第8話 グリップの星

 病室503にジュリア、戻ってくるとエレナがベッドにいない。

「エレナ。エレナ何処?」

「ここよ」

 するとどこからかエレナの声が。ジュリア、ベッドの下を見ると、狭く暗い押し詰まったベッド奥にエレナが座っている。

「どうしたの?」

「広い場所より、狭いここの方が落ち着く」

「出てらっしゃい」

 ジュリアに言われ出てくるエレナ。またチューブ外して血だらけ。

 もう構わないジュリア、エレナをベッドに寝かしつける。

「お父さん、お母さん来てたの?」

 二人が来たので、隠れたのか?

「帰ったわ、もう二度と会わないって。・・・ねえ、これで良かった?」

「まだ生きていたいって、星に願ったの。そしたらこうなった。きっとこれでよかったんだと思う」

「そうね、眠りなさい。もう大丈夫。心配しないで安らかに」

 ジュリア、掛布団の上から軽く叩き、調子をとりながら、子守歌がわりにピノキオの「星に願いを」をゆっくり歌う。




 スラム街の広場には週に数回、近くの教会からボランティアが炊き出しにくる。

いつもゴミを拾って食べている集団のラットたちは、それがないと本当に生きられない。それを目当てに集まり、炊き出しの食事をありがたく頂く。

 週末でポポロがくる。するとみんな物を持って車に行き、拾ったものと金に交換を始める。

交換のところに、いつもハンスと一緒にいる仲の良いミチルとモリオがきたので

「おい、ハンスみなかかったか?」

 と、聞くが、ミチルもモリオも首を振る。

「ハンスは、今日も来てないです。」

「あのやろー。サボりやって。おまえらは交換品がなくても顔を出すんだよ。いいか」

 うなづくミチル。

「でも全然見てないぜ、どこかに行ったのかもな?」

 ふとモリオが漏らすと、その言葉で怒るポポロ。

「奴は逃げたのか?・・・全く。色々面倒見てやった恩を忘れやがって。ラットはどこまでもラットだな。」

 しかしみんなポポロがハンスのダイヤ取り上げるのを見ているので、冷ややかな目でポポロを見ている。

「そりゃ逃げるよ。ダイヤを取り上げらりゃやってられない」

 ミチル、つい愚痴ってしまう。その言葉にポポロはもっと怒りだし、

「あんなスゲー物を、あいつには金にできないから、代わりにやってやったんだ。お前らで金にできるのか?」

「じゃあその金は、ハンスに渡る・・・」

 車から降りてきて、ミチルを蹴る。

「俺がチコさんに許しを得て、やらせてやってるのに。なんだ、おまえらのその態度は。俺がいるから、お前たちがゴミ拾い出来るんだぞ。なんならお前らここに入れないようにしてやろうか?来たい奴はいっぱいいるんだぞ」

 なおもミチルを蹴るポポロ。

「許してください。蹴らないで」

そして黙り込むみんな。


 広場の端の建物の陰で、それを隠れて見ているハンス。

「駄目だ。いくら拾ってもポポロがいる限り、俺は金持ちには絶対なれない。やはりチカラがいる。強いチカラが」

 みんなに見られないように裏から、広場から出て去っていくハンス。





 スラムの広場から露天商の公園を抜けると町になる。街は夜になると、ライトアップされた歓楽街になる。

 スラムに近い繁華街は、貧困から這い上がりたいラットたちが、売春婦や薬の売人となり、金のある豚どもに、媚びへつらいながら、働く場所である。

 その中心部の豪華なゴーゴーバー。欲望うずまく楽園。誰もが飲まれて身を崩す魔界である。つかの間の繁栄を謳歌している輩はひと時の快楽のために繁華街に来てゴーゴーバーに入る。

 チコが経営するそのゴーゴーバーは、いつもそんな客でごった返している。


 酒、薬、女、欲望を詰め込んで、派手に装飾された店。ハンス、その店の前に立ち見つめる。

 3階のバルコニーで、笑い声と歓声が上がる。女をはべらせて食事をしているチコが見えた。

 ハンス、正面玄関に回るが、そこは店に入る客を、セキュリティーガードのチコの部下の人間が、何重にも確認チェックしているため、上客のみしか入れずハンスのような者は弾かれる。

 裏口に回る。そこにも警備の男たちがたむろしていて、通る売春婦をからかっている。当然、不審なものが近づけは、力づくで排除するだろうから扉に近寄ることも出来ない。

 まだ少年で体が大きくないハンスは、店と塀の狭い隙間に入る。

大人では通れない隙間を伝って奥へ行くと、換気のためトイレの窓が空いている。

背中と足を突っ張りながら、塀をずり上がり、窓の隙間に体をすり込ませ、トイレの中に侵入するハンス。そしてトイレから廊下に人がいないのを見計らって外に出て、階段に行き、誰にも見つからないように3階のバルコニーにいるチコのテーブルにいく。

