第7話 決着!
「うわ…っ!!」
ガッン!!
槇村のすぐ側で、揺らいだ霧が左右に割れたかと思うと、ずいっ…と目前に剣が振り下ろされた。
だが、菜々の槍で横に払われる。
キーン…と、刃物がぶつかった名残りの音があたりに響いた。
新手の敵が現れたか?!
ただ守られるしかない槇村は、ヘスティアと市ノ瀬の背後に庇われる。
わかってる…。
自分はただの足手まといなのだと…。
それでも…。
心が、身体が、勝手に市ノ瀬を庇おうと前に出る。
槇村は市ノ瀬の身が心配で仕方がない。
そんな槇村の肩を、市ノ瀬はなだめるように柔らかくなでた。
まっすぐな瞳に光を宿し、剣を構えている男から隠すよう、再び後ろへ引き戻す。
槇村の顔が情けないほど崩れた。
「ねぇ。カイ…」
ヘスティアが燃えるような赤毛をかき上げてウィンクする。
「そんな顔されると…、よけい気合が入るわよねぇ」
背伸びして、いいコ、いいコと、槇村の頭を撫でた彼女は、しょぼくれた槇村に「チュ」と投げキッスをした。
本当に…槇村にできる事は、何もないのだ。
沈みそうになる思考に、菜々の鋭い舌打ちが聞こえた。
「…
新手の相手が忌わしい敵であることをものがたっていた。
剣と槍がぶつかる度に光が放たれ、闇の中に
ただ見ている事しかできない槇村には、
それでも…剣が、菜々の髪をかすめてハラハラと風に舞えば、死闘が目の前で起きていると信じざるを得なかった。
ホコリが舞う…。
菜々の槍が螺旋を描く…。
鋭い付き…。
アレスと呼ばれた男の剣は、太陽光のような光りと、熱をまとって菜々の槍を薙ぎ払う。
菜々の首筋に切っ先が擦れた。
しかし、しなやかに背中を反らし、そのまま足でアレスの手首を蹴り上げる。
一瞬だけ顔をしかめたアレスが、反対側の手に持ち替えた剣で、大きく地面に円をかいた。
ド――ン!!
地面から、閃光が上がった。
光の狭間にいた菜々が、アイギスをたてて大きく飛び退く。
閃光の刃をやり過ごす。
だが、アレスは菜々の動きをよんでいた。閃光をバネのように蹴って、菜々の頭上から剣を振り下ろされる!
ガキ――ン!!
アイギスから火花が飛んだ。
ぶわっと、辺り一帯を熱波が襲う。
槇村も、小粒の獅子を胸に押しあて背中を丸めた。
鬣を揺らして不満気に『グルル…』と唸ったが、槇村は構わず両手で包み込んで灼熱をやり過ごす。
頬がチリつく…。髪と洋服に熱がこもりどっと汗が吹きでる。所々破けたシャツは、煤がついていた。
「っ…ふう。だい…じょうぶか?」
ふわふわなモコモコの獅子が、槇村の胸に『平気』と、スリよせて答えると、守られているのが槇村の方だと言うのに、少しだけ誇らしい。手のひらに収まる獅子を潰さないように握り直した。
市ノ瀬は、崩れた病院内に槇村を残し、砂浜に移動していた。
ゼウスを海水の帯で捕らえようとしているが、市ノ瀬も苦戦しているように見える。
…こんなかたちで、医者の槇村自身も、命の危機を知るとは思わなかった。
でも…、ここで逃げるわけにはいかない!
『コ――ゥ!』
槇村の肩に移動した小粒の獅子が、
元気づけようとしているのか…、槇村の頬に、鬣を擦り寄せてくる。
「…チビ。俺の事はいいから、危なくなったら参戦してくれよ」
『コゥ!!』
「ん? 俺は大丈夫だよ。危険と承知してるし、たぶん今から逃げても後悔する…」
それに…、神話の一ページが目の前で展開している。なんとしても、見届けないと!
『コ――ゥゥ!』
「えっ、何? ああ、チビって呼び方が嫌だったのか? じゃあ、えーと、火の子?」
『コッ!!』
「? 違うのか? それじゃあ…」
『コ――ゥゥ』
「コオ? コオで良いのか?」
『コゥ!』
小粒の獅子が、気にいったのか槇村の肩で人の小指ほどの前足をピョンピョンさせて跳ねる。
「コオ。お前は、人の言葉がわかるんだな?」
『コゥ!』
「…なあ、ゼウスはなぜ、市ノ瀬の命を狙うんだ?」
『コ――ゥゥ! コゥ!』
ただ見物している事しか出来ない槇村は、小粒の獅子相手に愚痴る。
人の言葉が理解できても、言葉を話せるわけでないのに…。
「…ごめん。何言ってるかわからない。俺にも、コオの言葉がわかれば良いのにな」
『コゥ〜』
しゅん…とした小粒の獅子が、槇村の肩で伏せた。
重さなどほとんど感じないのに、耳を立てたまま、顎は槇村の肩にのせ、上目遣いに見つめる仕草は、張り詰めた槇村の心にぬくもりを与えてくれた。
ザン! ザン! ザン! ザン!!
突然、波際から七本の
市ノ瀬だ! 濡れた砂地から滝を逆さにしたような勢いで、白糸の爆流を維持している。
ゼウスの風が水柱を
水の…、檻? いや、ゼウスを捉えておくための牢獄か…?
「く…っ!」
身体に風を纏わせたゼウスが、水柱の間を丸く割るよう抜け出す。
しかし、割られた水の
「抑え…っ、きれない!!」
市ノ瀬の叫びとともに、
「市ノ瀬!!」
海辺に槇村の声が響く。
しまった…っ!と、気づくも既に遅い。
ゼウスの風が砂を巻き上げ、怒りの顔で砂嵐を槇村めがけて放たれた!!
『コ―――ゥ!!』
槇村の肩で、小粒の獅子が鬣を振った。ボワッ…と、槇村に火がつきあっという間に火だるまになる。
―――――!! あれ? ……熱くない。
火だるまになっているはずなのに、槇村には熱を感じない。
だが、ゼウスには違ったようだ。
ゼウスが放った砂嵐は灼熱の炎で焼かれ、真っ赤な火砂と変わり、ゼウスに押し戻された。
そこに、菜々に弾き飛ばされたアレスが倒れ込む。
再び水柱が上がった。
ザン! ザン!!
水の牢獄の形を保ち、そのまま二人を海へと引きずり込んで行く。
「海の底、深く! 深海へ幽閉せよ!!」
――ザザザン!!
市ノ瀬の声に応えて、海がビルのような高さまで立ち上がる。
そして今度こそ滝壺に落ちる瀑布となり、水の牢獄をのみ込んだ。
ゼウスと、軍神アレスの恨み言が聞こえたような気もするが、それさえ大きな引き波と泡にのまれて沈んでいった。
「終わったのか…?」
槇村は呆然と嵐が去ったような海辺を見渡す。
ザザン…と、寄せては、引く波音は何も変わらない。
あれ程、踏み荒らされたはずの砂浜には、『ここまで来たよ…』と、繰り返し砂浜を濡らす、海の主張だけが残されていた。
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