値観が違うらしい。

 しかし、人身売買か。どこかの国で、そんなこともあったっけ。

「しかたない。俺一人でも奴隷を解放する」

 俺は走り出し、奴隷の収容されている部屋を開ける。

「一人じゃ無理じゃ」

 そう言ってアイシアも後ろについてくる。

「アイラも手伝う☆」

「しかたありませんね。私も行きます」

「アイラ……。それにソフィアまで」

 感慨にふけっていると、アイシアがせっつく。

「ほれ。はよういかんか」

「ああ。分かったよ」

 ドアを開けるとそこには鉄格子に押し込められた奴隷の姿が見える。

 相変わらず門番はいず、汚いトイレと、一緒にあるベッド。ハエが飛び回り、周囲には鼻につく匂いを漂わせている。

 衛生管理の行き届いていない部屋にいるのはまだ一桁の子どもたち。

 俺は鍵を探して回るが見当たらない。

 通路の奥からじゃらじゃらと金属の鎖を打ち鳴らす音が聞こえてくる。

「監視はあいつだけか?」

「そうかもしれないわね。どうします?」

 ソフィアが俺に意見を求めてくる。

 確かに俺が先手必勝で倒すこともできるだろう。

 なら、

「俺が先攻する。幻惑魔法で奴隷に成り代わる。追ってきた敵を両脇から仕留めてくれ」

「……分かったのう」

「その覚悟、見届けた」

「分かったの☆」

 三人とも頷いてくれたから、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 幻惑魔法をかけ、俺は奥の部屋に向かう。