「すみません。チコさん。お話が・・・」

 チコに近寄る前にボディガードに捕まるハンス。

「ダイヤを拾ったハンスです。チコさんにお話があります」

 チコ、それに気がつき、ハンスをテーブルの前によぶ。

ボディガードに捕まったまま、連れて来られるハンス。

「汚い奴だな。この前のスラムのガキか。それが何のようだ。またなんか拾って来たか?」

「この前のダイヤは俺が拾ってきました。だけどポポロに取り上げられました。」

「代金は払ったぞ。こちらは関係ない。言いたいことがあるなポポロに言え」

「あれは奪われました。もうポポロが信用できません。ですから今度拾ってきたら、チコさんに直に交換してもらいたいんです」

「交換?・・・買ってくれじゃなくて?交換?」

「はい交換を希望してます」

「変なやつだな。なにと?交換したいんだ?」

「・・・銃です」

「銃だと・・・」

 笑い出すチコ。面白がりハンスを指さす。

「このチビが、ガキのくせに銃を欲しがっているよ。よし持ってきてみろ。交換してやる」

「約束ですね」

「ああ、約束してやる」

 すると、ポケットからエメラルドの指輪を出すハンス。

チコはそれを掴み、店のネオンの光にかざす。光がチコの顔に照射される。

「もう拾ってたのか。ありがとうよ」

 チコ、ボディーガードの男に合図出すとハンスを捕まえる。そしてまた階段の方に連れて行く。

「チコ、嘘つくのか」

「うるせいな。殺すぞ」

叩き出せの合図をするチコ。ボディーガードはハンスを引きづり、バルコニー出口の階段へ落とそうとする。

「約束したんだぞチコ。約束を破るな。上の人間が約束破ると下は信用しないぞ。下の人間に狙われる」

「待て。落とすな。・・・面白いやつだな。・・・なるほど、一理ある。連れてこい」

 チコ、連れ去られるハンスをテーブルに呼び戻す。

そしてボディガードから銃を出させて受取り、安全装置を確認してテーブルに置く。

「銃だ。こっちに向けるなよ。交換だ。持っていけ。それでどうする?何をやるんだ?面白いものを見せてくれよな」

 ハンス、うなづくとテーブルに乗っているブローバックの銃を掴む。

そしてゆっくりと見まわすと、グリップに星が彫られて描かれているのに気が付く。

「お、星だ」

 ハンス、グリップを握り、一度安全装置を確認して・・・

「触るな」

 指がかかった瞬間にボディーガードに抑えれられる銃。

「わかった。あとで見るよ」

 安全装置から指を外し、自分のズボンのバンドの背中当たりに差し込んで隠す。そしてお辞儀をして去っていくハンス。




 数日も経つと、あんなに人がごった返してたゴミ島だが、新しい宝石が出てこなければ、街から来ていた人は、行かなくなる。

日にちがたてばたつほど、ゴールドラッシュ現象は、ゴミ島の匂いに負けて、減っていくのだった。

 そして、いつもようにゴミ山はラットだけのゴミ島になる。

いつものゴミ廃棄の日常。ラットがもしかしたら夢を持ちながら、ゴミを漁っている。


 休み明け昼過ぎ、スラム街の広場に、ポポロが車できたので、いつものごとく、みんなが拾ったものを持ってポポロの車に集まって来る。

 ポポロ、持ってきたものを金と交換していると、広場の一角にハンスが戻っていて、仲のいいミチルとかモリオその他の子供たちと、集まって話しているのを発見する。

「クソガキが」

 ポポロ、車を降りて、ハンスの前にくる。

「お前何処に行ってた?」

 ハンス見るとポポロが立ちはだかって見下ろしている。

「・・・」

「今日の物は?なんかあるのか?早く出せ」

 ハンス、背中のベルトに挟んだ銃を出す。

「銃!そんなもの拾ったのか。すげーぜ。こっちに渡せ」

「嫌だね」

 ハンス、躊躇せずポポロの太ももを撃つ。撃たれたポポロ。転げまわる。

「てめーなにしやがる。ハンスを捕まえろ」

 広場のラットたちは、撃たれた足を抱えて転がるポポロと銃を持つハンスを交互に見て、戸惑っている。

「みんな動くな。殺すぞ」

 ハンスは立ち上がり、みんなに銃を向ける。

硬直するするみんな。

ハンスはそのまま、ポポロの所に行き、何度も蹴りをいれる。

そして再び、みんなに銃を向けて宣言する。

「これからは俺がボスになる。いいか俺に物を持って来い。わかったな」

 ミチルやモリオたち頷く。

ポポロ、転がったまま叫ぶ、

「そんなの無理だ。みんなやっていけねえぞ。俺を助けろ」

 ハンス、銃をポポロの額につけ、

「これはチコに貰ったんだよ」

 そしてみんなにいう。

「みんなどちらを選ぶか決めてくれ。俺を選ぶなら、ポポロを殴れ、今まで恨みを込めて思い切りな。ポポロを選ぶなら俺の前にこい。ぶち抜いてやる」

 ミチルと、モリオ、嬉しそうにポポロに近寄り、見下ろす。

「やめろ。助けてやったろ」

「誰がだ?ふざけんじゃねえ」

 殴る。するとそれをきっかけに、みんな、ポポロを殴るために列を作って並び、ポポロを殴ったり蹴ったりする。

「やめろ。俺が悪かった。許してくれ」

 と、いうが、みんなの報復は終わらない。ポポロの声は殴られた呻き声に変わり、そして声もしなくなるが、終わらない制裁。



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