第3話 ポート・ダーウィン空襲

編「本田さんは隼に乗ってポート・ダーウィン空襲に参加しています。陸軍の空襲は海軍に比べてそれほど回数はなかった印象ですが」

本「そうですね、私が参加したのは三回目です。昭和十八年の七月だったと思います。一回目と二回目の戦闘機隊は五九戦隊ですね」

編「爆撃機はどうでしたか?」

本「予定していた重爆(飛行第六〇戦隊)が1回目の空襲でほとんどお釈迦になってしまっていて、双軽(九九式双発軽爆撃機)が1個中隊だけでした。で、その時の隼はニューギニアにいた各戦隊から数機づつ出すことになりまして、もうまとめて出せるような状況じゃなかったので」

編「その数機というのは志願だったんですか?」

本「いや、戦隊長が選びました。うち(飛行第七六戦隊)から行ったのは自分と伊吹さんとS中尉の三人で、当時伊吹さんは戦隊に来たばかりでしたし、S中尉は有名な一匹狼でしたから、こりゃ惜しくないのを選んだなァと」

編「腕利きを選んだのでは?」

本「戦隊長もそう言ってくれましたけどね(笑い)。単騎でも生き延びられる奴を選んだとか。でもS中尉なら兎も角、自分は初陣から数ヶ月くらいしか経ってなかったですし、伊吹さんなんか航士(陸軍航空士官学校)を卒業したばかりのときですからねえ。かなり怪しかったと思います」


編「チモール島から出撃されたんですよね?」

本「そうですチモール島のクーパンからです。当時いたウエワクから隼に乗って移動しました」

編「爆撃自体は大成功だったと記録にあります」

本「はい、こちらの数が少なかったこともあって、レーダーを避けて低空で侵入しました。それが効いたのかはちょっとわからないんですけど、目標の飛行場までは全く迎撃もなく、実質奇襲になりました」

編「ということは帰りにやられた?」

本「どちらかというと相打ちと言いますか、双軽が投弾したと同時くらいに、ほぼ同高度から敵の戦闘機が我々に突っ込んできて、乱戦になりました」

編「同数だった」

本「正直にいうと、よく分からないんです。当時は自分も空戦のたびにいっぱいいっぱいでしたからね、周囲を見渡す余裕もないし。あっという間に乱戦でしたし。で、気がついたときには敵機に後ろに付かれて、曳航弾が右に左に飛んできまして、これはまずいと。降下で逃げようとしたんですけどもブスブスと弾が当たるし、もう駄目だと思ったところで、伊吹さんに助けられました」

編「助けられた?」

本「弾が飛んでこなくなって、あれっと思って振り返ったら敵機が落ちて行くところでした」

編「スピットファイアでしょうか」

本「自分はちらっと振り返っただけなんで断言はできないんですが、ハリケーンだったと思うんですよ。でも伊吹さんはスピットファイアだったって言って、報告でもそうなってますけど、スピットファイアだったら最初の一撃でやられてるんじゃないかなあ」

編「被弾したんですよね?」

本「そうです。基地に戻ってから見たら、後ろの防弾板に7mmが何発も当たってましたしね。スピットファイアは20mm機関砲でしょ、違ったんじゃないかなあ」


編「いずれにしても助かりましたね」

本「はい。そのあと気がつくと周りには敵も味方も居なくなっていて、伊吹さんの隼の横につけて見たらガソリン引いてるんです。そうなっちゃうと航続距離はもともとギリギリだったから、どう考えても帰れないわけです。それで伊吹さんが無線で本田伍長か?っていうので、そうですありがとうございましたって返信したら、俺はもうダメだから戻って敵の格納庫に突入する、見届けてくれって」

編「自爆するつもりだった?」

本「でもせっかく助けてもらったのにそれはないだろうと。それで篠原准尉の話を思い出しまして、ここでもできるんじゃないかと」

編「ノモンハン航空戦で篠原准尉が不時着して僚機に救出された話ですね。確かにオーストラリアは砂漠が広がってますよね」

本「いや、実はポート・ダーウィンのあたりって低い木がずっーっと広がってるんです。ノモンハンみたいに草原じゃなく。と言っても私もノモンハンは行ったことないんですが(笑い)」


編「どうしたんですか?」

本「たまたま近くに飛行場があって、そこに降りました」

編「敵の飛行場に!?」

本「とはいってもすごく小さい飛行場で。高射砲とかも無かったので周辺に適当に機関銃を撃って牽制してから二機で急いで降りまして、伊吹さんが自分の隼に走ってきて点検用扉から乗り込みました」

編「反撃はなかったんですか?」

本「ありましたけど、滑走路の反対側から小銃でパラパラと撃ちかけられるくらいでしたね。自分も操縦席で立ち上がって、伊吹さんがこっちに走ってくる間に持っていた拳銃で撃ち返したりしましたけど、あんな距離で当たるわけないし、もうほとんど景気付けですよね。そういえば拳銃使ったのは後にも先にもあれっきりでした」

編「無事に戻れたんですね」

本「はい。急いで離陸して、伊吹さんの隼を銃撃して炎上させてからですね」


 本田史郎氏は陸軍少年飛行兵十期、元陸軍准尉。航空マニア1981年8月号より転載

(注:フィクションです)

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陸軍少年飛行兵、本田史郎 潮戸 怜(Shioto Rei) @shiotorei

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