第10話 クッキー

 夕食も終え、まったりとした時間が流れる。

「ジューイチ。手伝っておくれ」

 そう言ってアイシアは家事を任せようとしてくる。

「いやいや。この家のことは家主がやるべきだろう」

「働く者食うべからず、って言うじゃろ?」

 そう告げられるとぐうの音も出ない。

「ちっ。わかったよ」

 本当は家事なんて苦手だけど、断るには理由が乏しすぎる。

 皿洗いを始めて数分。スポンジに洗剤をつけて皿を洗うのだ。

 俺は手を滑らせ、皿を割ってしまう。

「す、すまん」

 これも不運のせいだ。

「お主に怪我はないかね?」

「ああ。ない」

「なら良かったのう。お皿が身代わりになってくれたのじゃ」

 やめろ。俺を罵ってくれ。

 優しくされるよりも、叱って欲しい。罪悪感が半端ない。

「ふふ。お主は心配せんでもええ」

 アイシアが懐の深さを見せると、俺は今度こそ、割らずに挑戦してみようという気になる。

 皿を洗い終わると、なんだか充実感がある。

「お疲れ様じゃ。お主が手伝ってくれたお陰で五分で終わったぞい」

「それは良かった」

 とはいえ、皿を割ってのが五つほど。

 どんだけ不運なんだよ。

 俺のこの不運ってスキル、いい加減消えないのか。

 むむむ、とうなっていると、アイシアは曖昧な笑みを浮かべる。

「難しい顔をしておるのう。少し気を楽にするべきじゃろうて」

「……まあ、そうだな。解決方法がないからな」

 俺はどうすればいいのか。アイシアの言う通りなのかもしれない。

 お皿を食器戸棚に戻していると、アイシアが嬉しそうに目を細めるのだった。

 パリン。

「あ」

 またもや皿を落としてしまう俺。なんて不運なんだ。でも一枚ですんで良かっ――

 パリン。

「お主、家事に向いていないんじゃろうか?」

 アイシアが困ったように目を伏せる。

 いや、俺だってまともな生活を送りたいよ? でも不運が邪魔をしてくるのだ。

「俺のうちでは割れないプラスチック製の食器だったな……」

「ぷらす、ちっく?」

 聞き慣れない言葉に首をかしげるアイシア。

「すまん。俺の元いた世界の話だ」

「そう言えば、お主は異世界の住民じゃったな。そこでは何をしていたんだい?」

 前の世界の話か。いくらでもエピソードは湧いてくるが、どれから話そうか。概要だけでいいかな。

「俺は前世でも不運な男で、サラリーマンをやっていたんだが、大抵の部署は焼け落ちたな」

「どういうことじゃ?」

「ほら。俺運がないから」

 運のない俺がいると、火事になってしまうのはしかたないのだ。

「待てい。頭が痛くなるわい」

 アイシアが本当に頭が痛いのか、こめかみの辺りを指の腹で押さえている。

「そこまで運が悪いのかのう……」

「しかたないだろ。そういう能力らしいし」

 俺の取り柄って不運だけだったんだな。

 いやそれが取り柄ってのもおかしいけれども。

 王ランスロットに捨てられるのも無理はない、のか? それでも必要として転移させてきたのだろう。

 こんなのっておかしいよ。まともじゃない。

 人を拉致しておいて。

「まあ、それは置いておくとして……。夕食後のアフタヌーンティーを楽しもうじゃないか」

 アイシアが嬉しそうに目を細める。

 アフタヌーンティーってお昼以外でもあるんだな、と俺は内心疑問に思う。

「さっそくクッキーでも焼こうかのう」

「それなら作ったことがある。俺にも手伝わせてくれ」

 何もできないのでは意味がない。俺にもできることがあると嬉しい。

 小麦粉を運び入れ、卵と砂糖、バターを用意する。今回はこけることも、割ることもなかった。やっぱりアイシアの近くにいると、不運のスキルが相殺されるらしい。

 バターと砂糖を混ぜ混ぜし、卵黄を加えてさらに混ぜ混ぜ。小麦粉の粉っぽさがなくなるまで混ぜ混ぜ。

「ほっほほ。やっぱり男手があると違うわい」

「けっこうな力仕事だからな。しかしプレーンなクッキーか」

「ココアでもいれてみるかのう?」