 その先に聞こえてくる鎖の音。

 本来なら行きたくないのだが、俺だって男だ。根性を見せてやる。

 ドアを開けると、そこには大男が一人。

「なんじゃ、お前さん」

 その大男と目が合うと、一つ目のそいつは鎖のついた鉄球を手にする。

 ――マズい。

 直感でそう思い、俺はドアを閉じる。

 と、同時。

 扉は破壊され、奥の部屋から鉄球が投げ込まれる。

「ぐっ」

 痛みで幻惑が解けてしまった。

「なんじゃらほい。もしかして魔法か? そごいもんだのう」

 大男――一つ目巨人サイクロプスが廊下を走り出す。

 俺は慌てて逃げるが、足が痛む。どこか怪我をしてしまったらしい。

 うまく走れない。

 その巨漢では通り抜けられまい。

 ポイントにたどり着くと反転。氷柱針を放つ。

 横合いから水流弾と、矢、拳が降り注ぐ。

「な、なんだ? こいつら!」

 サイクロプスは驚いたような声を上げ、集中砲火を浴びる。

 目を煌めかせ、放つレーザー。

 それをかわすが、衣服の一部が溶ける。

「気をつけろ! 奴の目は危険だ!」

「なら、目から潰すね☆」

 アイラが立体機動をとり、サイクロプスの正面に現れる。そして、その目に拳を振り下ろす。

 かわすサイクロプスだが、その目には矢が貫かれた。

 断末魔に似た悲鳴を上げるサイクロプス。

 だが、その巨漢から繰り出されるパンチはそうとうなパワーがある。

 その一振りに触れてしまったのがアイラだった……。

「ぎゃ」

 小さな悲鳴と共に壁にめり込むアイラ。

「アイラ……!」

 なんて不運な。

 たまたま振り下ろしたところにアイラがいるなんて。

 目を潰されたサイクロプスには目標を定めることなんてできないのに。

 俺は怒りのあまり氷柱針を連発する。

 何度も繰り返される詠唱。

 もう耳にこびりついたその言葉には怒りがにじんでいた。

「やめろ。ジューイチ!」

 近くにいたアイシアとソフィアを気にしていなかった。

 すぐに攻撃をやめ、二人が待避できる場所を確保する。

 ソフィアに抱きかかえられたアイラは俺の後ろに来る。

 それを見届けてから魔法を連発する。

 無尽蔵。

 その能力により、俺は魔力が枯渇することなく永延と打ち続けられる。

 自分の精神が参ってしまわない限りは。

 連射していくと痛みでうめき、両脇の鉄格子にぶつかり、頭を抱えるサイクロプス。

 俺の連射にも耐え抜いてきたが、そろそろ終わりだ。

 倒れ込み、こちらに頭を向ける。

 俺はもらっていた短剣でその首を切り落とす。

 包丁で魚の骨を砕くみたいで、引っかかりを覚えたが、なんとか切り落とした。

「とったどー!」

 俺はそんなかけ声を上げ、サイクロプスが腰にぶら下げていた鍵を手にする。

 こうしたモンスターならあまり罪悪感がないな。

 鍵を手にして、奴隷一人一人を解放していく。

「ありがとうございます」

「なに、礼なんて言ってんだよ!」

 一人の奴隷がお礼を述べていると、他の奴隷が食ってかかる。

「これでおれたち行き場を失った。役目も、生きる理由もなくなった」

「なんでそうなる!? 自由の身だぞ。俺たちと同じ」

「だから、おれらみたいな奴らは食っていける場所なんてないんだよ。おれたち、明日からどう過ごせばいいだよ……」

 諦観と困惑で奴隷たちは一杯一杯だった。

「仕事がないんだよ。生きる知恵をくれよ」

 最後に吐き捨てるように言うと、奴隷はその場から動こうとはしない。

「市民権も、商売のやり方も、ましてや生きる意味もない。そんな彼ら奴隷は解放できたのじゃな?」

 アイシアが冷笑を浮かべ、俺を見下す。

「…………」

 長い沈黙だった。

「俺は搾取される側の人間ではいたくない」

「それはお主の考えじゃな。奴隷の意見ではない」

「それは! そうだけど……」

 まさか自ら奴隷で居続けるなんて。

 俺には考えられなかった。

 うまいメシも、酒もある。そんな世界を知らずに生きていく。それはどれほど、損をしているのか。

 もしも、もしも彼らが自分の生きがいを見つけてくれさえすれば……。

 でも二十数年間生きてきた俺でさえ、生きがいが分からないのだ。

 それを僅か数年の子どもたちが理解できるはずもない。

 俺は、どこで間違えたのだろう。

 奴隷部屋を後にすると、階段をひたすらあがる。

「これってどこに続いているんだ?」

「王宮。そのプライベート空間」

 血判の地図ブラッディ・マップを広げ、一応確認している。

「つまりは王の私室じゃな」

「私室、か。そこで暗殺するだな」

「ああ。お主の幻惑魔法を使わせてもらいたい」

 アイシアには殺すまでの算段ができているらしい。

「なら、任せる」

 その策略にのってやろうじゃないか。

 血判の地図ブラッディ・マップは人の流れもリアルタイムで流れてくる。

 だから私室に人がいるのは分かっている。

 俺たちはその地図を頼りに最短ルートでランスロット王の私室に向かう。

 私室とはいえ、玉座の裏にある部屋だ。

 もちろん、玉座に近づくにつれて人が多くなるし、兵士も増える。

 俺たちはできるだけ回避しつつ潜伏しているわけだが、それでも見つかってしまう。

「族だ! 族が侵入したぞ!」

 カンカンと鐘の音が鳴り、城内に緊張感が漂う。

 幻惑魔法で再び、俺たちは兵士を倒していく。

 不意打ちを食らった兵士たちはそのまま床で眠ってもらおう。

 焦りを抑えつつ、俺は前進する。

「ジューイチ! 待て!」

 後ろでアイシアの悲しげな声が響く。

 なぜだろう? と振り返ると、床がなくなり、重力に身を任せ俺は落ちていく。

 ああ。トラップだったか。

 下はどうなっているのか。

 俺はなにか柔らかいものに辺り、難を逃れた。が、周囲には骸骨や動物の死骸、アンモニア臭のする腐った部屋だった。

 ここから脱出できるのか?

 あの血判の地図ブラッディ・マップは今アイシアが持っている。

 これでいよいよ俺が迷子になるのは決定だな。

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