 アイシアがココアパウダーを持ち出す。

「半分はそうするか」

 お菓子作りにはプライドのある俺だ。妹の美愛と一緒に作ったものだ。もうプロ級だろう。

 混ぜ混ぜを終えると、空気を抜き、焼き型にいれてオーブンで焼く。

「ふふん。どうだ。俺のテクニックは」

「うまいのう。どこで習ったのやら」

 たははと乾いた笑いを浮かべるアイシア。

「料理のスキルがあるんじゃないか?」

「いや、ないけど?」

 こっちでは能力スキルがあるのが当たり前なのか。

 能力に頼り切っていて、それを磨くことしかできないのかもしれない。

 うーん。どうだろう。能力のない俺でも調理できたし。

「してお主は料理スキルがあるかえ?」

「いやないな」

「それでこれだけのことができるのね」

 関心したように呟くアイシア。

「なになに☆ おいしそうな匂い〜☆」

 そこにやってきたのはアイラ。さすがフェネック娘だ。鼻がいいらしい。

「こら。二人のじゃまをしちゃだめでしょ?」

 そこに現れるソフィア。

 アイラの筋肉を興奮した様子で取り押さえる。

 いや、筋肉に触りたいだけかもしれない。

 オーブンでじっくり火を通すとしっかりとした焼き色のクッキーが現れる。

「できたぞい。ほれ」

 そう言ってアイシアは皿にクッキーを並べる。

 キレイに並べるところを見ると几帳面な性格が見てとれる。

「やったー☆ おかしだ☆」

 おかしいのはアイラの語尾だが、黙っておこう。

「エルフは野菜を主食とする。だがこれは……」

 そうクッキーには肉を使っていない。

 だから、

「少し乳臭いですが、おいしそう!」

 ソフィアまでもが目をキラキラに輝かせている。

 二人が加わったことでクッキーは瞬く間に消えていく。

 さすが俺。お菓子スキルなら負けないぜ。一通りの家事もできるし。俺ってば最高〜!

「こっちの黒いのは焦げたの?」

 アイラが純粋そうな瞳をこちらに向けてくる。

「これはココアパウダーを使っているからね。黒く見えるんだよ」

「へぇ〜☆」

 アイラが不思議そうに見つめ、ソフィアが恐る恐る口をつける。

「ほろ苦いけど、おいしい……!」

 情感たっぷりに褒めちぎるソフィア。

「うげーアイラには無理かも★」

 いくぶんか黒くなったアイラをよそにソフィアが食べ進めていく。

「こっちの方がおいしいわ」

 食べ終わる頃にはすっかり夜更けになり、俺たちは寝ることにした。

 ザーッと降りしきる雨の中、雷鳴が轟く。

 ドラゴンが咆哮し、雨粒が叩きつける音が反響する。

「だいぶ強くなってきたな。明日の計画に支障が出なければいいが……」

 ガラッとドアが開く音が耳に入る。

 俺は警戒し、近くにあったモップを手にする。

 これまでなんども死地を乗り越えてきた。

 ましてやここは異世界ファンタジーだ。夜に魔物やらモンスターやらが侵入してきてもおかしくない。

 ゴクリと喉を鳴らすと月明かりの中、引き締まったボディを持つアイラが現れる。

「雷、怖いよ〜★」

 調子の悪そうに呟くアイラ。

「一緒にねよ?」

 とんでもない発言をしてくるが、アイラは純粋な子だ。そういった意味ではないとすぐに分かる。

「分かった。今回だけだぞ」

 そう言って布団に誘う俺。

 ロリっ子で16歳のアイラを布団に誘うのは絵面的にはアウトだが、俺は手を出さないからな!

 誰に向かって宣言しているのか分からずに、俺は恥ずかしい思いをする。

 ピカッと光る。この世界に遮光カーテンなどないのだ。

「ひいっ!」

 驚いた様子のアイラ。

 やはり雷が怖いらしい。

「大丈夫。俺がいるから、俺が守ってやるよ、アイラ」

 俺は妹にそうして来たみたいに笑顔をみせる。

 ちなみにホワイトニング済みで白い歯を手に入れている。

 アイラはギュッと俺の服に掴み、疲れたのか眠りにふける。

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